璃音はスポッターになります!
地下に着くと璃音は由莉ちゃんの側に付きながら、気になることを聞いてみることにしました。
「あの、スポッターってなんですか……?」
あんまり聞いたことがありません……なんでしょう?
「スポッターって言うのはね、簡単に言っちゃうとスナイパーの補助かな。璃音ちゃん、私がスナイパーなのは知ってるよね?」
「はい……お姉様といつも伏せて撃っていたので何となく……」
あれ……?という事はお姉様もスナイパーなのでしょうか……?
「あはは……そうだね〜天音ちゃんはどっちかと言うと中距離狙撃───マークスマンかな。大体……700mまでの敵を撃てるように練習してる。9ヶ月練習したから大分良くなってきたんだよ?」
「そう……なのですか?」
「私が教えたから、ねっ。けど……何より天音ちゃんがすっごく頑張ったから、だね」
お姉様のことが誇らしげな様子で話す由莉ちゃんの表情は……璃音でも見とれるくらい可愛らしかったです。本当に……みんなから愛されるのがすっごく分かりますっ。
「そして……璃音ちゃん。もしものために、璃音ちゃんも狙撃の練習するよ。私の銃で」
「はい…………ぇ……えぇーーーっ!?」
ゆ、由莉ちゃんの……あの銃ですよね? あの……璃音よりも、由莉ちゃんよりも大きな銃で……
「大丈夫だよ。ショットガンを使ってる璃音ちゃんなら『あの子』の反動もしっかり受け流せるはずだよ」
「……? 『あの子』……由莉ちゃんの銃のことですか?」
銃をまるで人ように扱う由莉ちゃん。なんだか……変なのって思いました。すると、由莉ちゃんは肩を竦めながら、武器庫の中からあの銃を取り出しました。
「最初は天音ちゃんも『変なの』って言ってたよ。……けどね、自分の銃にはそれくらい大事に扱わないと……敵より、自分の銃に殺されるよ」
「……自分の銃が……ですか?」
「もし、敵を撃とうとした時……銃が暴発したらどうする?」
さっきまで楽しげに笑っていた由莉ちゃんが、銃の事になった瞬間に色が変わったような感覚を覚えました。本当に……真剣そのものです。
「だから、自分の銃はぞんざいに扱ったらだめだからね? ……私はスナイパーライフルを使ってるからすごく分かる。この子ってすっごくデリケートで少しでも手入れ怠ると、すぐに不貞腐れて狙い通りの場所に当たらなくなるんだよ。ねっ?」
武器庫から出て、座りながら膝の上であの大きな銃───バレットを乗せながら銃身を撫でる由莉ちゃんは愛情をたくさん込めてバレットを使ってるんだなってすっごく思いました。
「璃音ちゃんもやってみるといいよ? 自分の銃が……本当に応えてくれるはずだよ」
「……はいっ」
今の由莉ちゃんを見てて……璃音も何となく分かりました。由莉ちゃんだから……難しい狙撃も出来るんだって。後で璃音の銃の手入れをする時にしてみましょう。
「さて……璃音ちゃん、やろっか? うーん……じゃあ、最初はこの子を使ってみて?」
────────────────────
そして……今、璃音は由莉ちゃんの銃を構えています。やっぱり、ショットガンとは訳が違います……。構え方から違うし、何より伏せて撃つなんて璃音はやった事がありません。
それにしても……すっごく大きいです……っ。璃音より大きくて……こんな銃を撃ったら璃音の身体が反動で吹き飛んでしまいそうです。これを撃ってる由莉ちゃんはすごいです。
「ゆ、由莉ちゃん……こうですか?」
「うんっ、そんな感じだよ。それなら、1回スコープの中を見てみて?」
言われた通りにスコープを覗くと、その視界だけすっごく遠くまで見えました。もっとよく見なきゃと片目を閉じようとすると、肩を軽くたたかれました。
「目を閉じちゃうと力みの原因になって、外しやすくなるから両目開けてね?」
「っ!はい……」
