殺すものと救うもの

「ボクは……っ、なんのために……人を…………っ」


「天音ちゃん…………」


 壊れたように泣きじゃくる天音に由莉はただ体を寄せて抱きしめるくらいしか出来なかった。


「…………もう、マスターを殺そうと思わない?」


「ううぅうぅ……ぐすっ…………でも……っ、そこにいたから……パパとママは死んだ……ひっく」


「……そう、だね…………」


 由莉もこれに限っては違うとは言えなかった。復讐は……自分もしたいから。逆の立場なら、マスターを憎めないが……それでも、間接的に殺したのは事実だと言うだろう。


 そして───その時点で、由莉が腑に落ちなかったのはもう1つあった。


「……マスター、なんで今まで天音ちゃんを見つけられなかったのですか?」


「……それが大問題だった。その日は2人の遺体を回収して、墓に埋葬して……そこで私も阿久津も意気消沈しきっていた。天城と詩音は……阿久津と同等に信頼出来る仲間だったからな……。そして、そのタイミングで刺客として来たのが音湖だった」


「……そう、みたいですにゃ」


 音湖は歯切れの悪いように頷いた。あんまり思い出したくない過去を言われるようだった。


「そこで阿久津と音湖が殺し合って……結局はほぼ相討ちに終わって、音湖をこちらに引きずり込んだんだけどな」


「マスターは強すぎですにゃ。あっくんも……うちが戦った中で、今でもあの時が1番強かったと思いますにゃ」


 恭しく言う音湖にマスターはかるく一瞥すると、天音を探すことの出来なかった理由を漸く語った。


「……その後、天音の所在を洗いざらい調べたが……全く見つからなかった。半年後に分かったことだったが、2人の言っていた叔父と言われる人物は偽名で戸籍登録していたせいで、足取りが掴めなかったんだ。……そして、半年経った頃、その叔父が天音たちの家で殺されているのが見つかった。誰がやったのか結局分からず終いだったが……天音だったんだな」


「…………」


 涙声で返事なんてしたくなかった天音は、由莉に抱かれながらこくりと頷いた。


「それからは他の場所にいる人員も利用して、必死に探し続けた。6年間……ずっと……。天音を見つけない限り……天城にも……詩音にも、顔合わせが……出来なかった……っ!」


 ずっと秘めていた想いを吐き出すようにマスターはようやく出会えた天音に言葉をぶつけた。

 その言葉を……天音は素直には聞けなかった。現状を耐え切るだけでいっぱいいっぱいだったのだ。


 ───ボクは……なんのために……


 それしか……天音は考えられなかった。


 ────────────────────


 阿久津が病院側に無理を言って、由莉は経過観察と言うことで退院がなんとか決定した。


 全体の筋肉が大幅に低下した由莉は松葉杖を使いながら車まで行くと、全員で乗り込んだ。

 そこから家に着くまで天音はずっと俯き、由莉はそれをずっと心配そうに見ていた。


 そして─────家に着くと、由莉はゆっくりと天音を連れ添いながら歩き、天音がえりかとして過ごした時の事をたくさん……たくさん話してあげた。


「ここは、私と……えりかちゃんが一緒に寝てた部屋だよ…………あっ、ごめん……またえりかちゃんって言っちゃった……」


「……ううん、そのまま呼んで。……私と、その……『えりか』は別人だから」


「…………分かった。じゃあ、付いてきて?」


 それから地下室へ向かうと、由莉はえりかが元々使っていた拳銃を天音に見せてあげた。


「これが、えりかちゃんが使ってた銃だよ。これがすごく馴染むって言ってたけど……もしかして、」


「っ! ……ボクが使ってた銃だ。そうだったんだ……えりかも同じ銃を使ってたんだ」


 全く知らない『えりか』というもう1人の自分に天音はとても感慨深い気持ちが芽生えていた。由莉からその銃を手渡され、握ってみると本当にこの銃が手に馴染んでいる感覚があった。

 ほんの少し嬉しそうにする天音の手を由莉はぐいっと引っ張った。


「天音ちゃん、こっちに来て? ……見せたいものがあるんだ〜」


「……? うん、分かった」


 武器庫のさらに奥の方へ入っていくと由莉は1つの箱を開け、ライフルを取り出すと天音に差し出した。


「これは…………?」


「えりかちゃんが使ってたスナイパーライフル『AWS』だよ。最初はあんまり使いこなせてなかったけど、えりかちゃん、すっごく頑張って800mの的も普通に射抜けるようになったんだよ? 本当に……狙撃を教えてた身として、嬉しくてたまらなかった」


