由莉ちゃん……お願いです

「由莉ちゃん、しっかり……まだ意識ある?」


「………………」


 返事はありませんが……由莉ちゃんの手が僅かに強く握ってくれた……まだ大丈夫……けど、あと3時間……ううん、由莉ちゃんを背負ってだとどのくらいか分からない……。その間に……由莉ちゃんが……っ、だめ……助けられるのは璃音だけ……璃音が諦めたら……だめだから……!


「由莉ちゃん、頑張って……っ! 生きて帰ろ……?」


 璃音は由莉ちゃんの意識が無くならないようにずっと話しかけました。意識を失ったら……きっと…………


 考えたくないことを考え、それでもひたすらに前に進みました。まだ風がない日だったから良かったかもしれません。風があったら……由莉ちゃんが持ちそうにありません。


「由莉ちゃん……帰ったら……色々教えてください。璃音はまだまだ勉強不足だから……もっと知りたいです……」


「……ぅ……ん…………」


「……今度は……由莉ちゃんの役に立てるようなものがあれば絶対にそれをやります……」


 虚ろな意識の中にあると思う由莉ちゃんに届くか分かりませんでしたが、少しでも……由莉ちゃんの力になればと、歩きながらずっと……話し続けます。


 ───────────────


 歩きだして……20分経ったでしょうか。まだ由莉ちゃんの意識はあるみたいですが……だんだんと腕の力が弱まってきた気がします…………。


「由莉ちゃん、まだ大丈夫……?」


「ぅ…………ん……──────」


「由莉ちゃん……?由莉ちゃんっ!!」


 突然、由莉ちゃんが糸を切ったように崩れ落ちました。……もう……限界が…………っ。


「っ、死なせない……絶対、死なせて……たまるもんか……っ」


 リスク覚悟で璃音は由莉ちゃんを背中に乗せるとまた歩き始めました。璃音の体力がどこまで続くか分かりませんが……行くところまでは行きます。


「由莉ちゃん……生きよ? まだ……死ねないよ……」


 璃音が……こんなことをしたせいで……由莉ちゃんが死にそうになってる……後で……罰なら何だって受けます。どんなことでもします……死ねと言われれば……みんなが望むならします。


 だけど、由莉ちゃんだけは……死んじゃだめ……っ!


 助けて欲しい……だけど、こんな山奥……誰も来ない。そんな事……あるわけが……ない。


 そう思っていました。


 璃音もふらふらになってきて……由莉ちゃんを背負うのが……もう、辛くなって、それでも……諦めるわけには行きません。

 由莉ちゃんが死んじゃったら……そんなの……実質、璃音が殺したことになるんです。


 その罪から逃げたいわけじゃないです。


 ……ただ、璃音は由莉ちゃんに生きてほしい……もっと色んなことを由莉ちゃんから学べると思います。由莉ちゃんといれば……璃音は少しでも変われる、そう思うんです。一緒に……いたいんです……っ!だからっ、


「由莉ちゃん……璃音、頑張るから……死んじゃったら……だめだからね……?」


 絶対に……みんなの元へ……帰ります。会ったら……やらなきゃいけない事が沢山あります……っ。お願いだから……もう少しだけ璃音の身体……もってください……っ


 ───────────────


 ─20分後─


「由莉ちゃん……死んで……ないよね……?」


 身体の限界は……とっくに超えて……璃音の身体を支えてるのは気力以外……ありません。もう……由莉ちゃんが生きてるのか……分かりません。そのくらい気にする余裕もなくなり始めていました。


「生きて……帰る……そう、決めたから……絶対に!」


 由莉ちゃんと……一緒に!苦しくても……死ぬよりは……きっと、まだいいです!だから……諦めません……っ!


「頑張れ……頑張れぇ〜〜〜!!!」


 璃音は弱いです……けど、強くなりたい。そんな気持ちを奮い立たせるために、思いっきり叫びました。この……山にこだまして……声が届くように─────、







「────璃音ーーーーーーー!!!!!」

「────璃音ーーーーーーー!!!!!」


「おねえ……さま? あま……る? っ、お姉様ーーー!!! 天瑠ーーー!!!」


 遠くから……すっごく遠くから……お姉様と天瑠が……璃音を呼ぶ声が聞こえました。疲れでおかしくなったかもしれないけど……っ、それでも璃音は叫びました。もし……本当に来ているなら……由莉ちゃんを……





「────助けてっ!!!!!」




 ──────────────────


「璃音……っ、璃音ぇぇぇぇぇーーー!!!」


 真っ先に来たのは……天瑠でした。璃音を見るなり思いっきり走って来て頬をぺちんと叩かれました。


「ばか……馬鹿馬鹿馬鹿ばかばかばかっ!! 璃音のばかぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」


