カラッポノジンセイ

────うぅ、お腹空いたぁ……むにゃむにゃ


「由莉さん、口を開けてください?」


「ふぁ〜い…………はむっ。もぐもぐ……んん〜、甘い卵巻きだ〜〜……はっ!? あ、阿久津さん!? それに……音湖さんも、マスターも!」


飛び起きると、どうやら気づいたら寝てしまったようで、阿久津と音湖、それにマスターも来てくれていた。


「本当に良かった……このまま新年を迎えるのは嫌でしたから…………ともかく、おかえりなさい、由莉さん」


「はいっ、ただいま、阿久津さんっ!」


いつものように、天使のようにはにかみながら笑みを洩らす由莉に阿久津もようやく安心できたような表情を浮かべていた。


その一方─────


「…………」


「…………」


マスターと天音の間には気まずい空気が広がっている。2つの温度差の違いに音湖はピクついた笑みを顔に貼り付けていた。


────く、空気がカオスすぎにゃ……


────────────────────


状況が落ち着いた時には、マスターの隣に阿久津と音湖が、天音の隣には由莉がいる形になり、マスターから話が切り出された。


「……その事を話す前に、由莉。私たちの組織について……話さなかったのは悪かった。組織なんてしがらみを抱えずに由莉には成長して欲しかった、という理由だと理解して欲しい」


「…………はい」


由莉にはその想いがなんとなくだけど分かった。実際、つい最近まで一切気にせず、ただマスターの役に立つためや天音の前身のえりかを助けるためだけに集中することが出来たのは事実だ。


「…………そして……由莉、『RooT』についてどんな組織だと思っている?」


そうマスターから切り出された由莉は自分の脳神経を全部集中させて、思った事を話した。


「想像ですけど、それでも良ければ…………。人殺しはするけど……それは恐らく他の人の生活に害を与える人。そんな人たちを……管理……最悪は消す組織……かなって……。だからこそ、『RooT』───土の下……裏の人間を張り巡らせた根のように管理するって意味で付けたのかなって」


「…………阿久津、音湖、由莉の事はどう思う?」


「化け物ですね」

「化け物だにゃ」


笑いながらそういう2人に由莉は雷をぶち落とされたように目の前が真っ白になっていたが……そう言われるのも無理もなかった。


「由莉……言っていることの9割はその意味合いで合っている。これは私の話す部分が無くなってしまったな」


「うぅ……ごめんなさい……」


なんだか申し訳ない事をしたかもしれないと肩をすぼめる由莉だったが、気にしなくていいと小笑いするマスターに言われ、すぐに気を取り直すことが出来た。


「そうだな……その表についても話しておこうか。その表の顔は非営利団体『花弁』と言うことで活動している。人員のほとんどが『花弁』のみの所属だが、その中のごく一部に『RooT』として活動するメンバーがいるのが現状だ」


表には陽の当たる花───『花弁』

裏には陰で暗躍する───『RooT』


なるほどと由莉は関心をした。


……そして、話はようやく本題へと戻る。






「…………天音」


「…………なんだよ」


ぶっきらぼうに返す天音にマスターは少し俯きながら事実を話し始めた。


「私は………天城と……詩音を……見殺しにした」


「…… っ」


哀しみを込めたマスターの言葉に天音は怒りで我を忘れそうになるが、由莉が心配そうに手を握ってくれたから辛うじて冷静な意識をつなぎとめることが出来た。

そんな天音をマスターはあの時の事を悔しそうに拳を握りしめながら語った。


「…………私は……やつらに嵌められた。本来ならそこで私も阿久津も死ぬ所だった」


「…………」


マスターが喋る度に阿久津の表情もどんどん暗くなっていく。


「その時に……私を庇ったのが、升谷天城と升谷詩音───天音の両親だった」


「っ!? パパと……ママが…………?」


「……あぁ。そして、天城と詩音は……『RooT』に所属していた」


「…………ぁ」


その瞬間───天音はとんでもない事に気づこうとしていた。……絶対に認めたくない、認めてはならない事実に───。


「……あの日、私は何年も争ってきた組織───今の黒雨組と協約を結ぶことになっていた。……その時までに、何人の血が流れたか分からない争いがようやく終わると正直ほっとしていた。……ただし、お互いにその場に来ることを条件にしていた。その場に行こうとしたのだが、罠かもしれないと4人で話し合った」


