それぞれの戦い──リリィとラズリ──

『……はい、こちらラズリ。……はい、はい……分かりました。リリィに伝えます』


 黒髪をたらりと垂らした女の子は黒めの茶髪の少女に通信可能なイヤーマフで通信する。


《リリィ、ラズリです》


《うん、どうしたの?》


《シューズから連絡です。ラピス、ソラ、シャグリ、3名が仕事を無事に果たしたようです》


《了解。……みんな無事でよかった〜……》


《そうですね。標的は……まだみたいです。視認したら伝えるからリリィは目標地点の確認と心を落ち着かせてください》


《ありがと、ラズリ》


 ラズリはスポッター用のスコープを覗きながら、周囲の安全を確保する。万一にもないが、もし相手にもスナイパーがいれば、それは気づいた者勝ちとなる。逆に気づけなければ……即殺される。スポッターはスナイパーを守る為にも、非常に重要な役目を持っている。


 そんな役目をリリィから託されたラズリは心から信頼されている事に嬉しくて……たまらなかった。絶対に……その期待に応えると意気込んで、スポッターとしての知識を恐ろしい程につけてきた。

 だからこそ、リリィも安心して狙撃に集中出来る。


《───ラズリ?》


《どうしたの、リリィ?》


《もし、私が『危ないっ!』って言ったら死ぬ気で横に避けてね。……絶対に》


《……? はい……》


 不思議そうに頷きながらスコープを見つめ合う2人。

 いつ来るのか分からない標的を待つのは少し辛い。でも、2人ならどんな事でも乗り越えられる。


 リリィがそうだったから。苦しい時にはいつも側に誰かがいる。その心強さをリリィが一番知っているつもりだ。そして、それはラズリもだった。


(……リリィって……すごく頼りになります……お姉様と天瑠と同じくらい……すっごく)


 1人になる事を恐れていたラズリは今も横で自分よりも大きな銃をぺったりと頬をつけながらスコープを覗いているリリィの相棒として、ここにいるんだということが誇りだった。リリィの側にたった1人しかいられない相棒に、自分がなれたのが……


《……リリィ? 周囲の危険は無し。安心して狙撃に集中してください》


《わかったっ。ラズリがいると、本当に頼もしいよ》


《リリィ……。……っ、リリィ、標的が来ました。ここからは情報と命中の合否だけしか言いません》


《は〜い》


 のんびりとしたリリィの声とは裏腹にそこから、リリィの気配が一気に色濃くなった。ラズリでさえ、呼吸の音を気にするくらい静かな空間が形成される。


 …………準備はすべて整った。


《───標的との距離1700、風速2m、方角南南東、気温19℃。……少し遠いですがリリィの判断で撃ってください》


《……》



 リリィは丁寧にバレットの照準をほんの少しだけ上にずらす。ターゲットが動かない内にと引き金に人差し指でゆっくりと引き金を押して……最後にほんの少しだけキュッと力を込めた。。


 凄まじい轟音が夜の空に響き、マズルフラッシュの幻炎が2人の瞳を揺らめかせる。リリィの手で放たれた50口径の弾は音速の3倍の速さで射出されると、目標へ到達する。



《……命中です。……これは……命中箇所不明。標的の殺害を確認》


 リリィの放った銃弾は1700mの距離を僅か4秒で目標へと到達し、胴体の中心に着弾すると、上半身と下半身が綺麗に真っ二つになってちぎれて飛んでいったのだ。


(この距離を当てるなんて……さすがリリィです! 憧れちゃいます……)


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 …………璃音には由莉のような狙撃技術はない。精々、バレットで700mを射抜けられればいい方だ。近距離戦闘でも、天音や天瑠、音湖のような戦闘センスはない。


 自分が皆の中で一番の出来損ないであるのが悔しくて涙を零した事もある。だけど……そんな絶望的な差があったとしても、璃音は絶対に諦めるつもりなんてなかった。人一倍努力して、誰よりも苦しい練習をして……それでも一向に埋まることのない差に焦りながら、必死に強くなった。


