大好きだよ



「……ねぇ、クロ?」


「あ? どうした、瑠璃?」


「…………やっぱり、名前教えてくれないの?」


 あれから半年、ボクと瑠璃はずっと一緒にいた。

 たまにこうやって、名前を聞いてくるが……ずっと黙ってていいのか、分からなくなった。


 ……でも、瑠璃は……あいつらのような人じゃない。だったら…………


「……そっか。ご、ごめんね……えっと……」


「──あまね」


「えっ…………?」


 こんな悲しそうに言われたら……なんだか、これ以上隠すのも悪い気がした。そして、ボクは……この名前を何年ぶりか口にした。


「升谷天音、これがボクの名前」


「ますたに……あまね…………あまね……」


 びっくりしたように何度もつぶやく瑠璃。……確かにいきなり言われたらびっくりするかもな……。


「…………クロ、」


「……何だよ」


「ありがとっ」


 ボクは───瑠璃がこんなに笑ったのを初めて見た気がした。

 名前を言っただけで、そこまで嬉しそうにするなんて…………


「……変なやつ。あっ、」


「あ〜、ひど〜い!」


 いつも以上に機嫌がよさそうな瑠璃を見てて……なんだか、ボクまで笑ってしまいそうになった。

 ひとしきり笑った瑠璃は急にボクの手を握った。


「……ねぇ、クロ───ううん、天音」


「どうしたんだよ。急にかしこまってさ」


「ありがとうね、名前を教えてくれて」


「…………ほんと、変なやつだな。ほら、さっさと寝るぞ」


 今日はなぜか、くたくただったボクは、ベットで丸くなると死んだように眠りについた。


「─────本当に、ありがとう」


 そんな言葉が…………微かに聞こえた気もしながら。


 瑠璃は────本当に、変なやつで変わり者だった。


 本当に…………あいつは馬鹿だ。なんで……睡眠薬なんていれたんだよ…………っ。






 次の日────目を覚ますと……瑠璃はいなかった。


 ────────────────────


「…………バカ野郎……っ。お前、なんて事をしてくれたんだ…………っ」


 3日経っても……瑠璃は帰ってこなかった。

 そしてついに……組織から裏切り者とみなされ、No.4『ラピスラズリ』の抹殺指令が出された。


 ボクは…………覚悟を決めないといけない可能性が出てきた。だけど…………簡単には決められなかった。


 決められるわけがない。


 部屋に戻ると……途端に力が入らなくなって膝から崩れ落ちた。


「瑠璃……っ。何があったんだよ…………」


 あの日の夜……今でも、あの時の瑠璃のことははっきりと覚えている。だけど…………っ。


「瑠璃…………。なぁ、お前……あの日なにを思ってたんだ? 何かあるなら……相談しろよ……っ。一緒にって言ってた奴が……なんで1人でどっか行っちまうんだよ…………」


