璃音は……璃音はッ!!!
「……えっ……?」
由莉ちゃんは……銃を手渡すと、自分に銃口を向けました。……なんで……そんな事をするのですか……? だって……これには、実弾が入っているんですよ……? 咄嗟に渡されたままに構えはしたけど、引き金に触れるなんて……そんなこと……
「璃音ちゃんの気持ちを……裏切った。あんなことを言った私を璃音ちゃんが許せないなら……今、ここで殺して」
「ぇ……あ…………ぅ……」
き、急に言われても……出来るわけがありません。出来るわけが……
「…………最低だよね、ほんと……私は……っ」
「ゆり……ちゃん……」
今になって気づきました……雨でベトベトになった由莉ちゃんの頬は……雨じゃなく涙でぐしゃぐしゃに濡れていたのです。……けど………。
「……帰ってください。もう……いいんです。もう……」
「…………」
「……この銃に殺されるのも悪くない……かな」
もともと死ぬつもりだったので、しゃがむとショットガンを口に突っ込み、足の指で引き金に触れます。由莉ちゃんには感謝した方がいいのかもしれません。これで楽に……死ねるのですから。
「璃音ちゃん……やめて……それをしたら……」
「…………出来損ないはいない方がいいんです。みんなの迷惑になるくらいなら……死にます」
嘘はありません。もう……これで終わる────
「………………璃音ちゃん。一つだけ……言わせて」
「……はい」
何を言うのでしょうか……きっと罵るんでしょうね。でも、それでも仕方ないです。だから…………何でも……
「なんで……嘘をつくの?」
─────えっ……?
「……璃音ちゃん、本当は……死ぬの怖いんだよね?」
「そんなこと……ない…………です」
「……手、震えてるよ?」
「…………?」
ゆっくりと視線を下ろすと……手がおかしいくらいに震えていました。…………怖い……?怖がってるの……?
もう、よく分からなくなってどうにかなりそうになった時……由莉ちゃんは近寄ると手から銃を取り上げられました。
「…………」
「言い訳は……しないよ。全部……私が悪い。璃音ちゃんの信頼すら裏切って……あんなこと言ったのは……私」
「…………っ」
「だから殴って? ……璃音ちゃんの好きなだけ……気の済むまで」
「くぅ……っ!」
由莉ちゃんはそう言って……頬を突き出しました。気の済むまで……? 気が済む……わけがない……っ!
「うぅ………うわああああああああぁぁぁああああああーーーーーー!!!!」
拳を握りしめて……本気で由莉ちゃんの頬を殴りました。人を殴るなんて……初めてしました。変な鈍い音と一緒に手に悶絶しそうな激痛が走って……すごく痛いです。痛くて痛くて……しょうがないです……っ。
「はぁ……はぁ……っ!」
「…………」
なんで……こんなに苦しいのですか? こんなに息があがるのですか……? 頭が働かなくて……もう、思った事を気づけば口にしていました。
「…………頑張ったのに……っ! みんなの役に立ちたくて……何でもした! なのに……こんなの……こん、なの、っ、あんまりだよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!!」
涙で視界がぐちゃぐちゃになる中……拳を由莉ちゃんに振りぬこうとして……由莉ちゃんはただ……ずっとこっちを見ていて……いつものあの……やさしい……顔で…………っ!
「うああああぁぁぁああーーーーーー!!!!」
「…………」
…………結局……殴れませんでした……拳は由莉ちゃんの顔に当たる寸前で力が霧のように消えて……身体からも力が抜けてしまい、由莉ちゃんの前に膝をつきました。
「うぅ……う゛うぅ……そんなの……ずるいよぉ」
「ごめんね……璃音ちゃん…………本当に……ごめん…………っ」
殴ったせいで鼻から血を流す由莉ちゃんは手を握ってそのまま……額を当てながら涙を零していました。
なんで……そんなに泣くの……? ほっとけば……良かったのに……苦しまずに済んだのに……なんで…………!