由莉ちゃんにそうは言われたものの……視界の一部だけ大きく見えるのが……すごく変な感じです。
「最初は慣れないと思うけど、すぐ慣れるから大丈夫」
「分かりました……」
「うん、なら……撃ってみよっか。えっと、もうちょっと右に向けると的が見えると思うよ」
言われた通り動かすと、少し時間がかかりましたが、米粒くらいの大きさの的が見えました。これだけ離れてるとスコープの中の的もすごく小さいんですね……
「距離……分かる? 的の大きさは50cmだよ」
ええっと……スコープのサイトの単位の見方は動けない時、由莉ちゃんに教えてもらったから……大きさは……0.6ミルよりちょっと大きいくらいで……
「……800mくらいですか?」
「ふふっ、そうだよ。さすが璃音ちゃんだね」
由莉ちゃんの嬉しそうな声と一緒に頭を撫でられて……とっても気持ちいいですっ。
「じゃあ、撃ってみよっか。この子……今ゼロインが1000mだから的をクロスヘア(スコープの十字線)の中心よりちょっと上を狙って引き金を引いてみて?」
「はいっ」
イヤーマフを耳にすっぽりとはめると、周りの音が一切聞こえなくなりました。もう、弾は入っているので後は……この引き金を引くだけです。
身体の余分な力を抜いて……引き金にゆっくり力を込めて……重くなった所で1回止めます。
「すぅ……ふぅ…………」
深く呼吸して、スコープのブレが完全に無くなったその瞬間─────人差し指に力を込めました。
ズドォンッ!!
「きゃっ」
イヤーマフをしていてもバレットの銃声が頭に突き刺さりそうになるくらい、大きな音が鳴り響きました。反動は……璃音のショットガンと同じくらいの強さだったので、何とかなりそうです。……後は的に当たっていれば……
そう願いながら見てみると……白い煙の間に、健在の的がありました…………
「あうぅ……」
「最初は仕方ないね……でも、姿勢と衝撃の受け流しは出来てたから、変な癖がつかなさそうでよかったよ。じゃあ……次はスポッターの仕事……話そっか」
「はい…………」
由莉ちゃんが話しているのに……璃音は呆然としてしまってあまり聞き取れませんでした。……当たらないかも、なんて思ったりもしました。けど……悔しいです……っ
「……璃音ちゃん? やっぱり……当たらないと悔しいよね」
「……はい」
「…………今はただの的だからいいけど、本番は的が人間だし、動く。それに……スナイパーの狙撃は仲間の命もかかってる本当に大切な役目だからね……。もし、今のが、敵を撃てなかったら天音ちゃんと天瑠ちゃんが死んでた……って状況だったら……どうする?」
「……っ、いや……です…………そん……な」
璃音は……由莉ちゃんの役目の大きさを知った気がします。仲間の命を助ける……それが由莉ちゃんの一発にかかってる。だから……絶対に外せない。その重圧は……璃音には考えられません。
「もちろん、スナイパーだから私が撃つよ? ……敵は絶対に殺すって、もう決めたから。でも……もしもの時はあるんだよ。絶対に、なんて事……ない。それが……スポッターの役割の一つ───非常時にスナイパーに代わって敵を撃つこと」
「っ…………」
璃音に……そんな事出来るでしょうか……絶対に外せない、外したら仲間が死ぬ。……そんな状況で……
璃音は不安が募ってなりませんでしたが、それを分かってくれていたのか、由莉ちゃんは璃音をぎゅっと抱きしめてくれました。
「それでも……私は璃音ちゃんにこの役目を任せたい。……そう言えば、言ってなかったね。スポッターがいた方がいい理由」
「ぇ……?」
「…………スナイパーは、単独行動だと……死ぬ可能性がすごく高いんだよ。理由は……簡単。スナイパーは敵から一番嫌われるし、狙撃する地点付近に誰かを配置することもある。近接戦向きの銃をもった人と、狙撃用の銃と拳銃しか持ってない人……どっちが死ぬ確率が高いか、分かるよね?」
