由莉と天音、そして、天瑠と璃音

「んあ……っ!?」


「目を覚ましましたか?」


 天瑠は気を取り戻すと、誰かにおんぶされていることに気づき、咄嗟に自分の銃を取り出そうとした。だが……そこで、武器が全てないことに気がついた。


「ぁ……れ?」


「銃もナイフもうちが持ってるから心配する事はないにゃ。……それにしても、消音器持ってるなんてなかなか凄いものを持ってるにゃ」


 自分の投げナイフ数本と拳銃を見せられた天瑠は途端に怒りを顕にした。誰にも触られて欲しくないくらい、大切な武器だったから。


「返して!! それはお姉さまから貰った大切な────」


「分かってるにゃ『天瑠ちゃん』。天音ちゃんから話は全部聞いたにゃ」


「っ!? どうして……天瑠とお姉さまの名前を知っているの!?」


 その名前を知る人なんて3人しかいないと、その正体に恐れを抱いた天瑠だったが────その頭を音湖は手を伸ばしながら頭をくしゃくしゃに撫でた。結んだツインテールが解けそうになって、なにするの!とその手を弾き飛ばした。


「なんなの!? あなた達は……いったい、」


「……なるほどにゃ。この子と……あと璃音ちゃんが……瑠璃ちゃんが命をかけて助けた子なんだにゃ……」


「っ!? ……なんで……瑠璃お姉さまのことまで……」


 睨みつける璃音に音湖は歩きながら、ここまでの経緯を端的に話した。すると……全てを理解したようで、目の焦点が合わなくなり視界がぼやけ、涙が天瑠の頬を伝った。ようやく……全てが終わるんだと、だが────その涙は音湖によって拭き取られた。


「……よく、この寒い中生きてたにゃ。でも、その涙は天音ちゃんに会うまで取っておくにゃ」


「おねえ……さま……っ!? じゃあ、璃音があの時走っていったのは……っ、それなら、由莉が危ない! 璃音は……由莉を殺してでも……お姉さまを取り返すって、」


 もしそうなったら……と、焦りを隠せない様子の天瑠。それに対し、肩を竦めあって笑っているのは阿久津と音湖。


「殺してでも……ねぇ〜。なら、由莉ちゃんは大丈夫かにゃ、あっくん?」


「そのくらいなら問題ないでしょうね」


「……?」


 たかだかそれぐらいの事でなら由莉は死なない。

 精神崩壊すら、音湖の殺意の攻撃にも、天音との戦いでも、死ぬ事がなかった由莉なら……きっと、変えられる。そう2人は確信していた。


「天瑠ちゃんは心配しなくていいにゃ。その璃音ちゃんの殺意すら─────由莉ちゃんは変えるにゃ。天音ちゃんの暴走を食い止めたように、にゃ」


 と、遠くで泣き声が聞こえ、天瑠がぴくんと反応したのを確認した阿久津と音湖は真っ直ぐにその場に向けて足を運んでいった。


 ──────────────────────


「璃音ちゃん、落ち着いた?」


「ぐすっ……はい……」


 璃音が顔を赤くして頷くのを見た由莉はほっと安心すると、天音の方を振り返ると、すぐ側に天音が素晴らしい笑顔で立っていた。


 とてつもなく……素晴らしい……


「天音ちゃん、これでいぃ────」


「…………」


「天音ちゃん、なんでそんな笑ってるの……? 天音ちゃ、あだっ!?」


 天音のチョップが容赦なく由莉の脳天に突き刺さる!

 由莉は「きゅうぅ……」と情けない声で呻きながら天音を見ると、天音は相も変わらず素晴らしい笑顔だった。


「ゆりちゃん、璃音になんてことしてるの? 確かに任せるとは言った。けど、ここまで追い詰めろなんて言ってないよ?」


「ご、ごめん……冷静になってもらうならこれが一番かなって思って……」


 天音にきつめに怒られシュンとしてしまった由莉だったが、そんな由莉を天音は腕を組みながら呆れつつも、あの璃音を止められた由莉には感謝しかしていなかった。


「まったく……でも、ゆりちゃんと璃音が無事ならそれでいい。……それに、璃音? 璃音はもう少し冷静に動けって何度も…………璃音?」


「おねえ、さま……」


 熱い吐息を洩らしながら天音を見ている璃音の様子に天音も由莉も少し変な予感がした。


「……ちょっと璃音ちゃん動かないで」


 璃音の前髪を上げておでこにぴたっと手を当てる。ひりひりするほどの熱さが冷たい手に一気に流れ込み、咄嗟に手が離れた。


「すごい高熱……璃音ちゃん、ずっと無理してたんじゃないの!?」


「……おねえさまに……会いたくて……昨日から、ちょっと……頭がクラクラしてて……くしゃみも……くしゅんっ、うう……さむい……」


 もう、目を開けてるのも辛いようにして体を震わせる璃音を見た由莉は、これ以上寒いところにいさせると危険だと、天音を見上げた。


「そんな格好でいたら……風邪ひくに決まってるよ……っ。天音ちゃん、阿久津さんと音湖さんとマスターの所に行って早く家に連れていかなきゃ!」


「天瑠もきっとあそこにいるから、連れてこないと……ゆりちゃん、璃音をお願い出来る? ボクは天瑠を連れてくる」


 天音も焦りを顔に出して、そうお願いすると由莉も急ぐように頷く。


「分かった! 璃音ちゃん、乗れる?」


「う……ん……、あっ、でも……璃音……」


 由莉が背中に捕まろうと手を伸ばしたが……自分の下がどうなってるかを見ると、その手を引っ込めてしまう。由莉はその様子を察して璃音の正面に向き合うと、璃音の背中と足を抱きかかえるようにして持ちあげる。