「なんで……足でまといになるのに…………みんなの役に……立てないのに────」
「そんなことない!! 璃音ちゃんがいないとみんなダメなんだよ!!! ……璃音ちゃんが出ていってから……みんながどうなったか分からないでしょ……?」
「みんなが…………?」
「天瑠ちゃんが…………天音ちゃんと私と大喧嘩した。銃まで使って……殺し合いをしたんだよ……」
「あま……る…………が?」
信じられません……天瑠が……お姉様に牙を剥くなんて……考えられません……だって、天瑠はお姉様の事を……自分より好きで…………
「……天瑠ちゃんが璃音ちゃんがいなくなったと知った瞬間、躊躇いもなく私と天音ちゃんに銃を向けて撃った。しかも……避けてなかったら確実に頭に当たってた。────天瑠ちゃんは本気で殺しにかかってきた」
「うそ……天瑠がそんなこと……」
信じられない事実を受け入れない中……由莉ちゃんは顔を俯かせながら……口を開きました。
「……璃音ちゃんが大好きなんだよ。天瑠ちゃんは……天音ちゃんよりもずっと……誰よりも璃音ちゃんの事が好きなんだよ。もし……璃音ちゃんが傷つけられたら、誰であろうと殺そうとするくらい……大好きで大好きでしょうがないんだよ?」
「っ!!!」
「…………天瑠ちゃんは私と天音ちゃん、2人相手に互角……ううん、ちょっと押され気味になるくらいの気迫で……私たちを殺そうとした。戦ってるあいだ、ずっと……璃音ちゃんの事を言ってたよ。『どれだけ……璃音が苦しんだか、分からないの!?』、『璃音は……きっと……もう帰ってこない。死んででも道連れにする、絶対に!』───そう言って……」
「…………あま……る……」
そんなに……天瑠が思ってたなんて……知らなかった…………お姉様に銃を向けるなんて……どんな事があってもしないって思ってたのに……………
……嫌な予感がしました。
「っ、それじゃあ……天瑠は……」
「…………」
口にするとさらに表情を曇らす由莉ちゃんを見た瞬間……何かが壊れる音がしました。……大事なものが壊された……『あの時』みたいに……でも、今度は……もう、何もない。……逃げたせいで……みんながそうなるなんて……知らなかった…………ごめんなさい……天瑠…………なんて事を……して……っ。
「…………生きてはいるよ」
「ぇ……?」
「けど……天瑠ちゃんは駆けつけた阿久津さんに麻酔銃で眠らされて、多分もう起きたと思うけど……どうなるか分からない。……そして、天音ちゃんはショックで部屋から出てこなくなった。私が呼んでも……何も返ってこないし、カーテンも閉められて……どうなってるのか分からないけど……ずっと泣いてた。……ショックが強すぎて……天瑠ちゃんに殺されかけて、璃音ちゃんが……もし帰ってこなかったら、天音ちゃんも天瑠ちゃんも多分、自殺するかもしれない…………っ」
「そ……んな…………っ」
…………自分のした事は全て間違いだった。気づくのには……遅すぎました。みんなが幸せになると思ってしたことは……みんなが不幸になることだと……その時になって……気が付きました。
「璃音ちゃん……帰ろ? みんな、璃音ちゃんがいないと……だめなんだよ」
「でも……っ、足でまといで……役に立てない……そんな……」
帰った所で……役に立てないのならいる意味はない……けど、帰らなきゃ……天瑠もお姉様も……死んじゃう……
「…………」
「……っ」
……2つの想いに挟まれて苦しんでいると……由莉ちゃんがぎゅっと抱きしめてくれました。雨で濡れているはずなのに……冷たいはずなのに……なんでこんなに……
暖かいの……?