 瑠璃は……ここまでしてなにをしようとしているのか。…………いや、そもそも────


「ボクじゃ……だめだったのか? なんでだよ……瑠璃だって分かってたんだろ…………? こうなるってさ…………、あ〜〜くそっっ!!!」


 きっと…………これから黒雨組全員が瑠璃を殺そうと探し回る。他人に……他人如きに、あいつを……殺されるなんて絶対にされてたまるか。


 他人に殺されるくらいなら………ボクが………ボクの手で────────
















「殺してやる……………………っ」


 ────────────────────


「お〜い、2人とも来て?」


「は〜い」

「はいっ」


 瑠璃が2人を呼ぶとすぐに元気な声でやってきます。この2人が……今後生きていくには……瑠璃では力不足です。


 なので…………託すことにします。


 瑠璃の1番大切なものを、1番信頼出来る人に。



「大事なこと話すからよく聞いてね?」


「分かりましたっ!」

「分かりました!」








「瑠璃ね、……そろそろ、2人とお別れしなくちゃいけない。もう、2度と会えなくなる」


「………ぇ?」

「えっ…………」


 この子たちを助けられるなら……瑠璃の命



 ────どうか、持っていってください。


 ────────────────────


 1週間後、一切見つからなかった瑠璃が発見されたと連絡が入った。見つかったのは……すぐ近くの山の洞穴だということだった。


 組員を2人殺して……まだそこに潜伏してるとのことだった────、


 すぐさま、抹殺隊が組まれた。

 ボクの知らないところでやってるつもりらしいが、こちとら黒雨組No.2『クロ』だ。甘く見ないで欲しい。


 その情報を聞いたボクはいつもの武器を持って飛び出した。『あそこ』なら………ボクも知っている。他のやつに……瑠璃を殺して欲しくない。


「はぁ、……はぁっ、……瑠璃…………っ」


 ……確かに、最初はうざったくて、殺したいとも思った。でも……あいつは、あいつ『だけ』はっ、このクソみたいな組織の中で違った! なのに…………なのに!




 なんで瑠璃が殺されなきゃいけないんだよ………っ!!




 息を若干切らして到着すると、他の組員が何人かその穴の付近に待ち構えていた。ボクに気づいた奴らは頭を下げてくるが、そんなのどうでもいい。


 もう少しで、勢い余って皆殺しにしてしまいそうだった。だが、そんな時間も惜しい。あの抹殺隊が来る前に終わらせないと………。


「てめぇら…………ボクが出てくるまで誰もいれるなよ。入れたら無条件で皆殺しにする! No.2『クロ』の特権で!!!!」


 洞穴の奥まで叫ぶように、山に自分の声を響きわたらすと、固まるやつらを置いてその穴の中を一気に走っていった。








 瑠璃がいる、その所へと────。


 ───────────────────


 少し進むと、灯りが見えてきた。もう、足音も出してるからきっと瑠璃は分かっている。


「……おい、瑠璃!!! いるなら返事しろ!」


「…………そんなに怒鳴らないでよ、天音」


 優しい声が……奥から聞こえてきた。

 さらに進むと、岩盤の上に真っ白なシーツを被せたところに瑠璃は正座で座っていた。


 見た瞬間に────考えが確信に変わった。

『瑠璃』は………『殺される』ためにここにいると。他ならぬボクに───だ。


 もう…………我慢の限界だった。


「ふざけんなよ……っ。なんでお前は……っ! こんな事をして……死のうとするんだよ!? 何かあるならボクに言えよ!? なんで………っ」


「天音……瑠璃は待ってたよ。あなたがずっとここに来てくれるのを。……やっと、待った甲斐があったよ〜」


「おい……どういう、」


「じゃあ……出てきて『天瑠』、『璃音』」


「………」

「………」


 出てきたのは……まだ小さい女の子2人だった。

 それに……

『天瑠』───あまる、

『璃音』───りね、


『天音』───あまね、

『瑠璃』───るり、


 っ、もしかして……っ!


「まさか………っ!?」


「そうだよ。この子達の名前をつけてあげたいと思ったんだけど、瑠璃はあまり考えるのは苦手だからね……えへへ。だから、瑠璃が1番好きな人の名前と瑠璃の名前を使おうと思ったんだ〜。だから……瑠璃はどうしても天音の名前が聞きたかったんだよ」


 もう────生きることを諦めたような表情で笑っている瑠璃を見てて……たまらなく辛かった。

 気づけば……ボクは…………瑠璃に抱きついていた。


「こんな事をしなくても……もっとやり方があっただろうが…………っ」


「……ううん、だめなんだよ。この子達は……元々、瑠璃と天音で壊滅させた組織にいた子達だから…………天音でも分かってるでしょ?」


「…………じゃあ、なんで……この2人を助けるために瑠璃が犠牲になろうとするんだよ!!」


 黒雨組は潰す相手は誰であろうと皆殺しにする。女だろうと─────。

 それだったら、なおさら……敵を助けようとする瑠璃の思いが全くわからない。すると、瑠璃はゆっくりと口を開いた。


「……瑠璃もそうだったから。瑠璃もね、ずっと1人だった所をある人に助けてもらったんだよ。……名前は教えてもらえなかったかな…………でも、黄色の目がとっても綺麗な人だった。瑠璃を命懸けで助けてくれた。だから……今度は瑠璃が助ける番だって」