 初めて持つはずの銃……ライフルなんて撃ったことのない天音だったが、それでもこのライフルが自分が使っていた拳銃と同じぐらい手に馴染んでいることに、不思議そうにその銃を見つめていた。

 ………と、そこで天音は1つの疑問を由莉にぶつけてみた。


「……? もしかして、由莉ちゃんは……」


「うん、私は狙撃手だよ? ……あっ、それなら少し待ってて?」


 由莉は自分のライフルケースを取り出し、金具を外して中に入っている愛銃を組み立てる。

 その大きくて無骨な黒い銃に天音は目を丸くした。


「……これが、由莉ちゃんの武器?」


「そうだよ。バレットM82A1……私の一番大事なものだよ」


 そう言って由莉は自分の膝に乗せたバレットの銃身を自分の子供のように撫でた。


「ごめんね……6日も放置しちゃって……筋力も落ちちゃったから、もうちょっと撃てるようになるまでに時間かかるけど……我慢してね?」


「……変なの。銃を人みたいに…………いや、それが由莉ちゃんなのか……」


「あはは……ちょっと変だよね。けど……この子は……私の生きる全てだったから」


『全て』、由莉の言葉に込められた重さは何も知らない天音にすら勘づいてしまうくらいだった。同時に、由莉がバレットのことをどんな物より信頼している事がひしひしと伝わってきた。


 ───由莉ちゃんは……どんな人生を送ってきたんだろう。……後で聞いてみようかな。


 ─────────────────────


 それから、少し松葉杖で歩くのが疲れた由莉は天音の肩を借りながら、もう一度自分の部屋に戻り、ベットに腰を下ろした。


「ここで、私とえりかちゃんは一緒に色んなことをした。一緒にお風呂入ったり、ゲームしたり、寝たり……離れた事なんてなかったんだよ?」


「……そうなんだ……ねぇ、由莉ちゃん少しいいか?」


 楽しそうに哀しそうに話す由莉を見て、天音はたまらず由莉に失礼なのを分かって聞いてしまった。


「由莉ちゃんは、ボクじゃなくて、えりかと一緒にいたかったんじゃないのか? ……ボクに優しくするのも、ボクが元々、えりかとして由莉ちゃんと一緒にいたからだろ?」


「…………私はね、えりかちゃんが大好きだよ。……心のどこかで、えりかちゃんと天音ちゃんを重ねてるのはあるかもしれない。でも、それが天音ちゃんの事を好きになった理由の全てじゃない。……天音ちゃんの話を聞いてて思ったんだ。とっても優しい子だって。瑠璃ちゃんが、天瑠ちゃんと璃音ちゃんを託したくなるのも分かるよ」


 そう言って由莉に撫でられる天音は……心が救われるような気がした。

 何もかもがなくなったと思っていた。その中で、まだ知り合って少ししかしないはずの由莉がここまで優しくしてくれるのが……どうしようもなく嬉しかったのだ。


 ただ血に塗れた殺人鬼の手を……この少女はしっかりと握って離さなかった。

 殺そうとしても、決してその手を離そうとしなかった。


「えりかちゃんも天音ちゃんも本当に本当に優しい、そんな2人が私は大好きだよ」


「……っ、由莉、ちゃん…………っ」


 暴れる感情が抑えきれず、涙を零しながら天音は由莉の胸に蹲った。自分より年下の……天使のような少女に1人の殺人鬼として生きた少女は救われたのだ。



 ───────────────────


「あ……天音ちゃん、お水取って欲しいな……いい?」


「もちろん、任せ……ぐぁっ!?」


 由莉のお願いに天音は任せろと立ち上がろうとしたが、なぜかつまづいて床にずっこけてしまった。顔面からいったのではと由莉は心配になって天音に近寄った。


「天音ちゃん、大丈夫?」


「あぁ……なんとか……………………ん? 由莉ちゃん、あの椅子になにか挟まってないか?」


「えっ…………?」


 頭を振りながら前を向いた天音がふと白い何かが見えたような気がして、その椅子を裏返すと真っ白な紙が挟まっていた。


 気になって天音はその紙を取り出すと────





















 拙い文字でこう書いてあった。




『わたしの包丁いれをみてみて?』

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