想いの終着点

「……ラピス……」


「ラズ……リ……」


 その名前を聞くと、2人は震えた声でその名前を呟いた。


「…………最後に決めるのは天瑠ちゃんと璃音ちゃんだよ。嫌なら……もうちょっと考えてみる。でも……それでも、この名前をつけようって思った理由だけは話したい……いい?」


「…………」

「…………」


 2人は無言で返事をする。……なぜ、この名前なのか、2人は聞かずにはいられなかった。

 由莉も……軽率につけたわけじゃないと言うように真剣に話した。


「……私は瑠璃ちゃんのこと……どんな子だったか、よく知らない。でも、天音ちゃんの話を聞いて……ほんっとうにやさしい子だって……伝わってきた」


 この時だけは────天音以上に2人と……その過去に向き合わなければいけない。由莉の手に力が強く込められる。


「……『ラピスラズリ』、瑠璃ちゃんのコードネームだけど……これが何かみんな分かる?」


「宝石」

「宝石」

「宝石……その別名は『瑠璃』でしょ?」


 天音が調べていたようで口を揃えて言うと、由莉は「うんっ」と頷いた。


「……じゃあ、もう少しだけ。ラピスラズリに込められた意味───知ってる?」


「………」

「………」

「………」


 途端に俯いて黙り込む3人。由莉はそれを見越していたようで、それを確認すると、天瑠と璃音の側まで近寄る。


「その宝石に込められた意味は───『永遠の誓い』」


「永遠の……」

「誓い………」


「瑠璃ちゃんの想いは───2人の名前に分けられている。『ずっと、側で見ている』……そうだよね?」


 やさしく紡がれる由莉の言葉に天瑠も璃音もゆっくりと顔をあげて、じっと見つめる。


「瑠璃ちゃんは……強い。私なんかよりもずっとずっと強い心を持っている。そんな瑠璃ちゃんの想いが……もっともっと2人に力をくれるように……私は天瑠ちゃんと璃音ちゃんに瑠璃ちゃんのコードネームを分けてつけようと思ったんだよ」


「……璃音たちが……瑠璃お姉様の名前を……」

「天瑠たちが…………」


 璃音も天瑠も……その名前を自分たちが本当に貰っていいのか迷っていた。瑠璃の名前が……まだ自分たちに分相応だと感じていた2人には…………、瑠璃のコードネームまで受け継ぐには自信が足りなかった。


「……瑠璃ちゃんのコードネームを受け継ぐのが不安?」


「だって……天瑠たちはまだまだ弱くて……瑠璃お姉さまの足元にも……」

「璃音は……瑠璃お姉様の名前を……貰うなんて……」


「……本当に、2人はそう思う? 自分たちが弱いって」


「えっ……?ひゃっ!?」

「えっ……?ひぅっ!?」


 揃えて首を傾げる2人。由莉はそんな2人を身体に負担にならないように押し倒した。


「弱いならこの9ヶ月、生きていけるわけない。……なんで、生きようと思った? どうして、苦しくても生きようとしたの? ……天音ちゃんに会うためでしょ?」


 由莉の下で天瑠も璃音もふるふるしながら由莉のことを見つめている。何をされるのか……分からない怖さが色めいていたが────そんな2人の髪を両手でくしゃっとした。艶っぽい黒髪が2人にすごくあっていて、『あううぅ〜〜』と唸っているのが可愛くも思える。


「2人は強いよ。苦しい時に折れない力を天瑠ちゃんと璃音ちゃんは持っている。でしょ?天音ちゃん」


 由莉は、さっと2人を起こしてその場をどいた。


 ────ここは、天音ちゃんがやって? 2人をいつも側で見ていた天音ちゃんが向き合うのが1番いいよ


 そんな想いを由莉から感じた天音は、天瑠と璃音がいる場所との僅かな距離を1歩ずつ踏みしめるように歩みを進め、天瑠と璃音の前に座る。


「お姉さま……」

「お姉様……」


「天瑠、璃音。……ボクから見たら、2人はまだ甘いところはある。それは2人も分かってると思う。だから……瑠璃のコードネームを継ぐのが不安なんでしょ?」


「……はい」

「……はい」


 天音からそう言われて、やっぱり自分たちには……と俯く2人だったが────その頭にぽんっと手を乗せたのは栗色の瞳で長くて明るい茶色の髪の女の子、天音だった。


「でも、2人は充分強くなった。……ボクは、今なら瑠璃のお墓の前でも自信を持って、天瑠と璃音のことを誇れる。瑠璃の想いはしっかり天瑠と璃音に伝わってる。2人を助けてくれて……ありがとうって」


