『この子』の新しい強さ

 由莉ちゃんの相棒になって、はや2週間が経ちました。

 スポッターとして必要なことは……全部、由莉ちゃんから教えてもらいました。びっくりするくらいの知識量にただただ呆然とするしかありませんでしたけど、全部覚えきりました。


 ……狙撃の練習もしていますが、あまり上手くは行きません。1回800mの射撃に成功してそれ以上はからっきしダメです……あっ、でも400mなら問題なく撃てますよっ!……それなのに、2000m先の的も撃っちゃう由莉ちゃんは本当にすごいです。


 そんな事を思いながら今───璃音は自分の銃の手入れをしています。


「今日もお疲れ様〜、しっかり手入れするからね?」


 ちょっと恥ずかしいですけど、こうやって自分の銃に話しかけながら手入れをし始めてから、『この子』がもっと好きになったし、より使いこなせるようになった気がします。本当に……一つになったみたいです。


「『あの』撃ち方知らなかったなぁ……由莉ちゃんって、本当に色んなこと知ってる……ねっ」


 ─────────────────


 今日、由莉ちゃんとの練習が終わり、璃音はショットガンを撃つ練習を終えた頃に、丁度、由莉ちゃんがその部屋に入ってきたのです。


「璃音ちゃん、どう?」


「最近、ますます『この子』を使いこなせてきた気がします!」


「銃もしっかり手入れすると、その整備をした人の言うことを聞いてくれるようになるから、しっかりやるんだよ?」


「はいっ!」


 元気に返事をすると、由莉ちゃんはにっこりと笑っていましたが、ふと、璃音の銃を貸して欲しいと言われたので弾を何発かと一緒に渡しました。


「璃音ちゃん。……この銃────ショットガンの弱点、わかる?」


「……? …………撃ってから次に撃つまでの時間がいるから……連発出来ないことですか?」


「よろしいっ。ちゃんと、この銃の事を分かってるみたいだね。……うんっ、しっかり整備されてる。璃音ちゃんの愛が伝わってくるよ」


 そう言いながら弾を一つずつ詰める由莉ちゃん。撃ってみたいのでしょうか……? 確かに……由莉ちゃんの話だと、この銃……ここにもないくらい珍しいらしいみたいなので……


「由莉ちゃん、撃ちますか?」


「そうだね〜……それもあるけど、璃音ちゃんにすごいものを見せようと思うんだ〜」


「すごい……もの?」


 この子を使って出来ることなんて……普通に撃つくらいしかないと思いますけど……と、首を傾げていると狙っていたようで由莉ちゃんが不敵な笑みをもらしていました。







「じゃあ、見せてあげるね。ショットガンの弱点、単発射撃を覆す撃ち方────『スラムファイア』を」


 そう言った由莉ちゃんは近くにあった人形へ向け銃口を向けるとすぐさま発砲し、人形の心臓部分をズタズタにしました。……由莉ちゃんは銃器の扱いが上手だと本当に思います。けど、これだと……普通に撃ってるだけに見えます。スラムファイアってなんなのでしょうか……?


 じっくり由莉ちゃんを見ているとある事に気が付きました。





『引き金から指を離していない』のです。普通はすぐに離すのに……。そう思ってると璃音に聞こえるような音量で由莉ちゃんが喋りました。


「しっかり見ててね」


「はい……」


「……よろしくね」


 由莉ちゃんが一瞬、璃音の銃にそう呼びかけた気がした……その時、


 引き金を引き続ける由莉ちゃんの左手がグリップを引き、ショットシェルを弾き飛ばし、元の位置に戻すと────





 璃音の銃が火を吹きました。

 そこから連続で4回……時間にして3秒もかからず残りの弾を撃ちきってしまいました。……速い……こんなの璃音……知りません…………


 由莉ちゃんは一息入れて、耳栓を取ると璃音にショットガンを渡しました。


「今やったのが────『スラムファイア』。簡単に言っちゃうと……銃を意図的に暴発させたんだよ。使うのは少し危険だけど、使いこなせればとてつもない武器になるはずだよ。連射できるショットガンなんて普通にやばいからね」


