由莉と璃音

 長めですが、しっかり仕上がったと思います。

 それでは────『由莉と璃音』どうぞ。


 ─────────────────────


「……ねぇ、少しおちつ────」


「うるさいうるさい!! お姉様を……返して! 璃音と天瑠のお姉様をっ!!! ……嫌ならここで殺します」


 由莉に銃口をぶらすことなく構える璃音に由莉は恐怖どころか、その構え方の完璧さに目を見張った。ショットガンの反動もあの構えなら璃音の体格でも撃てる。

 ……ふと、由莉は1つ疑問が浮かんだ。由莉は出来るだけ刺激しないような聞き方で────、


「……その構え、独学?」


「…………そうです」


 しぶしぶ答える璃音に由莉は驚愕せざるを得なかった。一人で……その構え方を導き出せるのかと。

 璃音は話をはぐらかされないように2人と距離をさらに詰めて威嚇する。


「……お姉様を返してください。お姉様は天瑠と璃音の大切な人です。あなたなんかに……」


 あの日の────由莉と天音が仲良く歩いていた光景が頭によぎった璃音はその怒りを急速に滾らせる。


「『由莉』なんかに……渡さない……っ!!!」


 鋭い眼光と黒光りする銃口を由莉に向け、璃音は引き金に指を触れる。


「…………やらせないよ」


「っ! お姉様……」


 このままでは璃音が本当に撃ちかねないと天音が由莉の前に立つ。璃音はその行動にびっくりしながらも、銃口を下ろすことはなかった。


(お姉様……記憶なくしてるんですよね……璃音のことも……天瑠のことも……だから……っ)



 ──────────────────────



「璃音…………」


 天瑠は璃音が脱ぎ捨てたダウンジャケットを拾うと、残っていたお雑煮を黙って食べていた。


(こんな時に動けないとか……本当に姉失格かな……)


 武器は……持ってる。だが、得意の機動力がない状態で行ったとしても……ろくに歩けない天瑠は璃音の足でまといになるだけだと分かっていた。───それがたまらなく悔しくなった。


(……でも、下手に動くより、ここで……璃音を信じて待つのが1番いいと思うから……)


 そのまま、最後の一口を頬張り、汁まで飲み干すと体は多少暖かくなったが、心までは暖まりきらなかった。

 ……理由は……やっぱり、


(お姉さま……)


 ……天音に会いたいのだ。この9ヶ月、璃音を守るために弱音は洩らさないようにしていたが……会いたくて会いたくて仕方がない。璃音のいない所で……人知れず、天音を思って涙さえ零したこともあった。


「どこに……いるのですか……」


 会ったら……喚き散らしたい。どうして、探しにきてくれなかったのか。一緒にいてくれなかったのか。どこにいたのか。何をしていたのか。


 そして……何より………………天瑠は天音に……


「………」


 ……気分が次第に沈み、天瑠は隅っこに座って丸くなった。色々……自分が情けなくなった。




 そんな状態では……背後から近寄る一人にさえ気づくわけがない。


「っ!」


「ぃあ……ぁ……っ」


 気づいた時にはもう遅く、首筋に急激に無数の針を刺された衝撃が走る。体の制御が出来なくなり、天瑠は瞬時に意識が刈り取られていく─────


(り……ね………、お姉……さ、ま……)


 前に倒れようとした天瑠をその影は抱き抱え、背中に乗せると、瞬時に逃走した。


 ──────わずか6秒の出来事だった。



(こんな事、あまりやりたくないのですが……しょうがないですかね)



 ───────────────────────



「お姉様……璃音は撃ちたくありません。そこをどいてください!!」


「断る」


「っ!」


 銃を突きつけられているのに一切どく気配がない天音に璃音は一瞬たじろく。だが……璃音だってここで引き下がるわけにはいかない。


「お姉様……璃音と来てください。……ううん、無理矢理でも連れていきます。そうすれば、由莉は殺しません……だから、」


「それも断る」


「っ!! ……お姉様、本当に撃ちますよ?」


 ついに璃音は衝動が抑え切れそうになく、天音の足に銃口を向ける。黒の瞳が栗色の瞳を射抜くように睨む。


「璃音は本気です。……もう、璃音もあまり待てません」


「……」


 天音はこんなにも璃音が自分に強く言ってくるのが初めてでちょっとだけ驚くと共に、少し焦っていた。いつでも撃てると言わんばかりに引き金に触れる璃音が暴発でもすれば、やばいと。


