託された者の責務

「それから…………っと、由莉ちゃん?」


「うぅ……っ、ぐずっ……ううぅ…………っ」


 天音が少し涙目になって話をするのに夢中になっていて、気づけば由莉は涙を滝のように流して号泣していた。想像の何倍、何十倍も辛くて……苦しくて……天音の辛さが自分のように感じていた。

 そんな由莉を見た天音はなんとなくだが、ある事を感じていた。


「……そう言えば、由莉ちゃんも……なんだか瑠璃に似てる。……性格も、名前も……」


「……うん……うっ、そうだね……っ、うぅ……ひくっ……。じゃあ……天音ちゃんの言ってた助けたい子たちって……」


「そう、天瑠と璃音。……本当はすぐにでも探しに行きたい。……もう、9ヶ月以上も……ずっと2人でいる……」


「っ! だったら、すぐ探さなきゃ……っ、」


 急いで立ち上がろうとした由莉だったが、不意に力が抜けて、真っ白なベットに倒れてしまった。天音は由莉を安静にするように、そっと髪の毛に手を触れた。


「まだ寝てないとだめ。5日も寝てたんだから、今日は動けないよ。それに……あの2人ならきっと生きてるから」


「……うん」


 由莉も今日は動けないことを悟ると、そのままゆっくりと体だけ起こして天音をしっかり見ると、再び、天音の話が始まった。


「……瑠璃が命を捨ててまで助けた2人を……ボクは死ぬ気で助けた。瑠璃の思いに報いるために……」


 ─────────────────────


「…………っ」


 その顔は…………とても安らかだった。…………痛みはなかったと思う。


 血が滴り……瑠璃の血で真っ赤になる。

 そして……腕の中に瑠璃の頭を大事に抱えた。




 ────強くならないと。

 瑠璃の……命まで賭けた想いを無駄になんて出来ない。だから……強くありたい。

 ボクのパパとママの仇を取るためにも。

 瑠璃の守りたかった天瑠と璃音を守るためにも。




 誰よりも……強く。


「───天瑠、璃音……行くよ。……ついてくる理由はなんでもいい。瑠璃を殺したボクに復讐する為でもいい。生きる為でもいい。……瑠璃の為にも……絶対に生きよう」


「…………はい、お姉さま」

「……はい、お姉様」


 ────────────────────


 外に出ると、周囲を銃を持ったやつらが取り囲んでいて、その真ん中にボスがいた。咄嗟にボクは2人に真後ろに隠れるように言うと、すぐやってくれた。


「……そいつらは前の生き残りだな? 殺せ」


「断る」


「……なんだと?」


 殺気を撒き散らすボスだが……そんなの知ったことか。


「ボクはこの子たちを瑠璃───いや、黒雨組No.4『ラピスラズリ』の最後の願いとして、この2人への『同行』を言われた!」


 めちゃくちゃな理屈? 知るか、そんなこと。


「No.4『ラピスラズリ』が命まで捨てて託した2人を殺すならば……今ここでボクが全員、皆殺しにする」


 血だらけのナイフを構える。ボクは……この2人を何があろうと守る。


「どうする? ボクがここで死ねばNo.2とNo.4を同時に失う。No.2を失うか、2人の子供を見逃すか────どっちが得か分かるよな?」


 ここで……間違えば、全て……終わる。瑠璃の思いが無駄になる。─────そんなこと、させない。


「ボクがこいつらを強くする。そうすれば、失った戦力の代わりになるだろ? ……これ以上、あいつのことを疑うな」


「…………」


「ともかく、この2人は連れて帰る。変な真似を起こしてみろよ、この組織ごと叩き潰すからな……っ! ……行くよ」


 血を滴らせ、ボクは瑠璃の首を持ったまま、組のやつらを無理やりどかせながら帰った。

 ……なにかあるかもしれないと身構えてはいたが、滞りなく帰ることが出来た。


 部屋に帰る前に、首を埋めて墓を作った。小さい墓だけど……これくらいしか、これ以上はしてやれなかった。


 ────────────────────


「…………天瑠、璃音。少し話そうか」


 部屋に帰ると、ボクは2人に大事な話をする事にした。まだ血で汚れているが……すぐにでも話す必要があると思った。


 2人はボクの言うことを素直に聞いて床に座ってくれた。

 ボクは……2人の顔を見て話そうとしたが……直視出来なかった。


「…………天瑠も、璃音も……ボクの事は恨んでいい。殺されても……文句は言わない……けど、今は2人を強くしなきゃいけない。自分たちで……自分の身を護れるくらい強く」


「……」

「…………」


 今……2人はどんな表情をしてるんだろう。……ううん、そんな事は……いい。


「だから……今だけは耐えて───」


「……うらんでなんかいません」

「璃音たちを……たすけてくれた……から……」


「……ぇ……?」


 ハッとして2人を見ると、天瑠も璃音も何かをこらえるような目でボクを見ていた。


「……瑠璃お姉さまは、いつもお姉さまのことをはなしてくれました」

「すごくやさしい人だって……」


「……ボクは優しくなんてない。……優しくなんか」


「それに……つんつんしてるけど、ほんとは寂しがりだって…………」

「お姉様なら……璃音たちをぜったいに助けてくれるってずっと…………ずっと……っ」


 ……それから天瑠と璃音は瑠璃の事を色々と教えてくれた。

 だが……言うことほぼ全部が……ボクがすごいと言うことだけだった。



「それで……あの日、瑠璃お姉さまに名前をもらった日……天瑠たちはそのことをおしえられました」


「………」


 天瑠と璃音は涙を堪えるようにボクに教えてくれた。……やっぱり、瑠璃は……馬鹿だ…………っ。そんなに信頼して……ボクがそうする保障なんてどこにも……っ!


「瑠璃お姉様は……お姉様のことをとてもしんじてて……璃音たちをかならず助けてくれるって……っ」

「瑠璃お姉さまがいっしょにいた時は……いつもお姉さまのいろんなお話をしてくれました。本当に……やさしい、瑠璃お姉さまの1番のともだちだって……」


「……瑠璃…………っ、お前ってやつは……っ!」


 ……こんなにも…………ボクを、信じていたのか……瑠璃。こんな所にいるボクを過度に信頼して…………お前は……お前は…………っ!


「もう…………分からないよぉ………」


 収まったと思った涙が……また溢れてきた。失ったものの大きさが───奪ったものの大きさが……ようやく分かった。今さら分かった。


 瑠璃を馬鹿馬鹿言ってきた……ボクが1番『馬鹿』だった。


「……瑠璃お姉さまは言ってました。『天音は瑠璃を殺すけど……絶対に恨んじゃだめ。天瑠と璃音を助けてくれるためだから』って…………っ」

「瑠璃お姉様は……っ、お姉様のことをずっと……しんじて…………っ」


 聞けば聞くほど……自分にも腹が立った。気づけば……ボクは立ち上がって声を荒げていた。


「……お前らはどうなんだよ……っ、ボクはっ!瑠璃を殺したんだぞ! 2人の……目の前で……っ。なんとも……思わないわけがないだろ!? ……あっ……」


 ───やってしまった。


 辛いのは……2人だって同じなのに、ボクが怒鳴ってどうするんだよ……っ。そんな後悔が募った。

 それに……天瑠も璃音も泣かせてしまった。


 瑠璃……っ。本当にボクは……この2人を育てられるのかよ…………っ。


 …………そう思っていたボクを不意に誰かが抱きついた。───真っ黒な髪をサラリとさげた……璃音だった。


「つらい……です。瑠璃お姉様を……ほんとうは返してほしい……っ」


「…………っ」


「でも、瑠璃お姉様は……さいごまで……ずっと璃音たちを見てくれていました…………璃音は……瑠璃お姉様が信じていたお姉様のことを信じます……やさしい……お姉様ですから」


 そう言って、璃音はボクの涙をそっと拭ってくれた。…………ボクよりもずっと気をしっかり持ってる強い子だって……思った。

 多分……7歳か8歳だと思う。ボクが……ここに来たときと同じくらいの歳なのに……本当に強い子だ。


 その一方、髪を1つに結んだもう1人の子───天瑠はやりきれないような表情でいた。


「…………天瑠。言いたいことは言って欲しい。……辛いまま過ごすのは嫌だろ?」


 そう言うと、天瑠はゆっくりとボクの目を見るとゆっくり口を開いた。


「……天瑠は璃音の双子の姉です。璃音がそう言うなら……天瑠はなにも言わないです。けど……お姉さまをみとめたわけじゃないですから」


 少しぷいっとそっぽを向く天瑠。……これがまだ普通の反応だと思う。……大好きな人に自分を殺す人を信じてと言われても……そう簡単には出来ない。


 だけど……それだけでよかった。


「……天瑠、璃音。約束しよう。ボクは絶対に……2人を強くする。ボクなしでも生きていけるように…………でも、本当に苦しいから、覚悟はして? ……辛いかもしれないけど、ついてこれるか?」


「はいっ」

「…………はい」


 そうして……ボクと天瑠、璃音は3人で約束を交わし、地獄のような練習を始めた。

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