天音の料理と一つのお願い
────天瑠と璃音は分かるけど、ゆりちゃんまで……
中に入っても、気配に気づかないくらいに熟睡している3人を机にご飯を置いた天音は呆れ返ったようにため息をついた。
────ボクが敵だったらどうするの? ここが安全だからって……本当に……
天音はベットの上に立つと中央にいる由莉に馬乗りになった。なんだか、すごい心のざわめきを覚えたが寝てる方が悪いのだと、由莉の頬をつんつんとつついた。
「あぅ……うぅ……」
────可愛い……言ったら悪いけど……天瑠と瑠璃より可愛い……こんなのずるい……
かわいらしい寝言を言う由莉に天音は思わず倒れ込むようにして抱きしめてしまう。
「にゃあ……あまね……ちゃん……っ!?」
「……ゆりちゃん、なんでそんなに可愛いの?」
「…………ふぇ……?」
寝起きでぼんやりしてる由莉は目の前にいる天音に唐突にそんな事を言われて頭が真っ白になる。
可愛い……
かわいい…………
かわ……いい?
「っ!? なっ、なにいってるの天音ちゃん!」
「だって……可愛いんだもん……っ」
由莉はようやくその意味を理解して顔に朱を注いだように赤らめると、天音が不服そうに頬を膨らませる。
────かわいい……
────かわいい……
そして、それをじーっと側で見つめる4つの瞳。
────…………
────…………
「……お姉さま!!!」
「おねえ……さまっ!!」
「ひぅ!? 2人とも……起きてたの?」
びっくりしたように由莉はきょろきょろと左右を見ると、2人揃って頬を膨らませていた。
「隣で大声出されたら嫌でも起きるよっ! それに……それに……むぅ……」
「お姉様が……由莉ちゃんを襲ってて……」
「勘違いだから!」
「勘違いだから!」
なんて事を想像するんだと、天音まで顔を赤くして弁明しようとすると、その慌てふためく様子に天瑠も璃音も思わず笑ってしまった。
「あははっ、お姉さま……っ、すごい……ふふっ」
「お姉様……真っ赤ですよ……あははっ」
「……あ〜ま〜る〜〜、り〜ね〜〜? 笑ったな〜?」
由莉を跨ぐようにして、天音のくすぐり攻撃が2人に襲いかかる。璃音には風邪をこじらせすぎないように首元を指でつーーっと伝うように触れると、びくんっ、と体を跳ねさせる。
「お姉様……くすぐったい……っ」
対する天瑠には容赦がなかった。身体が弱ってるのも考慮して、脇腹を服の上から擦るようにして指を凄まじい速度で動かす。余程過敏に感じたのだろうか、足をばたつかせながら天瑠は笑いこけていた。
「なっ、お姉さまがわる……あははははっ、くすぐらないでくださいよぉぉーーー!!」
「次やったら、2人とも笑い死にさせるくらいするからね?」
「分かりました!わかりましたからやめっ、はぅ!?」
「もうしませんから……やめっ……」
「ならばよし」
2人の事も考えつつ、ここら辺が限度だと見極めた天音はようやくその手を止めた。2人とも、笑いすぎて息を絶え絶えさせていた。
……そこで、天音は忘れていたものに気付かされる。
由莉を下敷きにしていた事に───────、
「……天音ちゃん……もう、いい?」
「あっ、ゆりちゃんごめんっ! つい……」
「ううん、大丈夫だよ? くんくん……それにいい匂いがする…………」
急いで離れながら謝る天音に由莉はそう言って、その匂いの元を辿ると、やっと、鍋の存在に気づいたのだった。天瑠と璃音も気づいたようで、『きゅうぅ……』とお腹の虫の食欲全開の声が部屋に鳴り響かせる。
恥ずかしそうに顔を赤らめる天瑠と璃音を見た天音と由莉はお互いに顔を見合わせると、クスッと笑いあった。
「よしっ、じゃあ……ご飯食べよっか」
──────────────────────
「いただきますっ!」
「いただきまーす」
元気な声が部屋に染み渡る頃には、天瑠と璃音はうつわに取り分けた雑炊をスプーンですくって頬ばった。多少時間が過ぎていて、食べるには程よい熱さになっていて、それでも口をはふはふさせていた。
しばらくの間……2人は噛みしめるようにして味わっていたが、次第に涙が溢れようとしていた。
「美味しいです……お姉さま……っ」
「お姉様の味……おいしいです……っ」
もう構うものかと、天瑠も璃音も涙を目いっぱいにためながら、ひたすらに雑炊をかきこんだ。新鮮な卵の濃厚な旨みと出汁の効いた米がよく合い、ぱらつかせたネギの風味が確かに味のアクセントを変えている。
「……おかわり!」
「……おかわり……ください!」
あまりのがっつきぶりに呆然としていた天音だったが、2人の眩しい視線に目を醒めさせられ、自分まで気づけば笑顔になっていた。
「……ふふっ、いいよ。好きなだけ食べればいいよ。け・ど……これも食べて?」
そして、机の上に置いていた『それ』を見せた途端、天瑠と璃音は身体が弱ってるのも忘れて飛び上がった。
「食べます!!!」
「食べます!!!」
よだれが零れそうになりながら、2人は『それ』を箸でつまんで口の中に放り込む。
「あぁ……っ、お姉さまだ……本当に夢じゃないんだ……」
「おいしい……美味しいです……お姉様…………っ」
天音が2人に作ってあげたもの、それは『生姜焼き豆腐』だ。
材料は豆腐としょうが、麺つゆと本当にシンプルな一品だが、天瑠も璃音もこれが大好きなのだ。週2~3で食べても一切飽きない程度には─────。
「2人とも本当に好きだね? っと、ゆりちゃんの分もあるから食べて?」
「うんっ、ありがと、天音ちゃんっ。……はむっ」
由莉も差し出されたそれを1つ箸でつまむ。しょうがの清涼な芳香とつゆの香りが嗅覚に直接おいしいと語りかけてくるようだ。
そして、それを1口でパクリと食べると、ゆっくりと味わった。シンプルな味付けだが、素朴で素材の味がそのまんま引き出されている。
「おいしい〜〜っ」
「ふふっ、喜んでもらえてよかった〜。みんな、まだまだ沢山あるから食べてね?」
「うん!」
「はい!」
「は〜い!」
──────────────────
『ごちそうさまでしたー!』
4人はすべて食べ終えると、揃って手を合わせてそう言うと、皿の片付けをした。美味しいものを食べたあとの表情はみんな花が咲くように笑顔だった。
「あっ、ゆりちゃん、食器洗うの手伝ってくれる?」
「うんっ! ちょっと離れちゃうけど、天瑠ちゃんと璃音ちゃんはもう寝てていいからね?」
「うん!」
「はい!」
元気な声が返ってくると2人は安心して部屋を出てキッチンへと向かった。2人で皿を洗っていたが、由莉は何となくある事を感じていた。
「……天音ちゃん、何か話したいことあるの?」
「……分かっていると思ったよ。……うん、ゆりちゃんに1つお願いがある」
器と鍋をすべて片付け終わった天音は手を洗うと、由莉に真面目な表情で向き合った。
よっぽど大事な事だろうと、由莉も顔を引き締めて天音が口を開くのを待った。
「…………ゆりちゃん。ボクと天瑠と璃音、全員に名前をつけてくれない?」
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