先に生まれてきただけのボク

[なん……で……? わたしは……ゆりちゃんとあまねちゃんが仲良くしてくれるなら……あんしんして…………]


「それでお前だけ消えるってか? ふざけるのも大概にしろよ!」


 激情にかられ、天音はえりかの胸ぐらを掴みあげる。その栗色の瞳は怒りに震えていた。


「また……誰かを犠牲にするなんて……っ、二度とごめんなんだよ!」


[………………あまねちゃん、わたしはもう精いっぱい生きたし、たっくさん思い出も作れた。これからは……あまねちゃんがゆりちゃんと…………]


「それなら聞くけど、









 だったら、えりかは何で泣いてるんだ?」


[ぇ…………?]


 びっくりしたようにえりかは頬を触れるとようやく、自分の頬が濡れているのが分かったようにびっくりしていた。

 だが、すぐにその理由を推し量ったようでどうしようもないような表情になった。


[…………そっかぁ……わたし、まだゆりちゃんといっしょにいたいんだ……困ったなぁ……本当のわたしに任せられるようにいっぱい……ゆりちゃんに甘えたのになぁ…………]


「……このまま終わるなんて嫌だ。もう……瑠璃の時のような事を繰り返すなんて、こっちが耐えられねぇ……くぅ…………っ」


 どうにかしようにも……解決策なんて分かるわけがない。

 やろうとしてることがめちゃくちゃなのだ。天音とえりか、同じ体にいる2人を助けようとするなんて……出来るわけがないのに─────。



[…………うーん……わたしもあまねちゃんも……は難しいかな? 2人がごちゃ混ぜになるとたいへんだし……ね]


「だとしても……っ、まだ……簡単に諦めるなんて…………っ!」


 それでも、どうにかしようと必死に頭を捻らせる天音にえりかは悩みながらも……ある事を提案した。


[『2人』はできない。……けど、『1人』なら出来る]


「……? それは……どういう……」


[……わたしと……あまねちゃんが『一つ』になればいいんだよ]


 一つになる────それが指し示す意味は…………


[かんたんにいうと……わたしのきおくを全部あまねちゃんにあげて消える……って言えばいいかな?]


「っ、あんまり変わってねぇよ……っ。それじゃあ……っ!」


 結局変わってないと苦虫を噛み潰すような声で呻く天音。それを見たえりかは若干焦ったように言い直した。


[あっ、言い方がちがったかな……うーん……なんて言えばいいのかなぁ……わたしの意識とあまねちゃんの意識を一つにする……であってるかな?]


「…………それは……大丈夫なのか?」


 二つの意識を一つに……それによって何が起きるのか、天音は尋ねたがえりかも困ったように首を傾げた。


[……正直どうなっちゃうかわからないかな? 二つが一つになるんだから……頭がごちゃごちゃになるかもしれないし……最悪……こわれると思う]


「っ、……それで、お前は助かるのか?」


[……そう、だね。おたがいの意識を溶け合わせるから、きえたりはしないよ? でも……]


 その膨大なリスクにえりかは少しだけ考えようとしたが─────、


「なら、やる。リスクがあっても……助かるなら何があっても絶対にやる」


 天音は即答だった。迷う問題でもなかった。危険ならいつでも味わってきた。何度も死線をくぐり抜けてきた天音には怖いとすら思わなかった。


 そんな天音を見てえりかも思わず肩を竦めていた。


[……くすっ、あまねちゃんもたいがいだね]


「えりかは……由莉ちゃんと一緒にいるべきだ。……あーもう、えりかもボクなんだよな……頭がおかしくなりそう」


 事実上の自分であるえりかと話している事を自覚しだした天音は頭にはてなマークを浮かべまくりながら、うんざりしたように頭を抱えていた。


[それで……あまねちゃん、それで……本当にいいの?]