 口を開こうとする天音だったが……その肩を掴んで璃音と同じくらいの身長の由莉が前に出た。


「由莉ちゃん……」


 危ない、と口にしようとした天音だが、ほんの少しだけ振り返った由莉の瞳を見て瞬時に悟った。その目は……いつもの頼れる瞳だった。「任せて?」と言っているように感じた天音は深く頷くと、由莉は璃音と正面から向き合った。




「……あなたが、璃音ちゃんだね?」


「!? なんで……その名前を知っているのですか!?」


「知ってるよ。璃音ちゃんの事も……天瑠ちゃんの事も」


 由莉は1歩ずつ、ゆっくりと近づく。璃音は銃すら恐れず向かってくる由莉が怖くなった。なんで、銃を目の前にして……死を前にして笑ってられるのか、と。


「それ以上近づいたら……っ、本当に頭を撃ちますよ!?」


「…………」


 璃音のショットガンの銃口が由莉の頭を射抜こうとしているのは由莉にだってわかっているはずだ。それなのに……ついに由莉はショットガンの銃口が額に突きつけられる距離まで迫った。


「ね? 璃音ちゃんは撃たなかった」


「…………璃音が本当に撃てないと思ってるのなら、今この場で頭を撃ってもいいんですよ? 璃音はお姉様を取り返せれば由莉の事は殺さなくて済みます。だから……死にたくなかったらお姉様を返してっ!!」


 馬鹿にされているのかと、由莉の額に銃口を当てながらプルプル震える璃音だったが……次の一言でその震えすら凍りつく。


「撃ってもいいよ? その引き金を引けば、私はすぐに死んじゃう」


「ぇ……?」


「ただ……そうなったら、この子が璃音ちゃんの敵になるよ? その覚悟があるなら……いいよ」


 その言葉に頷く天音を見て璃音はひどく動揺した。天音が敵になるなんて……璃音には考えもつかなかないくらい怖いことだったのだ。




「今、動揺したね?」


 全て由莉の考え通りに動かされたことも知らずに。


 ほんの一瞬、璃音が長めの瞬きをすると────由莉の姿が視界から消えた。璃音は焦ってきょろきょろとしてしまう。いつもなら、そんなことが無いはずだったが、極度の動揺が璃音の集中力を限界まで削がれていた。


 その消えた由莉はと言うと……璃音の懐の真下に潜りこんでいた。気づいた時にはもう遅く、璃音が引き金を引くより早く、由莉はセーフティレバーを下げ、引き金を引いても撃てなくすると、銃を持っている右腕を軽く逆側へ捻る。


「う……ぐ……っ」


 痛みで力が抜けてしまった璃音の手からいとも容易く銃を取り上げると、由莉は足払いを璃音の左足首に決め、尻もちをついて倒れ込む璃音に銃を向けた。


「少し甘いね。そんなんじゃ、簡単に殺されちゃうよ?」


「ぁ…………」


 ……生殺与奪の権利が奪われた。有利が絶望的な状況へと追い込まれ、璃音は恐怖で手が震えた。



 ─────ころ……される? 璃音の……銃で……?