「瑠璃……っ、だったらその命をなんで捨てようとする……っ! 瑠璃を助けてくれたって人が聞いたらどれだけ悲しむか分かってるのか!?」


 叫ぶように訴えるが……璃音はもう……覚悟を決めていた。


「瑠璃は1人、天瑠と璃音は双子の2人。1つの命で2つの命を助けられるのなら、きっと、今もどこかにいるあの人は分かってくれるよ」


「馬鹿だ……瑠璃は馬鹿だ……本当に馬鹿だ……っ!」


 自分の命と他人の命を釣り合わせて他人の命を取る。…………それがどれだけ馬鹿で……愚かで……。


 泣きたくもなる……泣けるなら…………泣いてしまいたい。けど……あの日からボクは……ただの1度も泣いたことがない───いや、泣けなくなった。


 こんな時にでも……泣けない自分を殺してしまいたくなった。


 そんなボクとは対照的にさっきの女の子たち───天瑠と璃音は後ろから瑠璃に抱きついてポロポロと涙をこぼしていた。


「お姉…さま……っ、いかないでください……っ」


「天瑠は……お姉様とずっと、一緒に……っ」


「天瑠……璃音…………」


 瑠璃は一旦、ボクの手を離すと、振り返って2人を思いっきり抱きしめていた。


「天瑠、璃音、この子が……いつも言っていた天音だよ。瑠璃の1番の人。…………あっ、そうだ。天音───いや、この場合は……No.2『クロ』と言った方がいいかな? 瑠璃の……最期のお願い、聞いて?」


「っ、…………わか、った……っ。なんでも……っ、いくらでも言え! 全部、ボクが聞いてやる!!! 助けて欲しいならボクが……外の奴ら全員ぶっ殺してでも助けてやる! No.2だぞ……ボクは…………っ」


 その地位を取るくらいに強くなった。こんな時に動けないで、何が────


「…………クロだって分かってるでしょ? もう……この周りには多分、何十人もいる。瑠璃と天音だけなら……もしかしたら助かるかもしれないけど、今は天瑠と璃音もいる。いくら……クロが強くても、今回は無理だよ」


「くぅ……っ!」


「だからね、瑠璃からのお願いは……一つ。天瑠と璃音を目にかけてあげて? これは……クロにしか出来ない」


 もう────抗おうと思っても、抗えなかった。それが悔しくて……情けなかった。

 でも……瑠璃のこのお願いは……守らなくちゃいけない。

 唇を強く噛みしめ頷くと、瑠璃はすごく安らかに笑っていた。


「ありがと……天音は優しいね。じゃあ……天瑠、璃音。分かってるね?」


「はい…………っ」

「はい……っ」


 2人は立ち上がるとボクの前にやってきて……ボロボロ泣きながら頭を下げてきた。


「お願いします……」

「天瑠たちを……どうか…………っ」


 ……っ、…………っ! 言葉が……出ない……っ。

 きっと……『瑠璃を殺さないで』って言いたいはずなのに……っ。

 けど……それをしないのは、ただ……瑠璃が2人の事を本当に大切にしてることを知ってるからだと思う。


 そんな2人の前で……ボクは……本当に…………瑠璃を殺せるのか?


「2人とも……分かってるのか? ボクは……今から…………っ、仇になるんだぞ? それを分かって────」


「それ以上言わないで!!」

「それ以上言わないで!!」


「天瑠だって……っ、いやだ……っ」

「璃音だって…………お姉様に会えなくなるのはいやだ……っ!」


 怨みにも似た視線だった。……あぁ、くそ……っ。ボクは…………あいつと一緒になるのか……。


 けど、2人はそれきり弱音を吐かなくなった。


「お姉さまは……、お姉さまは!!」

「璃音たちを……助けようと…………ずっと前からこうしようって…………っ」


「天瑠っ! 璃音っ! 余計な事を…………」


「おい……瑠璃、どういう事だよ……お前、もしかして……ずっと────っ」


 だとしたら……瑠璃は本物の馬鹿だ……。ずっと……この状況を作るためにボクに名前を聞いていた事になる。それなら………っ!