「璃音ちゃん、首に手をまわして?」


「……こう?」


「うんっ。痛かったら言ってね?」


 璃音は安心しきったように、手を由莉の首にかけて顔をすっぽりと由莉の胸にうずめた。


 こうして由莉に抱かれた璃音はぼんやりとした意識の中、ある事を思い出した。


 ────なんだか……瑠璃お姉様に抱かれてるみたい……暖かくて……きもちいい…………なんだろう……本当に似てる…………─────。


 そのまま気を失うようにして眠りについた璃音をしっかり抱いた由莉は元の場所に戻ろうとした時、2つの足音が聞こえ、咄嗟に身を隠す。

 天音が誰なのかと、ほんの少しだけ覗き見ると、阿久津と、抱かれている天瑠、そして音湖が歩いてくるのが見えた。


 咄嗟に天音は角から飛び出すと、『天瑠!』と大きな声で叫びながら駆け寄った。


「っ!? お……ねえさま? お姉さまなのですか?」


「そうだよ、天瑠。……こんなに痩せて……っ、ごめん、天瑠……っ」


 阿久津が天瑠をおろして、よろめきながらも必死に天音に近づこうとするのを、天音はすぐに天瑠の元へ行き、優しく抱きしめてあげた。

 ……前にこうした時よりも、だいぶ細くなって……軽かった。初めてあった時と同じような状態にまで痩せてしまっていたのだ。


「お姉さま……っ、どこに行ってたのですか!? 天瑠は……天瑠はっ! ……っ、もういいです! ふんっ」


 泣くに泣けず、思いを伝える事も叶いそうになかった天瑠はぷいっと顔を背ける。

 まーた始まった……と、天音は思わず肩をすくめてしまう。


「……分かったから、機嫌直してって……ばっ」


「ひゃあ!? お、おっ、お姉さま!?」


 天音は仕方ないとばかりに天瑠の懐に潜り込むと、ひょいっ、と天瑠を抱っこした。あまりの一瞬の出来事に天瑠は酷く動揺しながらも、首元に腕をかけるのを忘れなかった。


「歩くのも辛いんでしょ。大人しくしてて?」


「……はいっ」


 結果的には天音に抱っこしてもらえて満足───と天瑠が思ったその時、璃音が由莉にお姫様抱っこして貰いながら寝ているのを見てしまい、再発したように頬をぷっくり膨らませた。


「むうぅぅ〜〜」


「……? どうしたの?」


「天音ちゃん、これこれ」


 またなにか不服なのかと、天音は首を傾げていたが、由莉が近くまでやって来て、視線を璃音に向ける。それで天音は何を言わんとしていたのかようやく察し、一旦、天瑠を降ろすと、由莉がしているようにお姫様抱っこをしてあげた。


 いつもならば、天音が気付かずに天瑠が不服のまま妥協する。天瑠も気づいてくれないと思っていた───だからこそ、その行動に呆気に取られていた。


「……? 天瑠、首に手をかけて? これでいいよね?」


「っ、は……はい……。お姉さま、すごく……変わりましたね」


「そうかな? ……うん、そうかもね。由莉ちゃんに会えたからだろうね」


 そう言って天音が見る先を天瑠も見てみると、由莉が眠っている璃音をゆっくりと揺らしながら、マフラーを少しさげて頬を擦り合わせていた。その様子は……すごく母親みたいだった。

 そんな由莉を見て、なんとなくだが……天瑠も分かった気がした。


 と、こんな所にいつまでもいると、本当に2人が寒さでやられると由莉と天音は阿久津に頼んで早急に帰ることにした。

 4人を音湖に任せて、阿久津が一足先に車へ戻ると、5人が着いた頃には車内は程よく暖かくなっていた。


「さて……では、由莉さんと天音さん、天瑠さんに璃音さんを先に送りますから、音湖はマスターと一緒にいてください」


「分かったにゃ〜〜。この寒い中待たせるんだから、帰りになにか奢ってにゃ?」


「はぁ……分かりましたよ。戻ってくる時にパイナップルの詰め合わせ買ってきますから、大人しくしていてください」

「ありがとうにゃあっくん愛してるにゃー!!」


 抱きつこうとする音湖をサラリと躱すと、璃音を後ろに乗せて由莉は前に、天音は天瑠と璃音の中間に座ると、急いで出発した。


 ──────天音に寄りかかっている璃音と天瑠はとても嬉しそうで安らかな寝顔だった。






「……くしゅっ」


 ……可愛いくしゃみが1つ、車の中に静かに響いた。



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