「相手に銃を向けるって事は、自分が殺されても文句は言わないよね? 殺そうとしてるのに自分は殺されない、なんて考え方はよくないよね? 何か言いたいことある?」


「ぃ…………や……」


 責め立てるように捲し上げる由莉に璃音はあまりの恐怖に失禁してしまった。下半身が濡れる感覚も気にせず、涙をボロボロ零しながら、必死に……必死に首を横に振った。


「ぃゃ、いやぁ…………じに、たく……ない……っ。じにだぐないよぉ……っ」


「…………」


 由莉は無言で膝を折り、璃音の側に近寄ってくる。逃げなきゃと心が叫んでも……体が言うことを聞いてくれない。


「いやぁ……あまる……、おねえさま……たすけ、て……っ」


 今の璃音は……ただ恐怖に怯える無力な少女だ。もう……戦意すら完全に喪失してしまい、「死にたくない……死にたくない……」とひたすらに泣きじゃくっていた。

 由莉は少しやりすぎたかもと思いつつ、グリップを連続して往復させる。2発の弾が排出され、空になったのを確認すると、璃音にその銃を差しざした。


「ぇ……?」


 殺されて当たり前だ。でも……死にたくない。そう思っていた璃音は殺されないどころが、銃まで返してくれる由莉の事が急に分からなくなった。

 きょとんとしている璃音に由莉は嬉しそうにその銃を撫でながら、早く取って?と促した。


「……うん、しっかり整備されてる。M1912なんて私でも初めて見たよ。いい銃を使ってるし、使ってる璃音ちゃんの気持ちが伝わってくるよ」


「っ!!」


 璃音は由莉から銃を奪い取るようにすると、そのまま強く抱き締めて離そうとはしなかった。璃音にとってその銃は自分の命を預けてきた相棒みたいな存在だったから。

 そんな様子を由莉は璃音が落ち着くまでそっとして、頃合いを見て、話を切り出した。

 今なら、きっと璃音は自分の話を聞いてくれると。


「じゃあ、話……聞いてくれる?」


「…………はい」


「璃音ちゃんは……天音ちゃんを私が何かしたから記憶がなくなったんだって思ってる?」


 天音の名前が出ると璃音は顔をさらに強ばらせた。3人全員の名前を知っているなんて、そんな人は自分を含め3人しかいないはずだと思っていた。


「っ! なんで……お姉様の名前も知っているのですか。璃音だって……天瑠だって、人前で名前を出したこと殆どないのに……」


「それはね、こういうことがあって────」


 由莉はこれまでの経緯と、天音に起きた経緯を織り交ぜながら璃音に出来るだけわかりやすく伝えると、びっくりしたような目で、由莉と天音を交互に見返していた。


「それで、あの時の天音ちゃんは記憶をなくしてて『えりか』として過ごしてたんだよ。だから……璃音ちゃんに気づけなかったんだよ」


「う……そ……だ………だって…………」


 由莉の言ってることが全て正しいとしたら……璃音はとんでもないことをしたと言うことになる。だから……璃音は鵜呑みには出来なかった。まだ、信じられないと。


 そして、そこから由莉と天音の衝突、由莉の属している組織、……天音の嘘偽りの復讐について話すと、璃音は止まった涙が再び流れ始めた。


「……天音ちゃんの本当の敵は……元々、天音ちゃん、璃音ちゃん、天瑠ちゃん、そして……瑠璃ちゃんが属していた黒雨組だったんだよ」


「……お……ねえさま……由莉の言ってる……ことは、本当なのですか…………?」


「……………そう、だよ」


「っ、じゃあ……璃音は……璃音は…………っ!!! お姉様が死にそうな時に助けてくれた命の恩人を……殺そうとして……それで……ぅぅ、ううぅ……っ」


 死ぬはずの天音を助けてくれた由莉を本気で殺そうとすら考えた……自分の馬鹿さ加減に情けなくなって璃音は顔を手で抑えながら嗚咽を洩らして泣き叫んだ。

 そんな璃音に由莉はそっと隣にしゃがむと、頭をゆっくりと触ってあげた。天音とはまた違う、さらさらの黒髪だった。


「……大丈夫だよ。だって……どちらにしても、璃音ちゃんは引き金を引けなかったから」


「ちが……ちがっ……璃音は……本当に…………っ、ううぅう……ひゃっく」


 確かに殺そうとしたんだ、そんな思いが璃音の心を破壊しかけるも……由莉はそれを防ぐかのように、璃音を思いっきり抱きしめてあげた。


「璃音ちゃん、生きててくれてありがとう。さっきの事はしょうがなかったし、私も……璃音ちゃんに銃を向けたから……一緒だよ。だから、気にしないで?」


 純粋な暖かい言葉だった。璃音の冷えきった心にも身体にも、それが嘘のように伝わり、後悔の涙が、安堵の涙へと変わった。


「ゆるして……くれるのですか? 璃音は……由莉のことを……」


「いいんだよ、璃音ちゃん。……本当に……よく頑張ったね。もう、大丈夫だからね?」


『大丈夫だよ』───その言葉にどれほどの安寧を感じたのか、誰にもわかり得ない。


 9ヶ月以上……齢10歳の少女たちがたった2人で生きてきた。ただ……天音に会いたい、その一心で。


 ようやく……終わるのだと、そう思っただけで璃音はただただ泣くことしか出来なかった。


「うぅ……っ、……うぅう…………うああああぁぁぁーーー!!! うぅ……っ、ひっぐ……っ、うううぅうーーー!! つらかった……あまるが……どんどんやせて……おねえ様も……いなくて……もしかしたら天瑠までいなくなっちゃうと思って……こわかった……こわかったよぉ……っ」


「……よしよし、2人も……一緒に帰ろうね? ずっと……みんなで暮らそ?」


「うん……うん……っ!」


 璃音は……それから涙が枯れ果てるまで、由莉に抱きついて離れなかった。


 少々、置き去りにされた天音だったが、抱き合う由莉と璃音を見て、本当に由莉という子の不思議さを身をもって感じていた。


 ────ゆりちゃんといると……本当に救われたような気分になる。璃音まで変えるなんて……ほんと、ゆりちゃんはすごいよ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る