音湖の正体

 復讐を手伝う───それがどういう事なのか、天音は由莉の言っていることに目を見張った。


「……どういう意味?」


「…………天音ちゃんの話を聞いてるとね……なんとなく、本当になんとなくだけど……マスターが犯人じゃない気がするんだよ」


「なっ……!?」


 動揺を隠しきれない天音に由莉はその根拠を連ねた。


「まずは、天音ちゃんを知った時のマスターの阿久津さんの焦り具合。……もし、本当に2人が殺したなら……あんなに動揺しないし……もっと堂々と構えるはずだよ。

 そして、マスターが犯人だという証拠。その映像がそもそも加工されていれば分からない。もし、それが本当の映像でも……それを使って……従僕な下僕にすることなら理由付けでなんとでもなると思う」


「…………そんなわけない……そんなわけがない!」


 由莉の焦点を一点に絞った根拠に途端に怖くなった天音は顔が一気に青ざめていく。同時に……あの日、仇を取ると誓った日のことが、フラッシュバックした。


 ──────────────────


 わたしのパパとママは……殺された。


 あいつが……殺した。


 …………ゆるせない。




 わたしの……パパとママをうばったあいつを………




 今度はわたしがうばってやる。



 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して─────





 復讐してやる。


 ───────────────────


「そんなわけない!! あの時……死んだパパとママの側にいたのはあいつだ……っ! あいつが…………っ!」


 あまりの衝動に天音は後ろによろめくように尻餅をつくと頭を抱えて唸った。何かが崩れそうで……怖くて…………。

 そんな天音に、由莉はゆっくりと起き上がると優しく頭を撫でてあげた。


「……あくまで、私の仮定だけど……ね。きっと……天音ちゃんは────」






「……あのクソ野郎に本当に上手いこと利用されたにゃ」


「っ!?」

「っ!?」


 由莉が話そうとした瞬間、窓から声が聞こえると同時に、窓がぶち壊す勢いで開けられた。


 そして入ってきたのは─────




「……ねこ……さ、ん…………?」


 声は……音湖と全く一緒。

 だが…………それ以外がまるで違った。


 髪は黒から月光に照らされ光り輝く白に、瞳は黒から全てを射抜く黄の瞳へ。



 まさに────闇夜に降り立った『白猫』


「そうにゃぁ……こう言ってくれると助かるにゃ」


 夜風に銀色にも似た真っ白な髪をたなびかせた音湖は今までにないくらい、声のトーンを落として口に出した。


「『RooT』コードネーム……『シャグリ』。そして………………







 元・黒雨組No.1『カッツェ』」


「っ!?」


「音湖さんが……黒雨組の元トップ……?」


 由莉も天音も心の底からびっくりしたように見ていると、音湖はさっきまでとは、うって変わり、「にゃはは」と笑いながら、サッと窓の桟から由莉が寝ていたベットに音もなく飛び乗った。3メートルの距離を軽々と、だ。