「……璃音ちゃんは役立たずじゃない……確かに、天音ちゃんや天瑠ちゃんには近接戦じゃ……多分、璃音ちゃんは届かないかもしれない」
「………っ」
「けどね……役に立つのは前に立つ事だけじゃないんだよ?」
「えっ……?」
「黒雨組にいた時はずっと前で璃音ちゃんも戦ってきたと思うけどね……本当は後ろのバックアップもすごく大事なんだよ? 役に立つ方法は本当に色々ある。……これは私の勘だけどね……璃音ちゃんには、何か別の強さがあるって思うんだよ。……もっと、別の何か……」
別の……強さ…………? 由莉ちゃんも確定は出来ないみたいで不安そうな顔だったけど……それでも、信頼しているのが……すごく伝わってきました。
「璃音ちゃん、約束する。私が……それを見つけてあげる。璃音ちゃんが……天音ちゃんより、天瑠ちゃんよりも……役に立てる、そんな役目を……絶対に見つける」
「由莉……ちゃん…………ううん、由莉……『お姉様』……」
その瞳は……お姉様と……瑠璃お姉様と同じものを感じて……ついそう呼んでしまいました。……それに値するくらいだと……感じたのです。
すると、困ったようにはにかみながら……───璃音の頭をぽんっと撫でました。
「いつも通り、『由莉ちゃん』でいいよ? その方が……嬉しいかな? 私と璃音ちゃん、多分同じ年だし、ね?」
「はい……由莉ちゃん────由莉ちゃん? 大丈夫……?」
「……ちょっとふわふわするかも……しれない」
目がきょろきょろしていて何だか……変な感じがして、由莉ちゃんのおでこを触ってみると……すごく熱いです。
「由莉ちゃん……もしかして……風邪引いて……」
「……雨の中、きっと寒いと思って……必死に探してたからね……あっ、そうだった……ちょっと……待ってて」
「っ、璃音が取ってきます!」
由莉ちゃんが取りたがってたもの……璃音がいつもショットガンを入れてた袋を急いで取ると……中に何かある感じがしました。弾かな……?と思いつつ由莉ちゃんに渡すと、少し目を閉じるように言われたのでその通りにします。
「……これで……いい、かな……」
「これは……璃音のマフラー……」
「璃音ちゃん、首元冷やしたくないんだよね……だから……持ってきたんだよ……」
由莉ちゃんからかけられたのは……お姉様から貰った……マフラーでした。大切な……璃音の宝物。……璃音はそれも捨てて逃げてきた。そんな璃音にこのマフラーをつける資格があるのか分かりません……けど、このマフラーを付けてると……安心します。
そんな思いの狭間で揺れ動いて、こみ上げるように涙が零れそうになって、急いでマフラーを深くかぶります。……やっぱり、安心します。これは……璃音のものです。……早くお姉様と天瑠に会って……たくさん謝って……お礼も言わなきゃ……由莉ちゃんにも……本当に……
「璃音ちゃん……帰ろ? もう、雨もやんだから……ね?」
「はい……っ。……由莉ちゃん、本当にありが─────」
バタン
えっ…………? 由莉……ちゃん?
振り返ると……由莉ちゃんが膝をついて荒い息を漏らしているのが見えました。顔も……心なしか青いです……
「由莉ちゃん……しっかりして、由莉ちゃん!!」
「璃音……ちゃん……肩貸してくれる……かな?」
「貸します! 掴まってください……早く帰りましょう……」
璃音は由莉ちゃんの肩に素早く入り込むと、由莉ちゃんが力をかけるのを感じながら、洞窟を出ました。雨が降っていたのが嘘みたいに晴れています。キラキラしていて……何より寒いです……
「由莉ちゃん……しっかりしてください……」
「だい……じょうぶ……そんな簡単に……死なないから……」
「っ……」
雨でぐっしょりしたジャージに身を包んでいる由莉ちゃんの体温が……確実に奪われているのは確かです。早く……行かないと…………
由莉ちゃんが……死んじゃう……っ
そんなこと……させない……っ!
助けられて……迷惑かけてばかりの……出来損ない。それくらい璃音だって……璃音だってわかってる!!!
けど!!
由莉ちゃんは……死なせちゃいけない……絶対に……っ!今度は……璃音が………璃音が助ける番なんだ!!
横でだんだんと弱っている由莉ちゃん……意識も……あるか分かりませんが……腕に力があるから……まだ大丈夫です……早く……もっと早く行かなきゃ……もう……足を引っ張るだけなんて……嫌だ……っ! こんな山奥……もう、頼れるのは璃音だけです。由莉ちゃんを殺すも助けるも……璃音次第です。
「由莉ちゃん、絶対に助けるからね? だから……負けないで……っ」
「う……ん…………」
もう一度しっかり由莉ちゃんを抱えると獣道のような場所を歩いていきます。由莉ちゃん、璃音は……次は負けません。もう、絶対に挫けたりしません……こんな出来損ないで役立たずの璃音が一生に一度になってもいいから……お願いします。
だから…………
「死なないで……ください…………っ」
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