本意でない再会
「天音ちゃん、おめでとう!」
「うんっ! おめでとう、ゆりちゃんっ」
集まった人々が喜んだり、拍手したりと様々な反応を示し、由莉と天音もまた、由莉が飛びつき天音がそれをしっかりとキャッチする形でお互いに喜びを分かちあっていた。
そんな2人をマスター、音湖、阿久津は甘酒を手に微笑ましそうに見ていた。
「楽しそうですね」
「だろう……な」
「本当にあの2人はお互いの事がすきにゃんね」
天使の戯れのようにも思える由莉と天音の幸せそうな姿は見るもの全員を虜にしてしまいそうな勢いだった。
………と、阿久津はふと思い出したように甘酒を飲み干すと2人の元へ駆け寄った。
「由莉さんも天音さんもあの鈴と御神籤引いてきたらどうですか?」
「あれ……ですか?」
由莉が不思議そうに人々がその巨大な鈴を鳴らすために並んでるのを見ていたが、天音はそんな由莉の手を引っ張った。
「ゆりちゃん行こうよ! せっかくだし!」
「……うんっ、行こう!」
2人は行こうとしたが、その前にと阿久津に止められると、鈍く金色に光る束を渡された。
「2人ともこれを持っていってください」
「っ! 5円玉がいっぱいある……何円あるんだろ───」
「…………5円玉95枚で485円……かな?」
手渡された由莉が渡されてから、眺めて呟くまでに─────わずか8秒。阿久津でさえ、その表情が一瞬のうちに固まってしまう。
「……やっぱり由莉さんは化け物ですね。間違いない」
「人を化け物扱いしないでくださいよっ!」
本当に久しぶりにからかわれたと由莉はぷくっと頬を膨らませた。……もちろん、阿久津はサラッとスルーする。
「まぁ……結局のところは合ってます。『485』円……四方八方に縁がありますように、という意味合いがあるんですよ? 天音さんの分もあるのでどうぞ」
「へぇ〜……ありがとうございますっ」
興味深そうに天音もそれを受け取ると、由莉の手を握ってその列に並んだ。そう時間を待たずに順番が来た2人は5円の束をゆっくりと賽銭箱の穴に吸い込ませた。それを以てして────2人が願うのは同じことだった。
由莉と天音は大きな紐を思いっきり揺らし、神さまに届くようにと願わんばかりに鈴の音が響く。
大きな礼を──────2回。
鳴り響くような拍手を──────2回。
最後に大きな礼を─────1回。
────大羽由莉、多分……10歳。
────升谷天音、13歳。
────神さま。お願いします。
────神さま。お願いします。
────多くは願いません。ただ、天瑠ちゃんと璃音ちゃんと………、
────願うのは……一つ。天瑠と璃音に…………、
────────どうか、会わせて下さい。
────────どうか、会わせて下さい。
その動作一つ一つが……老人ですら目を見張るまでに完璧な作法だった。後ろに並んでいた人たちも、静かにそれを見守っていた。
しばらくの静寂の後、由莉と天音は石段を降りて、御神籤を引く場所に向かっていった。
─────その後の話だが、それから列に並んだ人は全員二礼二拍手一礼の作法をきっちりとこなしたと言う。
───────────────────────
御神籤を引く場所に着くと、白衣(しらぎぬ)と緋袴(ひばかま)の姿の巫女さんに由莉と天音は揃って御神籤台の100円を渡す。
受け取った巫女さんが大きく縦長の木製の箱を2つ持ってくると、それを逆さまにして上下左右に軽く振った。出た番号は──────、
「39……」
「……39」
偶然にも2人の番号は一致していたのだ。巫女さんもとても珍しい事だと驚いていたが、すぐに2人に『第三十九番』と金色の文字で書かれた紙を渡された。
「上から、大吉、中吉、小吉、吉、末吉、凶となっています。良いご縁がありますように」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
2人は笑顔で頭を下げると少しだけはらはらしながら、接合部分をひっぺがすと、中身が一気に下に垂れた。
ちょっと驚きつつ開けると────中には赤文字でこう書いてあるのが見えた。
『大吉』
「やったっ! 天音ちゃん大吉だよっ!」
「うん! なんとなくそうだと思ってたっ! それで、それ以外の所には何が書いてある?」
中には和歌とその解釈が一つ、それにそれぞれの分野で起こることが書き記されていた。
そんな中───2人はある一つにだけ目がいってしまっていた。
『待人 瞬く間にきたるべし』
「天音ちゃん、これって……!」
「間違いない……絶対そうだ!」
──────2人に…………会える!!!