「──────天瑠もね、璃音もね……こんな頑張ってるけど、もう体力が限界なんだよ? これ以上は……2人とも死んじゃう。だから、最後の最期に天音の名前を聞けて……本当に……っ、本当に、良かった!」


「…………っ!」

「っ、」


 涙混じりの瑠璃の声は……力強くて……誰よりも頼れる。こんな人に…………もう……ボクは出会えない。


「さぁ、天音……やって? 天瑠と璃音のためなら───この命、この思い、2人のことも、全部……全部、天音に託せる。天音なら……っ、瑠璃の全部をっ!」


 精一杯の……瑠璃の笑顔に………頬になにか伝うのを感じた。確認しなくても……分かる。


 やっと…………泣ける…………っ。


 そう思ったら……もう止まらなかった。涙が……溢れてきて、視界がぐっちゃぐちゃになった。感情が……3年間閉じ込めた分が吹き出るくらい……泣いた。


「ボクは……っ、瑠璃を……他の、誰かに……っ、殺されて、欲しく……ないっ! だから……うぅっ、ごめんなさい……ごめん、なさ────」


「天音……本当に優しいね。瑠璃は天音が大好きだよ。だから……瑠璃の大好きな3人の前で最期を迎えられるなら、こんなにいい事は……ないよ……っ」


「お姉様ぁ……っ!」


「お姉さま…………っ」


 ───────────────────


 長くない時間の中……ボクと瑠璃、天瑠と璃音の4人はひたすらに泣いた。苦しくて……辛くてたまらなかった。


 けど……今ここでやらなきゃ……瑠璃の思いが全て無駄になる。


 だから……………殺すしかない……っ!!!


「……瑠璃、覚悟は出来てる?」


「うんっ、……あっ、じゃあ……最後に皆んなに一つずつ言わせて? ……天瑠、」


「はい……お姉さま……っ」


「璃音と……仲良くしてね? 後のことは、天音が全部やってくれる。だから、この子のことを信じてあげて?」


 天瑠は泣き崩れながら瑠璃の言ったことを何度も……何度も頷いていた。


「……璃音、」


「はい、お姉さま……」


「もし、辛くなった時は、天音になんでも頼るんだよ? 天音は……瑠璃の1番好きな人だから、ね?」


 璃音は顔をくしゃっとさせながら、ずっと瑠璃の顔を見続けていた。……強くあろうとしているけど……本当は璃音だって泣きたいはずなのに……。


「……そして、天音、」


「……うん」


「この半年……本当に楽しかった。瑠璃が生きてきた人生で1番楽しかったよ?」


「っ! ボクは……っ」


 こんな事になるって知ってたら……ボクはもっと仲良くしたかった……っ。後悔が……後を絶たなかった。


「強がっているけど、本当は優しくて……でも、寂しがり屋で……そんな天音が…………、






 大好きだよ」


「っ、瑠璃……っ!」


 瑠璃は……それきり…………何も話さなくなった。

 ただ…………ボクの目の前で首を出している……それだけだった。


 後ろで……怒号も聞こえる。そろそろ……あいつらが入ってくる。時間も……もうない。


「瑠璃……せめて、楽に……眠って?」


 ナイフを……両腰から抜く。狙うのは……瑠璃の首。


「うんっ、天音……天瑠……璃音。瑠璃は……今、すごく幸せだよ。3人の事はずっと、天国から見守っているからね? ずっと……側にいて見守っているからね?」


「はい……っ」

「はいっ……!」


 ボクは……ナイフを思いっきり振りかぶった。

 丁寧に……綺麗に……ボクの3年間を…………瑠璃のためだけに全部使って────。





「瑠璃…………さようなら」


「────ありがと」


 それが…………瑠璃の最期の言葉だった

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