戦の終結と新たな物語の始まり
「天音ちゃん……っ」
天音が気を失ってから、由莉は阿久津を呼んで、自分の部屋のベッドに寝かせていた。
凡そ───半日。既に空は紺色に染まり、部屋の明かりがぼんやりと2人を照らしていた。
由莉は天音を心配するあまり、昼ごはんもまともに食べる気になれず、今も心配でどうにかなりそうなのだ。
────天音ちゃん……っ、もっと……えりかちゃんだった頃の話とかしたい……天瑠ちゃん、璃音ちゃんの話の続きもまだ聞けてないよ……っ。もっと……話したいよ……っ
「天音ちゃん…………起きてよ……っ」
由莉は耐えきれず、ベッドに身を乗り出して今も眠りにつく天音に上から抱きついた。起きるまで……何があっても絶対離すもんか、と。
そんな時、それを待っていたかのように由莉の裏でゆっくりと唇が動いた。
「──────ほんと、やっぱりゆりちゃんはゆりちゃんだね。優しいのに……優しすぎて馬鹿なんだもん」
聞きたかった声が────やっと聞けた。その喜びからか終始石像のように固まっていた由莉だったが、次第に目を潤ませながら天音をまじまじと見つめていた。
「っ!? あまね……ちゃん?」
『天音』───その名前を聞いて天音はほんの少しだけにっこり笑いながら、自分を押し倒す形で見つめている由莉を見つめ返した。
「……1ヶ月くらい前に、かつ丼を作った時……阿久津さんと手伝って作ったって言ったの覚えてる?」
「ぇ………?」
「ほんとは、あれ全部自分で作ったんだよ? 飛び上がって美味しいって言ってくれた時……嬉しくて死んじゃうかと思ったよ。えへへ」
天音が何を言おうとしているのか由莉は咄嗟の事で理解出来なかった。……でも、たしかに、由莉はその時期にえりかが、かつ丼を作ってくれた事は由莉は覚えている。
だが……それは今の天音が知るはずもない事だったから、余計に混乱した。
「な、なんでそれを…………?」
「も〜ゆりちゃんなら分かると思ったんだけどな〜『わたしの大好きなゆりちゃん』なら、ねっ」
それはとても優しい声だった。……由莉に限って聞き間違うわけがなかった。
「っ!!?? えりか……ちゃん、なの?」
「ん〜……ちょっと違うかな〜……よっと」
「ひゃっ!?」
天音は瞬時に馬乗りになっている由莉の肩を掴むと体を左へ捻らせ、驚く由莉をくるりと回転させ、その位置を逆転させた。
普段なら、由莉の方が力は強いから押し返すかもしれない。しかし、今の由莉は本調子には遥かに及ばないくらい力がなくなってしまっていたので、抗うことすら出来ずに天音に馬乗りにされてしまった。
全く状況が掴めずきょとんとしている由莉にえりかはその柔らかい頬を冷たい手でそっと撫でた。
……その目いっぱいに熱い雫を滴らせて。
「ゆりちゃん、本当に……止めてくれてありがとう。……それに……ごめんなさい……っ、もう少しで……瑠璃どころか……ゆりちゃんまでこの手で……殺すところだった……っ」
その瞬間に────由莉は全てを悟った。諦めきっていた可能性が……当たったのだ。
「─────もしかして………っ!!」
「ゆりちゃん…………何もかも思い出したよ……っ! ゆりちゃんといた時の事も、昔のことも、全部……覚えてる!!」
もう……言えないと思っていたことが……言えると思ってなかったあの時の想いが、天音の涙の堤防を木っ端微塵に破壊した。
「うわあぁぁ! もう……ゆりちゃんの事を何もかも忘れるんだと思って……うぅうう……ごめんなさい、ゆりちゃん……本当に……っ」
「よかったぁ……っ。もう……なんて言えばいいか……っ、分からないよぉ…………!!」
由莉も、もうえも言われぬくらいに喜びが極まりすぎて涙をぼろぼろと零しながら天音を抱きしめた。
「よかったぁ……本当に……良かった……っ! 天音ちゃん……出来たんだよ……私たち!」
「うん……っ、ううぅぅぅ……ゆりちゃん……ゆりちゃん……っ!」
自分達の考えられた最高のハッピーエンドを迎えられた事への嬉しさに由莉も天音もお互いに強く抱きしめあい、泣かずにはいられなかった。
────運命に、2人は打ち勝ったのだ。半年をかけた2人の戦いは───こうして幕を閉じた。
────────────────────
「うーーん…………」
「どうしたの、天音ちゃん?」
「『わたし』って言えばいいのか、『ボク』って言えばいいのか……ちょっと迷ってるんだよ〜」
両親といた時と由莉といた時は『わたし』、黒雨組にいた時は『ボク』と言っていた天音はどうしたものかと……ずっと悩んでいた。
「天音ちゃんが言いやすい方でいいと思うよ? 『ボク』って言ってても『わたし』って言ってても、天音ちゃんは天音ちゃんなことには変わりないから、ね?」
