コードネーム
「──────えっ?」
「……ゆりちゃん、ボクのコードネームは?」
急に何をいうんだと天音をじっと見つめていた由莉だったが、その質問をかけられると、首を傾げながら即答した。
「『クロ』……だよね?」
「音湖さんの今と昔のコードネームは?」
「前が『カッツェ』、今は『シャグリ』」
「じゃあ、なんで変えたと思う?」
「それは……………………あっ、」
由莉は少しばかり考えて結論が出た。
「前の名前が使えなくなったから……だよね。……っ!? もしかして、」
「そ。さすがゆりちゃんだね。ボクも……もうクロは名乗れない。だから、新しいコードネームをつけて欲しいんだよ。天瑠と璃音の分も……お願いしたい。」
天音は自分の胸に手を置いて、由莉の目を貫くように己の意志をぶつけた。
「……ボクはゆりちゃんに助けられて名前を貰った。暴走しても……助けてくれた。天瑠と璃音も助けてもらった。…………みんなみんな、全部ゆりちゃんがいてくれたから生きてるんだよ」
「天音ちゃん……」
「そんなゆりちゃんだから……自分がずっと使うコードネームをつけて欲しい。きっとゆりちゃんなら……いい名前をつけてくれる」
由莉をまっすぐに見る栗色の瞳はただ────由莉への全幅の信頼がこもっていた。由莉の存在がなければ……3人まとめて死ぬ運命にあったから。
見上げる琥珀の瞳は、それを感じとり「うんっ」と頷く。
そして、次に放った言葉が天音を凍らせる。
「ほんとは……天音ちゃんのやつはもう考えてあるよ」
「えっ……?」
「えへへ……えりかちゃんだった頃からコードネームはこんな名前だったらいいな〜ってやつは考えてたんだよ」
そこまで考えて……いや、由莉ならばやってしまうと納得した天音はその名前を聞いてみた。
「教えて……くれてもいい?」
「うんっ。天音ちゃんは……『ソラ』。天音ちゃんが『クロ』い所じゃなくて青い『ソラ』の下で生きて欲しいっていう意味でつけたんだよ。天音ちゃんの水色───『ソラ』色の線が入ったジャージを参考にしたんだど……どう……かな」
「…………っ!」
そして気がつけば……天音は由莉に抱きついていた。強く……ただ力強く。
「やっぱり……ゆりちゃんだ……ボクが大好きなゆりちゃんだ……! ゆりちゃんにお願いして……よかった……っ」
「な、泣かないでよ〜」
体を震わせながら自分の右肩に涙を落とす天音を由莉はやさしく抱きしめ返しながら、その背中をゆっくりと撫でてあげた。そのまま暫くはその状態でいたが、由莉はその中で────ある事を考えついていた。
「ね、天音ちゃん」
「……どうしたの、ゆりちゃん?」
「こんなのはどう? こしょこしょこしょ…………」
由莉が天音の耳元で話した事───それは天音の涙腺を、さながら対物ライフルで撃ち抜いたかのように木っ端微塵にした。天音は膝から崩れ落ちた顔を覆って涙を零した。こんなことが……あっていいのかと。信じられない……と。
そんな天音を今度は───由莉がぎゅっと抱きしめていた。何もかもを包む、『おひさま』のように……。
────────────────
「……天瑠と璃音寝てるよね……」
「朝になったら話そ? って、天音ちゃん泣きすぎだよっ」
「だって……こんな……こんな事って……っ」
未だに涙が止まらない天音を支えながら由莉たちは部屋の前まで辿り着いていた。
「さっ、今は寝て、朝……色々話そうよ」
「ぐすっ、うん……」
なんとか天音を落ち着かせると、2人でその部屋の中に静かに開けて入ろうとした……その時、
ジャキッ
嫌な音がした。
「……璃音ちゃん、なんで銃を向けてるか、返答次第だとただじゃすまさないよ」
「それは璃音のセリフです、由莉ちゃん。なんでお姉様を泣かせたのか、理由次第では撃ちます。お姉様を傷つける人は……例えお姉様を助けてくれた人でも話は別です」
マフラーを巻いてショットガンを突きつける璃音と、由莉の視線がバチバチに絡み合う。
「……璃音」
「お姉様……なんでないて────」
「次、ゆりちゃんにそれを向けたら殺すよ。ボクの大切な人に……そんなものを向ける人は全員敵だ」
