全ての幸せを噛みしめて

「……よしっ、これで終わりかな」


家に帰ると5人風呂に入るより先に自分の銃器の整備を始めた。音湖は特にやる気のない様子だったが、由莉から毎回のように武器は大切にしないと、自分の武器に殺されますよ?とその度に言われてきたので、音湖を含め全員が整備には時間をかけている。


────かれこれ1時間半。


天音と音湖は拳銃だけだったので、それほど時間はかからなかったが、璃音はそれに加えて弾のリローディングを別の部屋でやっていた。


(璃音の撃つ弾を自分で作れるなんて……夢みたいだよ……)


璃音は嬉しそうに目の前のそこそこ大きい用具───ハンドロードと大きな弾が入った袋とかを見て自然に顔から笑みを溢れださせていた。


璃音は今日使った4つの薬莢を袋から取り出すとすぐに作業に取りかかった。

発砲したことで若干大きさが変わった薬莢をプレスして元に戻し、雷管(火薬を発火させるための部品)を取り替える。

そして、火薬を正確な量だけ空薬莢に詰め込むと直径8.4mmの粒を12個、金属音のメロディーを奏でながら爆薬のクッションへと投下する。

最後に、ハンドロードで開いた上端をプレスして星型の紋様を刻みつつきっちり閉じると、漸く一つ完成した。


「璃音の作った弾を……璃音の銃で撃てるなんて……この子もきっと幸せかな?」


璃音はそばに置いた手入れを完璧に済ませた自分の愛銃を手にすると、銃身にそっとキスをする。


由莉のバレットへの絶対的な信頼と、そこから放たれる正確無比な狙撃の腕を毎日、璃音は側に仕えながら見ていた。たまにバレットに語りかけながら手入れをする由莉だからこそ、無茶にも思われる距離でも百発百中で的を射抜けるのではと思い、試しに璃音もそうしてみたのだ。すると、それ以来、璃音は自分の銃への愛着がさらに湧いてしまい、由莉のように毎日のように話しているのだ。


「えへへっ、もっとあなたを使いこなせるように璃音も頑張らなくちゃね」


「誰を使いこなすの?」


「この子だよ─────って、お姉様!? きゅうぅ……」


後ろから突如として聞こえてきた天音の声に飛び上がってしまい、机に足をぶつけ椅子から転げ落ちる。


「っ、璃音大丈夫?」


「いてて……大丈夫です……」


心配そうな天音が手を差し伸べると璃音は手を借りながら立ち上がると、恥ずかしそうに天音の瞳を見つめていた。


「い、今の聞いてました?」


「すっかり、ゆりちゃんの癖が染みついちゃったね? ふふっ」


「………ぅ」


「まっ、とか言うボクもその1人なんだけどね」


歯を見せながら天音は座り直した璃音の隣にしゃがんで、璃音が作ったばかりの弾を手に取る。


「璃音、楽しそうだったね」


「やっぱり、自分で作った弾を使えるのは嬉しいです。けど、1日にそんなに作れないから、戦闘用に使う分のストックを貯めながら撃ってます」


「へぇ〜」


レバーを押し倒して空薬莢に命を込めながらそう話す璃音を天音は頬をつきながらその様子を見ていた。


「ね、璃音。ゆりちゃんのこと、好き?」


「はいっ、お姉様と天瑠とおんなじくらい大好きです! 身長もほとんど同じなのに……なんだか、璃音とおなじ年には見えません。お姉様と同じ……か、それ以上な気がして……」