─────────────────────
「や、やっとついたよ……くしゅっ、うう……天瑠、大丈夫?」
「風邪ひいてる璃音に心配されてもねぇ……天瑠は問題ないよ? 火が暖かくて気持ちいい……」
新年になってから5分、ようやく辿り着いた天瑠と璃音は入口の松明の前から動けずにいた。あまりの暖かさと木が弾ける音が気持ちよすぎてその場から離れる気が起きなかったのだ。
でも、まずは何か食べるものをと、璃音は天瑠を火の前に待たせて、近くにあった雑煮の炊き出しをしている列に並ぶと1つだけ器を持ってきた。
「天瑠、持ってきたよ!」
「璃音……ありがと。? 璃音の分はどうしたの?」
「結構たくさん入れてあったから、一つしか持ってこれなかったんだよ……。また、後で取りに行こうかなって」
「……そっか。じゃあ……先に食べるよ」
天瑠は器と箸を受け取ると、最初に汁を啜った。鰹出汁だけの味付けだったが、その暖かさに天瑠は涙が出そうになった。
「おいしい……ね」
「うんっ、そうだね」
次は汁と共に餅もかぶりつく。出汁の旨みが餅に染み付き、口の中で何度も何度も跳ね返る。ここ最近はあまり食べてこなかった天瑠にはこれだけでも幸せすぎるほどだった。
それを璃音は嬉しそうにその傍らで見ていた。
『自分の分もしっかりと食べてね』って。
(本当は嘘。璃音の分を天瑠の器に移し替えただけ。……だって、天瑠に死んでほしくない……そのためなら……いくらでも我慢するから……っ)
……そして、天瑠もまた、妹の想いに気づけない姉ではなかった。
(…………ばか。演技下手すぎるよ、璃音。もちと汁の量でばれるに決まってるのに……ほんとばか。……でも、天瑠を気づかってくれたんだよね……妹に心配されるなんて……姉としてまだまだだ……)
だが、璃音の本当の目的には天瑠でさえ気づけなかった。
(それに……これで天瑠が食べてる間、お姉様がいるか探せる。璃音が……探さなきゃいけない)
璃音は天瑠のおかげで戦いでも問題ないくらいには動ける。だから……天瑠の為にも、なんとしても見つけなきゃいけないのだ。
(璃音は知ってる。お姉様の事を誰よりも強く思ってるのは……璃音じゃなくて天瑠だって)
天瑠は寝ている時、よく「お姉さま……お姉さま……どこですか……」と魘されたように呟いている。それを……璃音はいつも聞いているから……その気持ちが余計に昂っていた。
(それに……次は取り返すって決めたから。天瑠のためにも……璃音が取り返す)
「天瑠、じゃあ、璃音の分も取ってくるから……待ってて?」
そう言って……璃音が振り返った……その時、
────あの2人がいた。
────あの2人がいた。
(……見つけたよ、お姉様。次は…………璃音がお姉様を……助ける!!!)
「っ!!」
「ひゃっ!?」
天音は2人を見るなり由莉の手を強引に引っ張って雑木林の中に入っていった。
「ど、どうしたの天音ちゃん! せっかく2人に会えたのに……」
「馬鹿なのゆりちゃん!?」
「ば……ばか……天音ちゃんに馬鹿って言われた……」
ガビーン、と効果音があればつけたい気分だった由莉だが、天音の様子を見てただ事じゃないと察した。
「あの璃音は……本気だ。ボクのマフラーを着ている時の璃音は失敗がまずない。それに……あの長い袋の中には璃音の武器が入ってる。下手すればあの場で発砲騒ぎになる所だったから逃げてるんだよ!」
「璃音ちゃんの武器……ショットガンだったよね?」
「そう。そして……あの璃音は誰かを殺す事になんの躊躇いもない。容赦なく敵の頭やら体を吹っ飛ばしてきたから……あれに撃たれたらまず死ぬ」
まず、人気のない路地にと2人は全力で走った。
遥か後方に1人の足音を聞きながら。
─────────────────────
「天瑠、璃音……行ってくるね? ……今度こそ、絶対に」
「……璃音?」
璃音が独り言のように呟くのを聞いた天瑠はどうしたのかと聞こうとした……が、璃音がマフラーを巻き直すのを見て、間違いなく何かあったのだと察した天瑠は……黙って見送ることにした。
……今の自分が無力な事は天瑠が1番分かっていたから。
そう思っている間にもマフラーを巻き終えた璃音は雑木林に入る直前に防寒具を脱ぎ捨て、戦衣装のみの姿になって入っていった。今の璃音に寒さなんて感じない。あるのはただ一つ。
『お姉様を取り返す』
その想いだけだ。
璃音は長い袋の中から自分の武器────M1912を走りながら取り出すと懐にしまったショットシェル(ショットガン専用銃弾)を2つ指の間に挟み1秒かかるかどうかのスピードで装填すると、速度を一気にあげて雑木林を駆け抜けた。
今度こそ────隣にいる子、由莉を殺してでも取り返すと、心に誓って。
──────────────────────
「ここまでくれば……そうそう人なんて来ないはず。璃音と話すならここくらいしかない」
「璃音ちゃん……」
路地の角に隠れた2人は……丸腰だった。せめて武器持っておけば……と後悔したが、後の祭りだ。武器持ちの璃音と話さなきゃいけない。その状況がどれだけ不利か計り知れなかった。
と思っていると────音もなく、突如としてガシャン!と金属音を立ててその場に現れたのは……ショットガンの銃口を由莉に向けている璃音だった。
「動かないで!!! 少しでも動けば……ここで殺します」
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