?覚悟の強さ?vs¿覚悟の強さ¿

「あれが…………?」


「そうにゃ。あれが、由莉ちゃんの中にいた……本物の───いや、もう1人の由莉ちゃんだにゃ。あの時、由莉ちゃんを守って……うちを一瞬で負かした子にゃ」


 ───────────────────


 音湖が由莉を殺そうとした時、『誰か』によってそれを防がれ、完膚なきまでに叩きのめされた。


 あの時、音湖は死さえ覚悟した。


 それだけの事をしたんだと、甘んじて受け入れるつもりだった。

 だが───返ってきたのは予想外の言葉だった。




〈音湖さんが……『私』のことに気づくなんてびっくりですよ〉


「っ!?」


 喋っているのは……間違いなく由莉だ。だが……音湖にはすぐに分かった。

 この子は『由莉ちゃん』ではないと。


「……誰にゃ?」


〈も〜……私は大羽由莉ですよ? 音湖さんの事もよく知ってます。だって……私ですから〉


「……なるほどにゃ〜やっぱり……そういう事かにゃ」


 音湖が呟くと、視界の端でほんの少し見える由莉の顔が笑っている気がした。

 それで音湖は確信した。由莉には……その裏にいる『由莉』が支えていたんだと。

 そうしていると、由莉がさらに耳元まで近寄る。


〈それと……音湖さんにお願いです。この事は……『この子』には話さないでくれますか? それで、貸し借りなし。……だめですか?〉


「……この状況でうちに決定権なんてないにゃ。いいにゃ、そうすると誓うにゃ」


〈それ、なら……よかっ……────〉


 そうして、由莉は力尽きたように倒れたのだった。



 ──────────────────


「確かに……あれは……死線を潜ってきた人にしかないにおいがしますね」


「あっくんだって戦ってみれば分かるにゃ。正直、勝てる気がしなかったにゃ。うちとあっくん2人がかりで……勝てるかどうかにゃ」


「…………」


 阿久津も今の由莉を見て音湖の言っていたことがなんとなく分かった。


 ───これは勝てない、と。

 そして、今であれば天音を確実に倒せる、と。


「……それに、天音さんを変えられるのは……間違いなく由莉さんだけでしょうね…………」


「まぁ、そうだにゃ。……どちらにせよ。うちらは由莉ちゃんを信じて見守るのが1番にゃ。……マスターもそれでよろしいですかにゃ?」


「───あぁ、そうだな」


 ────────────────────


「くぅ……っ、」


 肩が……重い。米俵を肩に載せているような気分だ。

 そして……今の由莉と対峙して天音は直感した。


 気を抜けば…………こいつに殺される、と。

 だが……やられるわけにはいかないのだ。


(あいつを……殺さないと……っ、相討ちになってでも殺さなきゃ……いけないんだ……っ! ここで……死ぬ……わけ、には………………)


復讐心を滾らせていた天音だったが、ふと、ある事を思い出した。

2人の……自分を慕っていた女の子を。


 ───お姉様! いってらっしゃい!

 ───お姉さま! また一緒に!


そうだった───大切なものが……あったんだ。

だから……天音は1つだけ……


「こんな……っ、ところで……やられて……たまるかぁぁぁぁぁーーーー!!!」


 血を流しながら奮い立たせるように天音は叫ぶ。

 大切なものの為にも死んでたまるかと。

 両親の為にも……必ず復讐してやると。


 ……そんな叫びを由莉も黙って聞いていた。その中にある覚悟も感じ取っていた。だが、由莉だってやられるわけにはいかない。

 それに……話を聞いてもらわない事には何も始まらない。そして、今の天音には何を言っても落ち着いてくれなさそうだと由莉は判断した。


〈気絶させるしか……ないかな〉


 痛い思いをさせてしまうが、仕方ないと由莉はもう一度ナイフを構え、攻撃の機会を狙っていた。

 そして天音も右腕をだらりとさせ、左手でナイフを構える。




 そして、天音は───笑っていた。


〈───?〉


「やっぱ止めだ。ここで死ぬなんてまっぴらだ。だから……全員殺して、生きて帰ることにするわ」


〈……出来ると思ってるの?〉


「当たり前だろ?」


天音が捨てたもの、それは───自分を犠牲にする気持ちだったのだ。


 怒りに支配されていた今までの天音とは明らかに違う───由莉と……ほぼ同等の覚悟を持った天音。

 さっきまでのように……とは行かなさそうだと、由莉は一層の注意を天音に向けるように睨んでいた。


〈…………〉


「…………」






    ────静寂が漂う────






 お互いの視線が絡み合い、攻撃の隙を測る。

 瞬き一つすら命取りになる。


 決して隙を見せてはいけない。


 お互いの吐息の音まで聞こえてくるまでに集中された世界、2人だけの世界。


 吸って……


 吐いて……


 吸って……


 吐いて……




 ────吸って、


〈っ!!〉


「っ!!」


 地を蹴るタイミングは同じ!