おかしいな〜と首を傾げる天瑠だったが、そんな様子を笑いながら、作業机に腰かけると、自分がずっと考えていた事を天瑠に話した。


「……実はね、ボクも同じこと考えてたんだよ。ゆりちゃんは確かに10歳の璃音と天瑠と身長は同じだけど……言動が明らかにボクより大人びてる」


天音も思っていたのかと目を丸くする璃音を片目に天音はさらに語りを進める。


「……ボクはゆりちゃんの年で態度を変えるわけじゃない。けど、ゆりちゃんは絶対に10歳じゃない。璃音もこの前、ゆりちゃんの話聞いてて変だと思わなかった?」


「……やっぱり、お姉様もそう思いましたか? だって……それだと、6歳の時から……1人で生きてきたって事になるんですよね?」


「そう。おかしいんだよ……仮にボクと同じ13歳だったらまだ合点のいく話だけど……ゆりちゃんの記憶がない以上、分からないんだけどね」


謎の由莉の経歴に疑問を持つ2人。気がつけば璃音の手も止まっていたことに天音は気づくと、作業の邪魔をした事を謝った。


「い、いいえっ気にしないでください!」


「そう? あと、そろそろゆりちゃんが手入れが終わるらしいからね?」


「はいっ、分かりました」


それから由莉がバレットの手入れを終えて武器庫に入っていくのと、璃音が銃と出来上がった弾をしまいに来たのはほぼ同時だった。


─────────────────────


「おねえさまたち〜〜? 遅いですよぉぉぉ!!!」


3人が部屋に帰るとぷんぷんに怒った天瑠が戦衣装のまま3人を睨んでいた。


「ごめんってば、何をすれば許してくれる?」


「ひゃうっ!?」


そんな天瑠を天音は足を掬うようにしてお姫様抱っこすると、天瑠は顔を隠そうか隠さまいか迷うような仕草をとってひたすらに恥ずかしがった。


「お、お姉さまのいじわるぅ……」


「も〜何かあったら言えばいいのに……じゃあ、お風呂入ってから聞くから考えておいてね?」


「……はい……」


───────────────────────


「気持ちいい〜〜」

「気持ちいい〜〜」


ちゃぽーんっ、と水の音を滴らせ天瑠と璃音はお風呂の中に浸かるときもちよさそうな表情で体いっぱいに浸っていた。


「ふぅ……なんだか落ち着くね、天瑠」


「そうだね、璃音。……あれ、由莉ちゃんまた大きくなりました?」


「やっぱり……そうだよね」


風呂の端に顔だけ乗せるようにしてシャワーを浴びる由莉を見つめていた2人。それを聞いてなんか不思議そうに、胸に僅かについた肉をつまむ。


「なんか前より少しだけ大きくなったよね……」


「……ゆりちゃんいいなぁ」


「…………?」


そうボソッと呟く天音を不思議そうに眺めながら由莉はシャワー早めに済ませた。

すぐに天音に代わり、気持ちよさように髪を水に濡らす天音に3人とも「かっこいい」と思わざるをえなかった。


「天音ちゃん、男装絶対に得意だよね」


「…………どういう意味?」


「すっごくかっこよくなりそうだな〜って」


「そ、そう? ……ありがと」


いらぬ心配をしてしまった自分が顔を赤らめるのを隠すように天音は急いで前を向くも……由莉は天音に後ろからぎゅっと抱きついた。


「天音ちゃんやっぱり可愛いよ〜っ」


「なっ、だーかーらー! 可愛いはやめて〜〜!!」


騒がしくしている2人の光景を天瑠と璃音はただただ笑うしかなかった。


「天瑠っ、楽しいね」

「うん、そうだね……本当に夢みたい……」


天瑠は黄昏れるように湯気のマーブル模様をぼんやりと見ていたが……その肩に寄りかかるようにして璃音が側に近づく。


「璃音……」


「夢じゃないんだよ、天瑠。……本当に、由莉ちゃんはヒーローみたいだね」


「ヒーロー……かぁ……確かにそうかもね。ふふっ」




「天音ちゃん、大好きだよっ!」


「ボクもゆりちゃんのことは大好きだよ! だから、抱きつくのと可愛いって言うのやめてぇ〜〜〜〜!!!」


由莉と天音の会話を2人は笑いながら、今の幸せを充分に噛みしめるのだった。




この────全ての幸せを、




〜完〜









































































カタッ




ベリベリベリ……




パラリ……










「……まさか……本当に……」



目の前には──────9の嵐



「だとしたら……っ、ぐぅ……っ、最悪だ……」



その紙を……黙って破り捨てる。



「これが本当なら……………」



現実を……受け止められなかった。



冗談のはずだった。なのに……それが当たる。



こんなこと……言えるわけがない。



この事実は……全てを揺るがす。



関係さえ……崩れかねない。



「大変なことになった……っ、まさか……まさかっ!」



■■■■が■■■■■■■なんて……誰にも言えるわけがない。



「……もう一度……やり直そう……」



頭を抱えながら……家に帰る。





この事実は……2人にとって……悪夢のような事実に繋がる。




■■■でも……これを2人が知った時、どうなるのか……分からなかった。




─────絶望の未来しか見えなかった。








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