「スラム……ファイア…………この子……そんな事が出来るんだ……っ!」


 この子の見せる新しい強み、新しい一面───絶対に……璃音のものにしたくなりました。この銃は……璃音を支えてきた璃音の一部みたいなものです。だから、誰よりも使いこなせないと……なんだか嫌です。


「由莉ちゃん……教えてくれてありがとうございました!!」


「璃音ちゃんの役に立ったなら嬉しいよっ。じゃあ、またね〜〜」


 ──────────────────


「由莉ちゃんのおかげで君の強さが知れた……ふふっ、嬉しいなぁ〜〜」


 鼻歌を口ずさみながら、銃身内の金属の汚れをブラシとオイルで綺麗に、汚れの一つさえ残さないように拭き取ります。


「ふんふんふ〜ん♪」


「楽しそうだね?」


「うんっ。……あ、天瑠っ!?」


 自然に返事をしてしまいましたが、誰かがいた事に気づかなくて思わず飛び上がってしまいました。後ろを振り返ると、璃音の反応に不服そうに腕を組む天瑠がいました。


「人をおばけ見たような反応をするのやめて?」


「ご、ごめん……びっくりしちゃった……。あれ?それに……少し血の臭いがする。……っ、天瑠もしかして…………」


 璃音は血の臭いだけは覚えています。間違えるわけがありません。それを知っている天瑠はやれやれと肩を竦めると、首を縦に振った。


「ちょっと……ね。暗殺って実践で出来なきゃダメだから、マスターにお願いをして殺す予定だった人を天瑠が暗殺してきたんだよ。一人だけ……ね?」


「い、言ってよ天瑠……突然いなくなったりしたら……璃音は…………」


 心配性すぎるのかもしれませんが……それでも、なにか言って欲しかったです。無言で行って、無言の帰宅になったり……そのままいなくなったりしたら……璃音はきっとどうにかなります。


「ほんとに……大丈夫だよ。天瑠は璃音が死なない限り絶対に死なないから。妹を置いて死ぬなんて姉失格だからね?」


「……うん……それで…………どうだった? 久しぶりに……人を殺したんでしょ?」


 璃音が……少しだけ怖いかもと思っていること、それは……長い期間、人の命を奪う事をして来なかったのに、いざと言う時に躊躇ったりしないか、ということなのです。


「う〜ん……特に何もなかったかな。いつも通り、頭に鉛弾を撃つだけだから、すっごく簡単だった」


「そうなんだ……なら、璃音も大丈夫かな……」



「どうなんだろう……でも、璃音なら普通にやりそう。だって……ね〜〜」


「あっ……あの事を話すのは……」


 あんまりいい思い出でもないし、さんざんお姉様に怒られたので……


「天瑠が怪我した時、璃音が暴走してそのショットガンをわざわざ敵の至近距離でぶっぱなして全身に血を浴びて帰ってきた───」


「うわぁぁあ! もうやめてっ」


 あの時のことは正確には覚えがないんです。……けど、間違いなく狂ってました。たしか……6人くらい同時に殺した気がしますが……気がついた時には、全身に血を浴びた後だったのです。髪もベタベタで臭くてたまったもんじゃありません。

 頭を抱える璃音を天瑠はからかうように笑っていました。


「ふふふっ、でも、あの時に璃音がいなかったら……天瑠はきっと死んでたから今でも感謝してるんだよ?」


「ううぅ……意地悪……」


 嬉しことを言ってくれたのに、こうも好きではない思い出を引っ張られたら喜ぶに喜べません…………。不服に口を尖らせていると、天瑠は笑いながら璃音の隣に座りました。


「ごめんって。……それにしても、楽しそうだったね璃音」


 さっき話してる事を聞いてたみたいで、若干ニヤつきながら璃音の瞳を見つめてきました。うぅ……誰もいないと思ったのに……


「天瑠は変だと思う? これ……」


「全然? だって天瑠もやってるし」


「……え!? やってるの?」


「お姉様がやってるんだもん。やらない理由がないよ?」


 と、当然のように天瑠はそう言いながらサプレッサーの付いた銃をホルスターから取り出しました。……言われてみれば、由莉ちゃんはお姉様の狙撃の師匠みたいなものだって言ってたから…………お姉様もやってるんですね。