 けど……その頃には皆んな違う場所へ行ってしまっていた。

 自分ひとり……置き去りにされた。

 それに嫌になって、家を出たこともあった。

 それで皆んなの迷惑になる自分が情けなくて……




 そんな時でも、いつも由莉が天音より早く見つけに来てくれた。

 ぶつかったりもした、喧嘩もした。それでも、由莉は璃音を信じ、ずっと側にいてくれた。

 そんな頃だ。璃音にとって由莉が……天音や天瑠……そして、瑠璃と同格にまで大切なものになったのは。


 由莉の役に立ちたい。璃音は由莉と音湖の元で死に物狂いで特訓した。そして……自分一人でも普通の仕事なら難なくこなせるまでに強くなった璃音はもっと役に立ちたいと願い、色々出来ることを探した。


 その先に見つけたのが────由莉のスポッターだったのだ。璃音の情報収集能力は由莉に勝るとも劣らないレベルだったのだ。

 由莉もそんな璃音だからこそ、唯一無二の狙撃の相棒であるスポッターに璃音を信じて任せた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 命中を確認した2人は急いで現場の撤収にかかる。イヤーマフを急いで取り外し、ラズリに2つ渡すと、リリィはバレットを分解し、手早くギターケースの中にしまい金具を付ける。それを黒の袋に入れて背に担ぐと7階から駆け下りる。


『こちら、ラズリ。リリィによって標的の殺害を確認しました』


『お疲れさまです。あと5分ほどで着くので身の回りを注意しながら降りてくれれば大丈夫ですので』


『了解です』


「……ふぅ、お疲れさまです、リリィ」


「ありがとね、ラズリ。でも、まだ終わったわけじゃないから気は抜かないように」


 リリィに頭を撫でられ心からの笑顔を手向けるラズリ。なるべく音を立てないように進んでいく2人。



 だが、スナイパーはいつしも嫌われる存在だ。リリィはいち早く気づくとラズリの手を掴み口を抑える。


「ふごっ……」

「しっ……静かに……」


 ドタドタドタドタ……


 4人程の足音が下から聞こえてくる。まさか来るはずがないと思っていた2人は多少の動揺はすれど、すぐに落ち着きを取り戻した。


(ラズリ。私……サブの武器拳銃しかないから……ラズリに……かなり任せることになっちゃう……)


(ううん、気にしないでください。この時のために……リリィを守る為に、強くなりました。それに……新しい武器もあるので、絶対に負けません)


 自信のこもった黒色の瞳が琥珀の瞳を貫く。リリィはそんなラズリのマフラーをちょっと下げると、頬にちゅっとキスをする。


(元気の出るおまじないだよ。ラズリは強い。だから、誰にも負けない。後ろの支援は任せて……やるよ、ラズリ。2人で!)


(はい!)


 ──────────────────


「くそ……ボスが殺られた。ここにいるスナイパーにやられたらしい」

「スナイパーとかまじでいるのかよ……まぁ、近接が雑魚ならいたぶって殺してやろうぜ?」

「うむ……だが……あそこまで何キロあると思ってるんだ……」

「めんどくせぇ……早く終わらせて帰りたいんだが」


 そんな男達も4人、出来るだけ距離を離しながら階段を昇っていた。どうせ、手当たり次第で何となくで手向けられたのだから、何事もないと────信じていた。


 その男達のすぐ側に、狂気の銃弾を携えた少女がいることなど分かるわけもなかった。


(……やります)


 ラズリはサッと舞うようにしてマフラーをたなびかせながら、男達の前に出るやいなや、自分の長物を男達に向け引き金を躊躇いなく引いた。


 ズドンっ、と腹に響く音ともに12粒の粒弾が容赦なく男達を襲う。前にいた2人はその死の雨に蜂の巣にされる。


「ぐぁっ!?」「…………」


「ちっ、何なんだあのガキはっ!」

「殺せぇぇぇーー!!!」


 殺されたショックより、先に殺さねばと、ショットガンは男達も知っているようでそんなすぐには撃てないからその間にこいつを殺そう……と思っていたが…………


 ───『この子』は……そんなに甘くないっ!


 ラズリは引き金を引きっぱなしでグリップを思いっきり引く。


(今だっ! このクソガキをとっとと───)





 ズドンっ!!