「もちろん。こんくらいの壁破れなかったら何も出来やしねぇ」


 不安そうにえりかが聞いてくるも、天音は、はっきりと自分の意思を貫く。


[……うんっ、やっぱり……本当のわたしは強いね]


「そりゃあ……えりかもボクなんだから当たり前だろ? ……それに、あの映像でえりかはボクとは違うって言ってたけど、えりかも紛れもないボクだ。きっと……出会ったのがあいつじゃなくて由莉ちゃんとなら、ボクも今のえりかと同じようになってた自信はある」


 ────えりかと由莉ちゃんの過ごしてきたものを見たから、余計に。


 そんな想いを滲ませる天音にえりかはすっかり笑顔になると、自身の覚悟を決めるように一旦目を閉じた。


[…………ありがと、あまねちゃん。……こんなことを言ってくれるなんて、うれしくてどうにかなっちゃいそう。……よしっ、やるよ、あまねちゃん!!!]


「ほんと、えりかは由莉ちゃんと似てるな。分かった、やるよ……えりか」


 覚悟を宿した栗色の瞳が2対向き合う。

 差し出したえりかの手のひらに天音は自分の手のひらを合わせる。


 すると──────、


「っ!? これは…………」


 光の玉が自分たちの手のひらに向かって山なりに一筋の光の線を描く。


 それが……何十、何百───何千もの思い出の光が筋となって、ふたりの覚悟を祝福するように大輪を咲かせた。


 ────暖かい…………


 心の暗い所が何もかも照らされるようなその輝きの中、2人は自然と笑みが零れていた。


 ───きっと……うまくいく。絶対に……っ!


[………………]


「………………」


 その輝きがますます強まり、いつしか光が2人を包み込み、視界が真っ白になる────。その中で、天音もえりかも意識がぴったりと重なるのが分かった。

 想いと思いが融合され、記憶と記憶が繋ぎ合い……真の意味での本当の自分を取り戻していく。


 いつも由莉の側にいて生きてきたえりかの由莉に対する特別な想い。

 復讐のために生きて、殺そうとしてもなお、自分の全てを受け入れてくれた由莉の思い、

 2人にとって───由莉は特別な存在。


 由莉と共に過ごした夜も、復讐の色に染められた夜も、両親と過ごした夜も、全てが今を形作る。


 この道が正しかったのかとわからなくなった時もあった天音。

 消える運命だと諦めていたえりか。


 互いの思いがありえないはずの出会いを巡り合わせ、その運命が────全てを塗り替えるための物語を作る。




 二人は────────そして一人になる。




 光が収まると、そこには一人の姿しかなかった。『それ』はゆっくりと目を開けると自分の震える手のひらをしばらく見つめる。……そして、唐突に思いっきり拳を握りしめた。


「………………思い……出したよ……っ。全部……全部思い出した!」


 ───『天音』は全てを思い出した。だからこそ……色んなことを話さなくちゃいけないと、急いで由莉に合わなきゃと思ったが……ふと、目の前を見ると、たった一つだけ、明るい光の玉が浮かんでいた。


 まるで、見てくれるのを待ってくれているかのように…………。


「これは……夏祭りの時の……」


 天音は恐れるでもなくそれに触れる。


 ───────────────────


『ええと……水色のお姉ちゃんの名前、教えてください!』


『わたしは「えりか」だよ?』


『えりか……さん…………いえ、お姉様!ありがとうございますっ。り……っ、『陸花(りはる)』って言います。また、会いたいです!』


『うんっ、いつかまた会えるよっ。りはるちゃん、またね』


『またね〜〜〜〜〜!!!』


 ─────────────────


「う……そ…………っ、っ!?そうだった……あの子は……間違うわけがない……間違えるはずがない!! …………あの子───りはるちゃんは……





 ■■だ!!!」



 早く行かなきゃ!!そんな想いが頂点に達した時、天音の意識は一気に反転し現実へと引き戻された─────。

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