瑠璃の想い

 それから……半年が経ちました。2人は近くの洞窟に保護し、合間を見て出来る限り一緒にいてあげられるように頑張りました。


 ……けど、2人はもう体力の限界がやってきていました。もう……ご飯もやっと食べられるくらいの体力しか残っていません。……瑠璃の力不足が悔しくてたまりません。それに……なんとなく分かっています。





 瑠璃では…………この子達を守りきれない……っ。




「お〜い、2人とも来て?」


「は〜い!」

「は〜い!」



 覚悟は……していました。こうなるかも……って。


 ごめんね……クロ……ううん、『天音』。



 身勝手な瑠璃を許してください。きっと天音なら……この2人を守ってあげられる………だから……だから!!



 託すことにします。瑠璃の大切なものを……天音に……


「大事なこと話すからよく聞いてね?」


「分かりましたっ!」

「分かりました!」








「瑠璃ね、……そろそろ、2人とお別れしなくちゃいけない。もう、2度と会えなくなる」


「………ぇ?」

「えっ…………」


 この子たちを助けられるなら……瑠璃の命


 ────どうか、持っていってください。





「ど、どういう事ですかお姉さま……」


「お姉様……何を言っているのですか……」


「お別れだよ。あと……数日だけしか……2人とはいられない……って、泣かないでよ、2人とも……」


「ぃゃ……行かないでください……っ」


「置いて……いかないで……ください……っ」


 この子達は……それがどんな事か分かっているみたいです。2人とも……瑠璃に抱きついて泣きじゃくっていました。……瑠璃はこんな事でしか……2人を守る方法が思いつきませんでした。やっぱり馬鹿……ですね。

 ……と、瑠璃は2人に出来るだけの事をしなきゃいけません。


「……ね、2人の名前……やっと考えたよ」


「え……?」

「……ぇ?」








 瑠璃は涙を目に溜めている双子の妹の方に近寄りました。


「あなたは『璃音りね』。瑠璃の後の文字『璃』と天音の後の文字『音』で璃音、だよ?」


「り……ね…………璃音……はいっ!」


 璃音は……嬉しそうに可愛い笑顔で頷いてくれました。ずるいくらい……可愛いです。

 そして、双子の姉の方を向くと、もう一つの名前をあげます。


「あなたは『天瑠あまる』。瑠璃の最初の文字『瑠』と……2人を守ってくれる人……『天音』の最初の文字『天』で天瑠。お姉ちゃんとして、璃音をしっかり守ってあげるんだよ?」


「あま……る……天瑠……っ、はい……わかり……ました……っ!」


 2人のうち、いつも片方を支えてくれた方に『天瑠』って名前をあげると……顔をくしゃくしゃにして……笑いながらまたさらに泣いてしまいました。優しい子です、天瑠は……っと、天瑠に……これをあげようかな。


「天瑠、瑠璃の髪留めをあげるよ。お姉ちゃんとして、守ってあげるんだよ?」


「お姉さま……っ、……はい!」


 姉として任せた天瑠には、お守りの代わりに結んでいた赤い髪留めで長い髪を一括りにしてあげると、笑顔と涙が入り交じった表情で頷いてくれました。

 羨ましそうにしている璃音には思いっきり抱きしめることくらいしか出来ませんでした。……何かあげられれば良かったけど……璃音には申し訳ないです。


「……天瑠、璃音。2人とも……お願い。天音のところで……生きて? 瑠璃の力じゃ……守りきれない。だから……ね?」


 ……璃音までまた泣いてしまいました。2人とも……瑠璃のことが好きなんですね。……天瑠と、璃音と、天音と、……瑠璃。この4人で過ごせたらどれだけ楽しいんだろう……なんて、今更考えてももう遅いです。




 瑠璃はあと1週間くらいの命なのです。

 そうしたら……天音が他の人が殺しにくる前に絶対に来てくれる。……汚いですよね。天音の思いをだしにして……瑠璃は自分の『本当の』思いさえ隠して……


 後悔はありません。『1つの命』で『2つの命』を救えるのなら……瑠璃は……何も……けど、やりたかったことは……もうほとんど叶いそうにもありません。



(あの人に……もう一回会いたかったなぁ……もうちょっと天音といたかった……なぁ……)



 ……残されたあと数日。瑠璃は天瑠と璃音にたくさん話しました。天音の事を……、






 瑠璃を殺してくれる天音の事を。

 天瑠と璃音には……天音の事は恨んで欲しくありません。そうなったら……瑠璃はそれこそ……死んでも死にきれません。

 ……瑠璃はとことん馬鹿ですね。自分でも嫌になります。こんな形でしか……守る方法が浮かばないのですから。



 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 ────1週間後



「おい、瑠璃!!! いるなら返事しろ!」


 やっぱり……天音は来てくれました。天音は優しいから……来てくれると信じていました。


「ここだよ、天音」


 来てくれた天音は瑠璃を見るなり……思いっきり抱きしめられました。……天音も覚悟を決めてきたのは瑠璃にでも分かります。それに……天音も分かっているはずです。

 瑠璃が……死のうとしている事を。


「ふざけんなよ……っ。なんでお前は……っ! こんな事をして……死のうとするんだよ!? 何かあるならボクに言えよ!? なんで………っ」


「天音……瑠璃は待ってたよ。あなたがずっとここに来てくれるのを。……やっと、待った甲斐があったよ〜」


「おい……どういう、」


「じゃあ……出てきて『天瑠』、『璃音』」


 その名前を呼ぶと、2人は涙を堪えるようにして出てきてくれました。天音も……2人の名前のことに気づいたようで……また強く抱きつかれました。


(天音……やっぱりあったかい……天音になら……任せられる)


「こんな事をしなくても……もっとやり方があっただろうが…………っ」


 ……確かに事実です。他にやり方があったかもしれません。4人で、なんて事も充分ありえたかもしれません。けど……瑠璃は馬鹿ですから。馬鹿には瑠璃の命1つを犠牲にする方法しか思いつきませんでした。


 ……最後くらいはみんなと笑っていたかったけど……瑠璃まで……涙を堪える事は出来ませんでした。天音も……天瑠も、璃音も……みんなの涙を見て……瑠璃のために流す涙を見て……堪えられるわけがありません……っ。





「さぁ、天音……やって? 天瑠と璃音のためなら───この命、この思い、2人のことも、全部……全部、天音に託せる。天音なら……っ、瑠璃の全部をっ!」


 ずっと覚悟を決めていたので死ぬことは……もう、怖くありません。……でも、この瞬間になって色んなことが頭の中に浮かんできます。


 あの……綺麗な白髪で澄んだ黄色い目のあの人が助けてくれた日から……天音と出会って半年以上過ごした日々。天瑠と璃音と一緒にいる時間。……瑠璃は本当にたくさんの思い出を作りました。たとえ……死んでも……みんなの心の中には瑠璃の生きていた記憶はいるはずです。それで……それだけで瑠璃の生きてきた時間は無駄じゃなかったと証明出来た気がします。


 ……そして……いよいよお別れの時です。


 瑠璃は首を天音の前に差し出し、天音も覚悟を決めてナイフを抜いてくれました。あんなに……泣いて……それでも瑠璃のお願いを聞いてくれた天音は……瑠璃の一番の……友達だと瑠璃は思っています。


「お姉、さま……」


「お姉様ぁ……」


 天瑠……璃音……瑠璃は信じてるよ。2人とも……きっと強くなって……幸せに……なってくれるって。


「瑠璃……せめて楽に眠って?」


 天音……一番辛いことをやらせて……ごめんね。けど……天音なら……変えられるよ。2人をよろしく……お願い。


「うんっ、天音……天瑠……璃音。瑠璃は……今、すごく幸せだよ。3人の事はずっと、天国から見守っているからね? ずっと……側にいて見守っているからね?」


「はい……っ」


「はいっ……」



 これで……思い残す事はありません。

 瑠璃の全ては天音、天瑠、璃音、3人にあげました。

 瑠璃の……物語は……これで終わりです。


「瑠璃……さようなら」









「…………ありがと」


 涙が……一筋垂れた……その直後、プツリと視界が真っ黒になり、感覚が全て無くなりました。


 これが……死……少し寂しい……ですね。


 暫くすると……自分がだんだんと解かれ無くなっていくのが分かりました。……死ぬ時って……記憶もなくなるのですか……でも……っ、大切な人の名前は……忘れたくないです……っ。天瑠と璃音と天音、うん、まだ覚えています。あま…………





 あれ?




 あの双子の女の子の名前……なんだっけ……

 もう、天音しか思い出せない……天音しか……




 え……?



 あの……ちょっと男の子っぽい女の子……




 名前は……? うそ……だよね? だって……瑠璃は……瑠璃は!!




 ……る……り?




 ……誰の名前? ……自分の名前は? 大切な人の名前は?




 ……思い……出せない……っ、なんで……これが……死ぬって……ことなの……? 覚悟してたのに……怖い……怖いです……っ、自分が自分じゃなくなっていく……まっさらな状態になるのが……怖いです……っ




 感覚もないのに動悸がするような気がして……っ、頭がおかしくなりそうで………っ!




 自分は……じぶん、は……いったい……だ、れ…………





 ────プツリ。




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