「おねえ……さま……っ!」

「おねえさま…………っ!」


 その言葉は天瑠と璃音を泣かせるのに充分だった。2人が揃って天音に抱きつくと、想いの限り泣き叫んだ。うれしくて……嬉しくて、その表現が出来ないほど、天音に認められていたのが……たまらなく嬉しかったのだ。


「天瑠たちはっ……本当にいいのですか……?」

「瑠璃お姉さまの名前を……っ、継いでもいいのですか…………璃音たちが……!」


「……当たり前だよ。瑠璃と2人以外にその名前は名乗って欲しくない。名乗ってるやつがいたら、ボクが殺してあげるんだから……」


「うわあぁ……あぁああぁーーーん!! お姉さまぁ……っ!」

「お姉様ぁ……うああぁぁぁあああーーー!!」


 天音に抱きしめられながら、天瑠と璃音はひたすらに泣いた。今までの想いが一気に溢れ出てくるように、今日たくさん泣いたはずなのに、それでも止まらなかった。


 その様子を由莉は側で静かに見守っていた。3人を助けた身として……それを見届けるように。


 ────────────────────


「お姉さま……決めました」

「璃音も……決めました」


 涙を何とか拭い終わって心が晴れた天瑠と璃音の瞳は……もう、迷いなんてない綺麗な黒の瞳だった。


「天瑠は…………『ラピス』を」

「璃音は…………『ラズリ』を」


「「これからは名乗ります」」


「うん、ほんっとうに2人にはぴったりの名前だと思う。その名前に恥じないように、生きること。いいね?」


「はい!!」

「はいっ!!」


 天瑠と璃音は天音に一つ、頭を下げて由莉の側まで行こうとするも、天瑠も璃音も体力の限界で動けそうになくいると、それを察した由莉が急いで2人の元へやってくる。


「由莉…………ちゃん」

「由莉ちゃん」


 天瑠もようやく自分の名前を呼んでくれたことに嬉しさを感じながら、由莉はやさしく尋ねる。


「うんっ、どうしたの?」


「天瑠に『ラピス』の名前を、」

「璃音に『ラズリ』の名前を、」


「「つけてくれてありがとう!!」」


 ぴったり重なった覚悟の灯が煌めく声に由莉はその想いに応えるように元気に頷いた。


「うんっ! これからもよろしくね、天瑠ちゃん!璃音ちゃん! ……さ、2人ももうくたくたでしょ? もう身体を横にして?」


 天使のような笑みに見蕩れたような表情の天瑠と璃音を由莉は宥めると、ゆっくりとベットの上に寝かせる。

 自分たちも、阿久津さんたちには悪いけど、一足先に寝よう。そう思った矢先────由莉を止める声が聞こえた。


「ゆりちゃん、大事なこと忘れてるよ。……ゆりちゃんのコードネーム、もう考えてあるんだよね?」


「あっ、天瑠も聞きたい! 教えて〜!」


「璃音も由莉ちゃんのコードネーム知りたいです!」


 もちろんそうだよね?と期待の目を向ける3人に由莉はてへへと笑った。


「私も自分のコードネームは考えてあるよ。この名前を───『由莉』って付けてくれた子の意思が自分の力になるように…………











 百合の英語名────『リリィ』を名乗ることにするよ」



 由莉はリリィ


 天音はソラ


 天瑠はラピス


 璃音はラズリ


 全員の名前にも、コードネームにも、想いの結晶がたっくさん込められた4人の少女たち。


 ここに────決して崩れない絆が生まれた。永劫、何があろうとも、絶対に折れることのない確固たる意志で結ばれあった……絆や友情なんてものを遥かに超えてしまうくらい……強く。


 ───────────────────


「ただいまにゃ〜……あー寒いにゃ。パイナップルを食べたせいで頭ががんがんするにゃ」


「音湖が食べたいと言ったからでしょう?」


「だからって、氷点下まで冷やされたやつを買ってくるかにゃ!?」


「全部1人で食べた音湖が悪いんですよ」


 音湖の不服申立てを阿久津がサラッと流しながら3人は帰宅した。2時間近く経っているのだから、流石に寝ているかと、気になって音湖はこっそりとドアを開けようとする。


「音湖、怒られても知りませんよ」


「いいからいいからにゃ…………にゃ、あっくんもマスターも見てみるにゃ」


 音湖が手招きするのを阿久津とマスターはちらっと部屋を覗くと…………、


 天音を天瑠と璃音が挟み、璃音の隣に由莉が寝るような形で、4人寝るには割と狭いベットの上で全員が幸せそうな表情で眠っていた。


「……マスター、早めに大きめのベットを買う必要がありそうですね」


「ふふ、そうだな。すぐに準備するとしようか」


 それを見ていた音湖、阿久津、そしてマスターも自然と顔を綻ばせていることに、互い同士に気づきながら起こさないようにと、ゆっくりとドアを閉めて部屋を後にするのだった。

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