「ゆりちゃん……うんっ、少し考えてみるね」
(……わたしもボクも……使えるけど……どちらかと言われたら……こっち…………なのかな)
それから少しして天音は『ボク』にしたいと由莉に伝えた。わたしでも良かったのだが……ボクでいた5年間が意味のないものになってしまいそうだったのもあり、そうすることにした。
由莉はその決断を快く承諾し、天音はようやく……あれを話せる時が来た。
「ゆりちゃん、病院にいる時、天瑠と璃音のことは話したよね?」
「うんっ、聞いてるだけで可愛い子たちだなって思ったよ!」
「ふふっ、きっと2人もゆりちゃんの事は絶対に気に入ってくれるよ! ……それで、なんだけどね。今……天瑠と璃音は……2人でいるんだ。
話しそびれちゃったんだけどね……ボクたちは……黒雨組の一部のやつらに……殺されかけたんだ」
「え……っ!? なんで…………。いや……でも同族殺しなんて特権があったら……怖がられるし……いなくなって欲しいって思っちゃうのかな?」
由莉の的をついた発言に天音は面食らい失笑しながらも、流石だと頷いた。
「ほんと……ゆりちゃんはなんでそんなに推察が得意なのか聞きたいよ……。理由はそれで合ってると思う。それで……ボクは……2人を逃がすための時間稼ぎをしようとその場に残って戦ってたんだ。……後で追いつくからって言ったのに……なぁ……」
「天音ちゃん……」
悔しそうに拳を握る天音を由莉はその手をやさしく握ってあげた。
「ありがと、ゆりちゃん……。それで、なんとか倒しはしたんだけどね……割とボロボロになっちゃって疲れ果てちゃったんだよ。……だから、終わったと少しだけ油断してて……誰かに後ろから殴られて気を失っちゃった。
……そこからはあんまり思い出したくないかな……たくさん酷い事をされて、ボロボロになった子供が悲鳴を上げながら大人に連れてかれて……そんな様子をずっと見せられて……次第におかしくなって……そこで、ボクの記憶はなくなった。……それで、次に見たのが……ゆりちゃんの顔だったんだよ」
天音がなぜそこにいたのか、ようやく知ることが出来た由莉はそんな状態だった天音を助けられた事を、心底嬉しく思った。
…………と、同時に由莉はある事に気付き顔を真っ青にさせた。
「……2人は今どこにいるの?」
……気づいてくれた。
そう言わんばかりに、天音は由莉に向かって指さした。
「それだよ、ゆりちゃん。……前のボクなら手当り次第に探すしかなかった。けど、今のボクなら分かるよ」
不敵な笑みの内に確固たる自信を秘めた天音はあの日のことを話した。
「ゆりちゃん、夏祭りで射的した時に、ゆりちゃんと同じくらいの背の女の子いたの覚えてる?」
「────うん……あの子、だとは思うけど……」
「名前は───陸花って言ってた。けどね………それは──────、
ボクが璃音につけた偽名なんだよ」
「えっ!?」
まさかの事実に由莉は驚きの声を上げた。……当然だ。なにせ、天音が助けようとしてやまない2人のうち、1人が……由莉も会ってることに。
「ボクが『クロ』って名乗っていた理由……パパとママから貰った『天音』って名前をこんな所で呼ばれたくなかった、って言うのは話したよね?」
「うん……」
「だから……暫くしてから、天瑠にも璃音にもそんな感じで偽名をつけたんだよ。璃音には陸花(りはる)、天瑠には───春琉(はるる)って名前を」
そんな所まで話すと、天音はふと脱線しかけようとしていたのに気づいて、結論を由莉に話した。
「天瑠と璃音はあの近くにいる。あの二人は……いつ何があるか分からないから暫く過ごせるだけのお金と生きるための術はいつも教えてあった。……あの時いたって事は……今も2人で生きてる」
「……この、雪の中で……凍えてないのかな……凍死なんてしてたら……ううん、天音ちゃんが育てた子達だもんね。……そんな簡単に死ぬほどやわじゃないんでしょ?」
「もちろんだよ。……けど、問題は……どこにいるのか正確な場所が分からないんだよ……くそっ」
場所は特定出来る。だが……その場所の正確さまでは分からないのだ。そればかりは由莉も天音も虱潰しに探すしかないと明日───来年になったら、朝から探し回ろう……そんな気持ちでいた、その時。
「でしたら、あの神社に初詣に行きましょうかね?」
いつでも本当に頼れる───そんな由莉と天音の関係上で欠かせない存在が姿を見せた。
「阿久津さん!」
「あくつさん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます