最後の言葉
「包丁箱……? 由莉ちゃん、何か分か───」
「天音ちゃん、行こう!! ……えりかちゃんは何か残してたんだ!」
ものすごい剣幕に押されるように天音は頷くと2人で台所へ向かう。そして、いつもえりかが使っていた包丁箱を見つけて、丁寧に開けると────そこには水滴1つすらついていない綺麗な包丁が3つ入っていた。それ以外は何も見てとれなかった。
「……由莉ちゃん、何もないけど」
「ううん、えりかちゃんなら……きっと……ここに隠す」
誰かに見つからないように、けども、由莉には見つけられるように────由莉を信頼したえりかの行動は……間違いなく正しかった、
由莉は箱を軽く揺すると微かにカタカタと音がした。傷つけないように、丁寧に外装を取り外すと……そこには……小さい電子機器が入っていた。
「USBメモリ……えりかちゃんが……この中に何を……。ええっと……パソコンは……阿久津さんが持ってるかな? 天音ちゃん、行こっ!」
「うん、分かった」
────────────────────
阿久津の部屋のドアを叩くと、すぐに阿久津が出てきた。事情を話すとすんなりと入れてくれたので、由莉は急いで阿久津のパソコンを操作して
USBメモリを差し込んだ。
────えりかちゃん、いったい何を入れたの?
読み込まれた中に入っていたのは……1つのファイルだった。2人は目を合わせると、カーソルをそのファイルの欄に合わせてカチッ、とクリックした。
『12/23』
『これでいいのかな…………? えっと……これを見てるって事は……わたしのきおく……なくなっちゃったんだね……』
そこには、えりかの映像が音声と共に映し出されていた。2人ともそれを見て目を見開いていた。
由莉は、いつの間にこれを…………?と、
天音は、これが記憶の無くなってた頃の自分なのか……と。
『きっと、ゆりちゃんがわたしを止めてくれたんだよね。……そこにいるんだよね、ゆりちゃん?』
その呼びかけに由莉は何かを堪えるように「うん、うん……!」と頷く。
画面の中のえりかは優しそうに笑いながら、一呼吸置いて話を続ける。
『何日たったのかわからないけど……どう?ゆりちゃん、すっごくやさしいでしょ? ……がめんの外でゆりちゃんも、わたしも……どんなかおで見てるのかな? 分からないのがちょっとざんねんかな……あはは……』
確かにえりかの顔は笑っていた。だが、少し哀しそうにしていた。
『……本当はね……なんとなく分かってた。きっと……わたしは消えちゃう。今見てるわたしは……なにも覚えてないとおもう』
───っ! ……そう、だったんだ…………えりかちゃんは……もう、あの時には…………
クリスマス近くになって、えりかが今まで以上に由莉に甘えだした理由がやっと分かった。
……えりかは1人で覚悟を決めていたのだ。だから、消えるまでの間にたくさん……たくさん由莉に甘えたかったのだと。
『……ゆりちゃん、わたし……たのしかったよ? なんにもなかったわたしを……助けてくれて名前までくれた。たっくさん思い出を作って、たっくさん笑って…………今も、そんな思い出がきのうのことみたいだよ』
やはり、動画を撮るのは初めてだからかえりかは若干ぎこちなさそうに笑っていたが……由莉にはそれが泣きたいのをごまかそうとしてるんじゃないかって、思ってしまった。
『1番たのしかったのは……夏まつりかな? ねこさんに会ったり、くずはちゃんといっしょにお店をまわったり出来て、あんなにたのしいものなんだって、すっごくむねがドキドキした。それに、そのあとの花火もすごかったなぁ…………まっくらな空があんなにも明るくきれいに咲くなんて、びっくりしちゃった。
帰る時にも、くずはちゃんから髪ゴムもらったから……こんどつけてみようかな……えへへ』
いつものように笑っているえりかは……話し終わると途端に表情が曇った。一向に晴れない気持ちの渦の中に取り込まれているようだ。
『本当にたのしかった……また、あの着物着たいなぁ……。ゆりちゃんといっしょにならんで……またどっかに行きたいなぁ…………っ!? あぅ……泣かないって決めてたのに…………うぅ……っ』
「えりかちゃん…………っ!」
「─────」
画面の中で我慢しきれずに顔を抑えて泣いてるえりかを……由莉は泣きながら見てることしか出来なかった。もう……泣いているえりかは過去なのだ。どうしようも出来ない。それがどうしようもなく悔しくて堪らなかった。
その一方で……天音は今も泣いている画面の中の自分をぼんやりと見つめていた。……何か記憶に引っかかりそうなのに……引っかからない……そんなもどかしさを抱えて…………。
『ほんとは……もっと、ゆりちゃんといっしょにいたいけど、もう……そろそろで限界みたいだから……しょうがないよね。わたしは……ほんとうなら生まれてこなかったはずたから。こわくてどうにかなりそうだけど、ゆりちゃんと出会えたことが……きっと、本当のわたしを助けてあげられる。………………ね、そうでしょ?
あまねちゃん?』
「なっ!!??」
「……っ!?」
涙もぴたっと止められ、驚愕で目を見開く2人。それを予期してたようにえりかは悪戯っ子みたいにくすっと笑った。
『えへへ、びっくりしたかな? ……昨日、寝てる時に……なまえだけ思いだしたんだよ。ゆりちゃんに言おうか迷ったけど、きっと、わたしは消える時まで……だれにも言わないかな? ……だって、わたしは『えりか』だけど……『あまね』じゃない。本当のわたしが『あまね』なんだよ』
優しい言葉の裏には本当の自分を見据えるように力強さが込められていた。これが……えりかなのだ。
その強さに、天音も画面から目を離すことが出来なかった。
『ほんとは……もっと色々はなしたい……けど、ゆりちゃんが心配しちゃうから……あと少しだけ。……ゆりちゃん』
「……ん」
『わたしをたすけてくれて……本当にありがとうね。助けてくれた人がゆりちゃんで……わたしはしあわせですっ』
朗らかに笑うえりかの笑顔に……由莉の涙が止まらなかった。
助けて、名前をあげて、約束をして、お風呂に入って、ご飯を食べて、ゲームして、ぶつかり合って、泣いて、練習して、衝突して、もう一度約束をして、外に出て、服を選んで、新しい人と出会って、お祭りではしゃいで、花火を見て感動して、教えて、強くなって──────。
えりかはいつも由莉の側にいた。いつも、お互いの感情や時間を共有し、『今』を全力で生きてきた。そんなえりかが自分に遺した最後の言葉がそれは……本当に…………、
「そんなの……反則だよぉ……っ」
泣き崩れる由莉を……まるで待っているかのように、画面のえりかは待ってくれていた。……由莉がきっと泣くって……えりかは分かってたからだった。
そして、由莉が泣き終わるのとほぼ同時に、えりかの口が開いた。
『あまねちゃん。……ゆりちゃんはあなたの1番の「友達」になる。どんな事も……ぜったいに2人ならやってくれる、そう信じて……ゆりちゃんを任せます。
わたしの全てを……あまねちゃんにあげるよ。』
「………………ぁ」
天音がその言葉を聞いて呆然とする中───えりかの映像は最後の一言を残して終えた。
それじゃあ……さようなら、ゆりちゃん。元気でね?』
───────────そこで、映像は止まった。
最後の最後は……満面の笑みで終わるところが……本当にえりからしかった。
えりかから託された想いを……由莉は無駄になんてしない。
(えりかちゃん、私は……天音ちゃんと、これから色んな思い出を作るよ。えりかちゃんに負けないくらい……すごい、思い出を…………っ、たくさん!)
─────バタン…………
「ぇ…………?」
嫌な音だった。目の前がスローモーションのように遅くなり、やっと音がした方向を見えた……その視界の端には……………………天音が地面に倒れ動かなくなっているのが見えた。
「な、ん…………で…………? あまねちゃん……天音ちゃん! しっかりして!」
椅子から飛び上がるように由莉は弱った足でなんとか天音の方に行き、ゆするも返事が返ってこない。
「…………っ、天音ちゃん!!!」
───────────────────
「ん…………?」
気がついた時、天音は何もない空間に1人でいた。
「ここは…………どこだ?」
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