マスターは1度天井を見上げると、覚悟を決めたかのように話を進めた。


「その時の『RooT』は敵であろうと、その力を利用出来るようにしていくことを掲げていた。……まだ、組織して数年だったのもあったが、それでも着々と敵を内側に引き入れることが出来ていた。……多少の犯罪には目をつぶったがな…………それが『甘かった』」


拳の力をさらに強め、マスターの口調は少し強くなる。


「……そして、私たちは4人で行くことにした。私と阿久津は顔が知られているから2人と言うことにして、天城と詩音には、もしもの時のために近くに待機させた。……結論から言うと、やはり罠だった。私と阿久津は15人ほどに取り囲まれる状態になり、天城と詩音との通信も阻害され、完全に孤立無援となった………が、そこはなんとか私と阿久津で切り抜けて、天城と詩音を助けに向かおうとした時…………その方角で爆発が起きた」


やりきれない想いが募るようにマスターも阿久津も目を強く瞑り歯を噛み締めながら、そこで起こったことを話した。


「着いた時には……2人は血だらけで倒れていた。……昔、戦線にいた直感で感じた。……もう、助からない傷だと」


「…………う、そ……うそだ……っ、嘘だ嘘だ嘘だ!!!」


初めて聞かされる真実に天音は必死に頭を振った。受け入れたら……どうなるか、想像には困らないだろう。


「…………私は2人の元に急いで駆け寄った。……2人の息はまだあったが……弱々しくていつ止まってもおかしくない状況だった。……そんな中で2人は辛うじて意識を取り戻すと───私にある物を託したんだ」


____________________

───────────────────


「ボス……これを…………」


そうして天城から渡されたのは……1つの手紙。マスターは震える手からそれをしっかり受け取ると、天城も詩音も悔しそうな表情で涙を零した。


「あの子を……天音を、お願いします…………早く……しないと天音が……っ!」


「……何があった。どうして……こうなった」


「ボス……やられ……た……いま……天ちゃんを預かってる人が……情報を流してた……こふっ……」


時々話を聞いていた叔父が敵側に情報を流していた。だから、自分たちがいる事がバレていた、と言うことだった。


「ボス……もう、自分たちは助かりません……このまま、じゃ……天音が、大変な……事に……」


「わたしたちの、代わ、りに……天ちゃんを……育てて……くだ、さい…………1番……たいせつ、な……子……っ」


2人の意識が徐々に混濁していく。マスターはもう、頷くしか出来なかった。


「……分かった。必ず、その子───天音を見つけて、私のところで育てよう……必ず」


「…………な、しおん」


「うん……なら、わたしたちも、安心して……うぅ……っ」


2人とも自分の命の灯火が尽きることを察して、涙を零しながらも……2人は最後の力を振り絞ってお互いの片腕を動かし、力強く握りあった。


「…………天音……」


「…………天ちゃん……」


最後の言葉は……2人とも同じだった。死ぬその瞬間まで……天城も詩音も天音の事を思い続けていた。


自分たちの宝物の……かけがえのない我が子の名を


─────────────────────


「…………そして……これが、天音に渡すようにと言われた手紙だ」


マスターが差し出したのはセピア色の封筒だった。年月が経ちすっかり色あせてしまっていた。


天音は震える手で受け取り、中身を開けると……天音は全てが事実なんだと悟った。


『あまねへ パパがいなくなっても、この人にめいわくをかけずにいい子にそだつんだぞ ~あまぎ~


てんちゃんへ ママはずっととおくからみてるよ。わたしのだいすきなてんちゃん。だいすきだよ ~しおん~』


「ああ……あぁぁあああ! ああああぁぁぁァァァ……っ、パパぁ……っ、ママ……っ! うわあああぁぁぁぁぁああぁああああああああああーーーーーーーー!!!!!!」


天音は…………全てを知った。



────全く見当違いの敵討ちをしようと、5年間、ずっと本当の仇の組織にいたこと。


────自分の親を殺したやつらのいいなりになって人を殺していたこと。


────血を浴びるように殺してきたのが……すべて、ありもしない復讐のためだったこと。


────復讐心をいい事に利用されて駒扱いされていたこと。


「うああああああぁぁぁぁぁぁああああーーーーー!!! なんでぇ……なんで……ボクは…………人を殺して…………っ!」


自分を繋いだ全てのものが────コワレル。




天音の紡いだ5年間の復讐の為だけに紡いだ物語は…………全てが…………




カラッポノジンセイ。

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