「……………………っ」
……璃音は甘く見てました。そう実感させられました。
スナイパーという人を……狙撃の役目を……。
璃音と同じくらいの身体に……それだけの重圧と覚悟……どうして持ちきれるのか、分かりません。
「だからね、スポッター……欲しいなって思ってたんだよ。けど……スポッターも生半可な人には死んでもやらせたりしない。邪魔なスポッターがつくくらいなら、一人でやるし、その方が集中できる。私の命を預ける人なんだから……変な人には任せられない。
……本当はね、最初は天音ちゃんにやって欲しいなとも考えてたんだよ。
それでも、私はどうしても璃音ちゃんにスポッターを任せたいって思ったんだよ」
「……っ、どうして……ですか? 璃音より……お姉様の方が……」
そんな……大事な役目に……由莉ちゃんの命を預かる役目に璃音が…………だって、お姉様とか天瑠とか……璃音より遥かに近接戦が強い人はいるのに……
「じゃあ、問題。52×36は?」
「1872です」
「123×45は?」
「5535です」
璃音は……動けない期間、由莉ちゃんとこうやってかけ算で遊んでいたのです。初めは1桁×1桁を頑張って覚えて、それからはずっとこうやって……
「それが理由だよ、璃音ちゃん。……頭の回転がすっごく早い。璃音ちゃんが考えている以上にずっと」
「そう……なのですか?」
「今やったこと、天音ちゃんと天瑠ちゃん出来ないよ?」
「ゆっ、由莉ちゃん嘘ついてたのですか!?」
由莉ちゃんはこれをやる時、天音ちゃんと天瑠ちゃんは出来たよ?って言ってきたのです。だから……頑張ってやろうとして…………
「ふふっ、でも……璃音ちゃんは実際にやってみせた。……たったの4日で」
「…………」
知りませんでした……みんな出来るから璃音も出来なきゃって頑張ってたのが……みんなが出来ないことだったなんて……
「璃音ちゃんには璃音ちゃんの良さがある。それに、私はこの2日考えて璃音ちゃんが一番、スポッターとして……私の命を預ける人に選ぶことにしたんだよ。……それに、私の役に立ちたいんだよね?」
「っ! 覚えていたのですか……?」
「あんまり意識はなかったけどね、あはは……。でも、璃音ちゃんの想いはしっかり伝わってきた。
改めて……璃音ちゃんにお願い。私の相棒として、スポッターになってくれないかな? 璃音ちゃんになら、私の命……預けられる」
「っ……」
由莉ちゃんが……ここまで璃音を信じてくれて……嬉しいです……本当に……っ。由莉ちゃんの信頼を……璃音は裏切りたくないです。だから────!
「……璃音はまだまだ勉強しなきゃいけません。足りない所もたっくさんあります。みんなより出来ない事も……たくさんあると思います」
「………」
「でも……璃音はやります。由莉ちゃんの役に……みんなの役に立てるように……精一杯頑張ります!! 由莉ちゃん、こんな璃音だけど……いいですか?」
「……うんっ! 足りないところはみんなが補ってくれる。技術面は阿久津さんとか音湖さん、私とか天音ちゃん、天瑠ちゃん、それにマスターもいるから、誰にでも相談すればみんな教えてくれると思う。
璃音ちゃんは役立たずじゃない。足でまといになんか絶対にならない。みんなの役に立てるって、見せてあげようね?」
「はいっ!!! よろしくお願いします、由莉ちゃんっ」
そうして───璃音は由莉ちゃんの相棒……スポッターになる事にしました。璃音を助けてくれた由莉ちゃんを……今度は璃音が少しでも支えになれるように頑張ろう、そう強く決めたのです。
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