その一言で璃音の怒りは一瞬で鎮静化された。天音に向けられた殺意のショックで、自分の銃を取りこぼして床に落とすと同時に、璃音も膝を折って恐怖で顔を真っ青にしながら、涙を目に浮かべていた。
自分が大好きで大好きでしょうがない天音に殺意の牙を剥かれたショックは計り知れない。
……さっきはそう言った由莉だったが……今の璃音の気持ちも分からなくはない。由莉を天音が守ろうとするように……それと同じくらい、璃音が天音を守ろうとしてたのだ。
天音がまだ『えりか』だった時、阿久津がえりかを殺そうとしているように見えた由莉がぶちぎれたように────大切な人のためなら、誰であろうと容赦しない。
だから、由莉は天音を差し置くと、璃音と同じ視線になるように座った。
「……璃音ちゃん、もし、私が間違った道を辿ろうとした時には、それを向けてもいいよ。……私だって、近くに武器があって、誰かが大切な人を傷つけようとした時は容赦なくそれを突きつける。天音ちゃんもそうでしょ? それなら……璃音ちゃんに謝って。私は大切な人を殺すなんて言った人は許さない。それに……」
由莉は恐怖で怯える璃音の頬にそっと触れる。
「大切な人に『死ね』って言われる気分、天音ちゃんは知らないよね? 私のことを思って言ってくれたのは嬉しいよ。けど……璃音ちゃんの事も分かってあげて」
───大切な人のためだからこそ出せる殺意。それを間に味わった天音は、すぐさま璃音の前に膝をついて謝った。
「璃音……ごめん……本当に……ごめんなさい……っ、さっき言ったことも全部撤回する。ボクのひとりよがりな思いで……璃音を傷つけて……本当にごめん……っ」
「おね……えさま……」
天音に土下座を自発させた由莉の瞳を璃音はそばでちらっとだけ見た……その瞬間、璃音の感覚全てが引き締まるような感覚を覚えた。
仲間に対しての絶対的な信頼の温かさ、
敵に対する一切の容赦のない冷たさ、
璃音はその時に確信した。由莉だからこそ…………天音は信じきっているのだと。
由莉はそれを見ると、最後にと璃音にもう一度向き合うと、一転して、優しい笑みをもらした。
「璃音ちゃんの考え、私は間違ってないと思う。それに……璃音ちゃんが本当に天音ちゃんのことが好きなのが伝わってきたよ。け〜ど、もう少し冷静にね?」
「はい……ごめんなさい、由莉ちゃん……っ。あの……どうしてお姉様は泣いていたのですか……? 璃音……それは知りたくて……てっきり、由莉ちゃんがお姉様に何か悪いことを言ったから泣いたんだと思って……それで……」
「うん……その事で、璃音ちゃんと天瑠ちゃんに話したいことがあるんだよ」
そうして、由莉と璃音の騒ぎも終わり、いよいよ本題に入ろうとした中で、天瑠は何をしていたのか?
「zzz………」
…………熟睡していた。
─────────────────────
「……天瑠ちゃん、起こしてごめんね?」
「どうしたの……? それに……お姉さま……泣いてました?」
起こされた天瑠は眠たい眼を擦りながら、天音の変化もすぐに気づいたようで不思議そうにしていると、天瑠を含め、4人は正方形を形作るようにして座る。
「……これはボクから話した方が良さそう。えっと……こんなことがあって───────」
一連の流れを天音が説明すると、天瑠と璃音も納得したように頷く。……特に璃音は申し訳なさそうに俯くも、隣にいた由莉がその手をぎゅっと握ってくれたおかげで、前を向くことが出来た。
「……それで、これからはボクは『ソラ』を名乗ることにしたんだ」
「『ソラ』……確かに……今のお姉さまの雰囲気にあってる気がします」
「『ソラ』……すごく合ってると思います!」
「天瑠ちゃん、璃音ちゃん……ふふっ、ありがとっ。それでね、2人の新しいコードネーム、もう考えてあるんだよ。……私が付けても……いいかな?」
笑顔の由莉は少し
天音は2人にとっても大事な事だと、璃音と場所を代わらせて由莉と2人を向かい合わせる。
由莉はほんの少しだけ……まだ迷っていた。これで……本当にいいのか、由莉でさえ分からない。
けど……これが1番だと信じて、2人にその名前を伝えた。
「天瑠ちゃんは『ラピス』、璃音ちゃんは『ラズリ』」
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