「天瑠……ごめんなさい……ごめんなさい…………っ」


 天瑠は……酷く泣いて、顔を真っ赤にしながら璃音の胸をポカポカと叩きました。……謝るのは……璃音なのに……っ。


「璃音……良かった………っ。無事で……本当に良かった……」


 お姉様も……顔がしわくちゃです……こんなに……璃音はこんなにも…………




 愛されていたのですか………っ




 お姉様はふらふらの璃音から由莉ちゃんを交代するようにお姫様抱っこをすると、弱っている由莉ちゃんの頬に……また雫が零れました。


「ゆりちゃん……こんな無茶させて………ごめん……っ、早く帰ろうね? あくつさんも……もう近くに来てるから……ね?」


「おねえ……様……ゆりちゃんは……まだ生きてますか……?」


「馬鹿言わない、璃音。ゆりちゃんはこんなこと如きで死ぬような子じゃない。……ボクが本気で殺そうとしても殺せなかったんだから、どんな事があっても死なないよ」


「…………はい……っ」


 お姉様は……由莉ちゃんに全てを賭けているような絶対的な信頼をもった瞳で浅く息をする由莉ちゃんを見ていました。……そうですよね、由莉ちゃんが……簡単に死んじゃうわけがありません。だから…………ぁ……


「……ばか。璃音は無茶しすぎだよ。ほら、天瑠が抱っこするから掴まって」


「う……ん…………」


 力が抜けかけて倒れようとした璃音を……天瑠がすぐに支えになってくれて、そのまま天瑠の背中にしがみつきました。本当に……天瑠の背中もあったかいです……


「天瑠……ごめん…………っ」


 天瑠に謝ると……何に謝っているのか分かったようで、もう一度、璃音を抱きなおすとゆっくりと首を振りました。


「……璃音がいなくなったら……天瑠は誰であろうと……お姉様だろうと……敵に回す。天瑠は……璃音がいないと……だめだから……今度は苦しかったら天瑠の所に来てよ? 一人でいなくなったら……許さないんだから……っ。天瑠は……璃音の事が何より大好きなんだから」


「……あま……る…………っ」


 気づけば……璃音の目からも……涙が溢れかえっていました。こんなに……天瑠が言ってくれたの初めてで……嬉しくて……でも、お姉様に銃を向けさせたのが申し訳なくて……っ。


「さ、璃音、帰ろ? 今日は……もう離さないよ、ぜっったいに」


「……うんっ」




 璃音は……今、この瞬間、世界で一番幸せ者だと思いました。こんなにも……大切にしてくれる人がいて……愛されてると知ったのですから。




 ──────────────────


 ─3日後─


 由莉ちゃんと璃音は2日安静を阿久津さんに言われ、今日、ようやく……動く事を許されました。


「……由莉ちゃん……これ、似合いますか?」


「うんっ、可愛いよ!」


 璃音は、今日届いた新しい服を着て由莉ちゃんの前に立ちました。今までは由莉ちゃんのを借りていましたが……今日からはこの色…………



 金赤色のラインが入ったジャージを身にまといました。そして、天瑠は……


「どうですか、お姉さま」


「うん、似合ってる。……思った通り、かな」


 瑠璃色のラインが入っているジャージを着ていました。璃音と天瑠のだけ、そのラインがラメ?が入っているみたいでキラキラ光っていました。


 このジャージのラインを決める時、由莉ちゃんとお姉様は2人とも瑠璃色がいいっ、と言ってくれました。天瑠はすっごく喜んでいましたが…………璃音はその案を断りました。3人とも当然のように驚いていましたが、これは璃音の想いです。


 璃音は由莉ちゃんの側にいると決めたのですから、由莉ちゃんと近い色が良かったのです。……確かに嬉しかったです。けど、璃音はそう決めました。


「よしっ、久しぶりに動ける気がする! さて、璃音ちゃん、一緒に見つけるよ!」


「はいっ、由莉ちゃん!」


「よし、ボクらもやろっか」


「はいっ! お姉さま!」


 璃音たちは4人、手を繋ぐと真っ直ぐに部屋を出て……あの地下室へ向かいました。今度は……役に立てるような、璃音にしか出来ない事を見つけてみせます!




 そう意気込んでいると、由莉ちゃんが肩を軽く叩いてきたので、見てみると、目の前に由莉ちゃんの顔があって……なんだかドキドキしました。すると……由莉ちゃんは歩きながら璃音の耳元である事を話しました。


「実はね、璃音ちゃんにやってみてもらいたい……ううん、璃音ちゃんにしか出来ない事をやって欲しいと思ってるんだ〜」


「えっ……? なんですか……?」




その時、由莉ちゃんと璃音の間に風が生まれたような感覚を覚えました。すごく明るく……璃音の先を照らすような…………


「璃音ちゃんには、私の相棒────スポッターになって欲しい」

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