「由莉ちゃんと天音ちゃんの会話は全部最初から最後まで聞いてたにゃ」


「っ!? どこから……?」


「……いや、驚くのそこじゃないぞ、由莉ちゃん……ここ10階なのに、どうやって……」


 由莉はギョッとして窓の外を見ると地面が遥か下に見え、街頭がまるで豆粒みたいにそこら中で光っているのが見えた。

 振り返って音湖に尋ねようとした由莉だったが……なんとなく、その理由が分かってしまった。


「…………登ってきたんですか? 外の壁を」


「このくらいの壁なら楽勝だったにゃ」


「……めちゃくちゃだ…………」


 天音は……ひたすらに混乱するしかなかった。

 前からNo.1が不在なのが気になってはいたが……まさか、ここにいるなんて思いもしなかったし、気配と言動から直感的に勝てないと確信を得た。


 そんな様子を見ていた音湖は肩を竦めながら笑っていた。


「にゃはは、まさか……まだあの組織があるなんて思ってなかったにゃ。以前にぶっ潰したはずだったんだけどにゃ…………それに、」


 そして…………今まで笑っていた音湖の表情が急激に曇った。哀しいような……そんな表情をしていた。


「『あの子』がどうなったか……知る事が出来てよかったにゃ」


 あの子───誰のことを言ってるのか……すぐに天音にも由莉にも分かった。


「瑠璃を……知ってるのか!?」


 天音の叫びに音湖はこくりと頷いた。


「……気紛れだったにゃ。今から……6年前、いつも通り……暗殺を終えて、帰ろうとした時……隅っこに座っている女の子がいたにゃ。

 ……天音ちゃんは分かってると思うけど、全員抹殺が絶対だったから、うちは殺そうとしたけど……それが出来なかったにゃ。死さえ笑って受け入れられる人間なんてそうそういない……だったら、この子をうちに引き入れようと思ったんだにゃ」


 音湖は足を組みながらその当時のことを少しだけ話した。


「ばれないようにはしたにゃ。そこにいるふりだけさせて、うちが見つけたようなふりで連れていく。……うちはNo.1───『代行』の特権持ちだったから、事実上の組の頂点と同じ扱いだったにゃ。だから、やるだけやって……その子を送ってから、すぐにうちはあの方を殺しに向かったから……あの子がどうなったか分からなかったんだにゃ」


 足を組むのをやめて体操座りになった音湖は哀しみの表情を一層深めていた。


「瑠璃……って言うんだにゃ、あの子は。……そっか……優しい子だったんだにゃあ……」


「…………」


 由莉に会うまでなら分からなかっただろう。だが……由莉と関わり、音湖は瑠璃のことがなんとなくだけど分かってやれることが出来たのだ。

 そして、その瞳は微かに潤んだ跡が確かにあった。

 と、そこまでしてから天音はやっと聞きたいことを思い出したように尋ねた。


「…………それで、なんで全部聞くことが……。それに……利用されてたって…………」


「まぁまぁ、そんな同時には話せないから……それに今は夜にゃ。もう病院の受付もしてないし、あっくん達はいろんな準備があるからって明日の朝一で来るって言ってたからにゃあ……けど、うちは我慢できなかったから来ちゃったにゃ。あっ、話し終わったらうちもすぐに帰るにゃんよ?」


 マスターも阿久津さんもすぐ来ないんだ…………と、由莉は少しだけしゅんとしたが、また明日会えると朝が楽しみになった。


 そして、一息ついた音湖は銀色のような白色の髪の毛を耳元にかけると耳の穴にはめていた何かを外すと見せてあげた。


「…………盗聴器?」


「おっ、天音ちゃんは使ったことあるかにゃ? その通りにゃ。もし、何かあった時のために、部屋の中に盗聴器を仕込んでおいたにゃ」


「……だからだったのか…………。それで、ボクが利用されてるって? ……そんな事、とうの昔から知ってる。あいつはボクを良いようにこき使ってたんだろ?」


 天音は1つは納得したが、もう片方の……1番重要な部分について音湖に話を求めた。

 すると───音湖はひどく悲しそうにしながら立ち上がると、天音の肩をしっかり掴んだ。


「…………天音ちゃん、しっかり聞くにゃ」


「っ!? あ……はい……」


「この事については明日、あの方───マスターが話をするにゃ。今、うちからは言えないけど……あいつはどうしようもないクソだと再認識したにゃ。だから…………覚悟はするにゃ」


「っ、それってどういう────」


 困惑する天音に音湖はただ暗い表情でいると突然、ベットから立ち上がると、バネを利用して窓の桟に飛び移った。


「話はここまでにゃ。じゃあ……また明日にゃ」


 ────天音ちゃんが耐えきれる保証は……ゼロだけどにゃ。


 それだけ言い終えると、音湖は10階から飛び降りた。その行動に由莉は焦って行こうとするも、足に力が入らなかった。天音の肩を借りて恐る恐る下を見ると、そこには何もなかった。とりあえずは一安心した。だが…………



 その『覚悟』の意味に────天音と由莉は薄々、何かを感じながら眠れない一晩を過ごしたのであった。

 それから2人が寝たのは空がだんだんとオレンジに染まり始めた時のことだった。

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