 2人の間の数メートルなんて無いにも等しい。

 先制するように由莉がナイフを肩を狙い突き出す。



 だが───ここから天音が今まで見せてこなかった力を出し始める。

 突き出されたナイフを僅かな長さのナイフの腹に当てると、その力を外に受け流した。


〈………っ!〉


 攻撃の方向がヌルッと変えられたようで思わず面食らってしまう。

 天音がカウンターと言わんばかりに由莉の左肩を貫かんとするも、体を限界まで捻らせ攻撃範囲からすんでのところで回避する。

 そこから、左足を軸にその遠心力を込めた渾身の中段蹴りを天音の脇腹にくいこませた。

 避けれない、と天音は自らの体を右に反らしながら受ける事で、ダメージを軽減し、その勢いを自身のバク転によって上に力を逃がす。


「絶対に……殺す!!」


 獣のように手足4つを地面に付けた天音は超低姿勢のままに一気に加速する。


 ───速い!


 その反応に一瞬遅れ、懐への侵入を許してしまう。左手を唸らせて由莉の腹に拳をねじ込ませる。


 ───させて……たまるかぁ!


 ほぼ同タイミングで由莉は右足を振り上げ、天音の顔を蹴り飛ばす。


「ぐぅっ!」


〈うぅ……っ!〉


 渾身の拳と渾身の蹴りを喰らいあい、互いに後ろへとたじろく。


「取るんだ……絶対! パパとママの仇を、ここで!」


 気力を振り絞るようにして真っ先に立ち上がった天音は由莉に一気に詰め寄る。

 だが……由莉だって簡単にはやられたりしない!


〈っ、させない!!〉


 お互いの魂をぶつけ合うようにナイフとナイフが鍔迫り合う。本来なら由莉が圧勝出来る場面だが……天音は負けなかった。

天音の覚悟が……持っている力以上の力を発揮させていたのだ。


「ここで殺らなきゃ……5年間……この時を待ってたんだ!」


〈せめて……マスターと話してからにして!〉


「人殺しに……聞く言葉なんてねぇよ!!」


〈ぐ……っ!〉


 金属音を響き渡らせ鍔迫り合いを解いた2人は再び互いの想いをぶつけ合うように衝突した。


「てめぇこそ……っ、なんで人殺しの味方をする!」


〈いなかったら……っ、私は死んでいた! マスターは私の命を救ってくれたんだ!!〉


 天音の叫びに由莉も叫びで返す。由莉だって、話を出来るのなら天音としたい。それで分かってくれるならと、ナイフと拳、そして蹴りの応酬を繰り広げながら互いの想いをぶつけ合う。


〈復讐して……天音ちゃんはその先どうするの!〉


「んなもん知るかよ!! こんな所でうじうじしてると……あいつらが!」


〈天音ちゃん分かってるの!? 天音ちゃんを助けてから……半年経ってるんだよ!?〉


「なっ!? だったら……尚更、こんな所で止まってられるかよ!!!」


 天音の掌底が由莉の胸を突き、回し蹴りを溝尾に叩き込もうとする。

 それを腕をクロスさせて受けると、その足を掴み、もう片足を思いっきり払い地面にたたき落とす!


「かはっ……!」


〈それだったら、その子達もこっちに来させればいい! 私は天音ちゃんとずっと一緒にいたい!〉


 息を上げ苦しそうにしている天音に由莉も全力で叫ぶも、天音は掴まれていることを逆に利用し、体を引き込んで右足を腹に突き立てる。


〈ううっ!?〉


「人殺しと一緒に住めと? 馬鹿にしてんのか!? そんな事、お前なんかに言われたくねぇよ!」


 由莉は痛みで手を離してしまい、その一瞬の隙を突かれ、天音のナイフがジャージを突き破り右肩を切り裂いた。

 鮮血が飛び散り、由莉は顔を顰めて腕を抑えながら後ろに跳ぶ。


「ボクは……っ! 絶対にこの男を殺す! 殺さなくちゃいけないんだ!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る