「ね、天瑠。やってるなら……分かるかもしれないけど、こうやって自分の銃に話しかけ始めて変わった事ってある?」


「ん〜〜、前より間違いなくこの銃を信頼出来るようになったし、少し身体が軽くなったように動けるようになったかな」


「だよね。ほんと……由莉ちゃんってすごいよね」


 側にいると……それがよく分かります。由莉ちゃんの強さがお姉様を変えたのもすごく理解ができます。

 すると、天瑠が「ふ〜ん」って言いながら体操座りをあぐらに変えて璃音の正面に座りました。


「……璃音ってさ、お姉様と由莉ちゃんどっちの方が好き?」


「…………ぇ……?」


「実際どうなのかなって思っただけだよ。天瑠は……由莉ちゃんとはお姉さまに比べたら接点が少ないから、どっちかと言われればお姉さまって言う。でも、由莉ちゃんといつも一緒にいる璃音はどうなのかなって」


 ……すごく難しいところです。お姉様と由莉ちゃん、どっちが好きかなんて……璃音には…………


「……お姉様は璃音たちを……瑠璃お姉様から託されて育ててくれた。いつも璃音と天瑠の事を考えてくれて、璃音はそんなお姉様が大好き。

 ……でも、由莉ちゃんも璃音はお姉様と同じくらい好きだよ。……璃音は由莉ちゃんを3回殺しかけた……そんなの、殺されても、嫌われても……璃音は不思議じゃないと思う」


「……そう、だね」



 もし……璃音がその立場なら……知っている人でも許さないと思います。それなのに…………、


「なのに……由莉ちゃんはこんな璃音を許してくれるどころか、こうして由莉ちゃんの命を預かる役目を任されてる。……本当に、由莉ちゃんは優しい……優しすぎて……璃音が心配しちゃうくらいだよ。でも……敵には容赦をしない強さもある。本当に……強い子だなって思う。璃音たちと同い年なんて信じられないよ」


 由莉ちゃんは……本当に年齢より遥かに大人びています。お姉様と同じくらい……それ以上かもしれません。

 そう思っていると、天瑠も思い当たるように深く頷いてくれました。


「やっぱり、璃音もそう思ってたんだ。由莉ちゃんと天瑠たちが同じ年なんて言われても……天瑠も信じられない。だって……背負うものが10歳では……大きすぎるよ。天瑠だったら……きっと途中で投げ出すかも」


「ね……。お姉様も由莉ちゃん、2人がいなきゃ……璃音も天瑠もここにはいないし……死んじゃってたかもしれない。……璃音はお姉様も由莉ちゃんも同じくらい好きだよ。……天瑠は答えだしたのに……卑怯かな?」


「ううん、そんな事ない。璃音らしい答えじゃないかな? ……そ・れ・よ・り・もっ!」


「ひゃ……あ、天瑠……」


 天瑠が突然、さらに近寄ってくると璃音をぎゅっと抱きしめたのです。


「天瑠はね、お姉様よりも、由莉ちゃんよりも……璃音のことが大好きだよ」


「あ……あぅ…………璃音だって……天瑠のことが誰よりも好きだよ?」


「ふふっ、やっぱり璃音は天瑠の自慢の妹だよ。天瑠は……璃音の姉であることを誇りに思うよ」


「あ、天瑠…………」


 璃音だって……天瑠の妹なのが誇らしいです。他の人が姉だなんて考えられません。

 璃音も天瑠に抱きついてその暖かさに甘えました。由莉ちゃんともお姉様とも違う……暖かさです。胸の中が少しだけほっこりとしました。





「───」

「───」


 …………?今、視線を感じた気がしたのですが……気のせいですよね。それよりも……今はこの温もりに浸っていたいです…………。



 ───────────────



「ふふっ、2人とも本当に可愛いね」


「ボクの自慢だからね。璃音も自分に自信を取り戻してくれれば……きっと化ける。天瑠はもう才能を発揮してるけどね」


「璃音ちゃんのポテンシャルは天音ちゃんを越える分野もあるからね〜計算の速さは本当にすごいと思ったよ」


「……382×721」「298,342」


「はぁ……由莉ちゃんはそれ以上だね。ボクも2桁×1桁の暗算でいっぱいいっぱいなのに……あくつさんに化け物呼ばわりされるのも分かる」


「もぉ〜天音ちゃんまでそんな事言わないでよぉ〜!」


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