「えっ……?」


 男は自分のお腹を見ると、綺麗に真ん中が吹き飛んでいた。恐れるように前を見ると────そんな凶銃を構えるマフラーを首に巻いた少女がいた。表情は見えなかったが、微かに笑っているようにも見えた……が、銃口がゆっくりと上に上がり、男の目の前でぴたりと止まる。そして、グリップが前に押し出され─────、


 ズドンっ!


 それがその男の見た記憶の最期だった。

 タングステン製のスラッグ弾を腹に食らわせた後に交互に差し込んであるバックショット弾を男の顔に食べさせてあげると、痛快なくらい綺麗に男の顔が弾けて小さな花火を打ち上げた。


 あっという間に仲間を殺された男は恐怖で逃げようとするも……、



(…………さようならっ)


 ズドンっ!


 今度はスラッグ弾。……対物ライフル並に大きい弾が男の後頭部にめり込み、首がちぎれて吹っ飛んだ。


 ショットガンから出る白い硝煙をフッと一息吹きかけると、ようやく引き金を離し、グリップを引いてお世話になったショットシェルを弾き飛ばす。


「……お疲れさま。後でしっかり整備してあげるからね?」


 そうやって小声で自分の銃に呟くと、終わったようで隠れて待機していたリリィがラズリの元へ到着する。


「ラズリすごかったよっ! もう、ラズリは弱くなんてない。私やソラ、ラピスにシャグリ、シューズとも肩を並べても……ラズリは強い。リリィが認めるんだから、信じて?」


「…………リリィ……っ、と、取り敢えず下に降りましょうっ。そろそろ来るじか……」


 パァンっ!!


「っ!?」


 突然聞こえた銃声。ラズリはここで……やっちゃったと痛みが来るのを覚悟したが、そんな痛みは来なかった。


「ふぅ……ラズリ。殺せたかしっかり確認、だよっ。死んでなかったら虫の息でも撃たないと、こっちが死んじゃうから、ね?」


「ごめんなさい……またリリィに助けてもらっちゃいました……」


 発砲したのは由莉の拳銃だった。起き上がろうとした男の頭に銃弾を一発撃ち込んで、沈静化させたのだ。


「ううん、助け合ってこそのパートナーだから、ねっ。さて……それじゃ行こっか」


「はいっ!…………」


 走り出そうとしたラズリだったが、唐突にもう1人も気になってショットガンの先でつついてみる。すると……ぅー……と微かに唸っているのが聞こえた。もう虫の息だし、間違いなく助からない。


(ラズリが……楽にしてあげるね)


 言われた通り、銃口を男の頭に向けると……




 ドパンっ!


 ショットガンが火を吹き、頭の内容物を外にぶちまけ絶命させた。血液や脳漿がラズリにもほんの少しだけ顔に付着するが、気にしないようにして、リリィと一緒に構わずに階段を降りていった。


 ───────────────────────────


 降りた頃には既に車が止まっていたので、由莉はそのケースを車のトランクに置くとすぐさま乗り込んで出発した。今回は音湖の配慮で助手席へ移動し、後部座席には由莉が真ん中、左に璃音、右に天瑠を乗せた天音が座る形になっていた。


「2人とも、お疲れさまでした」


「はいっ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます! あっ、阿久津さん、璃音ちゃんが標的の組員4人をこのビルの3階で全員射殺しました」


「分かりました。そのように書いておきますね」


 その後の事を話し終わったリリィ───由莉と、ラズリ───璃音はお互いに手を組み合っていた。


「璃音ちゃんっ、璃音ちゃんは本当に私の自慢のスポッターだよっ!」


「由莉ちゃん……っ、璃音は……本当に強くなれましたか?」


 潤んだ瞳の璃音を由莉はギュッと抱きしめてあげた。


「うん、強くなった。もう、私の背中を任せてもいいくらい、璃音ちゃんは強くなったんだよ……!」


「うぅう……よかったぁ……本当に……よかったです……っ」


 由莉の衣装にしがみつくようにして涙を流す璃音を由莉は「頑張ったね」と、ただ優しく……優しく撫でてあげた。


 璃音の苦労を知っているこの場の全員が、由莉が認めたことの意味を充分に理解し、ようやく来たんだね、と暖かい雰囲気で2人を見守るのだった。

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