?助けたくて?殺したくて?

「私は天音ちゃん……あなたを止めるよ。なんと言われてもいい。私の行動が矛盾してる事だとも分かってる。……それでも、私は大切な人を守りたい。その中には……天音ちゃんも入ってるんだよ!」


「…………うるさい」


 なぜか……天音の心に少しはその言葉が突き刺さった。だが…………


 天音の怨みはそんなもので済まされなかった。

 そんな言葉だけで、止められるほど5年の中で積み上げられた殺意は収まらない。


「お前に……理解されてたまるか……っ。お前なんかに!!!」


 天音が駆け出すと同時に由莉も駆け出す。

 距離が瞬時に0へと至り、突き出された互いの刃が交錯する。

 天音も相当な力だが、それでも由莉には勝てない。なんせ、由莉はいつもえりかの倍以上の重りを持って運動していたのだから───、


 力勝負で分が悪いと感じた天音は左拳を由莉の頬に放つ。

 由莉はナイフをその腕につき刺せば済む話だった。だが…………由莉には出来なかった。もし、それで腕を一生使えなくさせてしまったら、天音が落ち着きを取り戻した所で由莉は一生その罪悪感に苛まれてしまう。それをなにより恐れたのだ。


 だからこそ、


『由莉は自身の最大の良さを最大の弱点として利用された』


 天音はそれをいい事に、全体重を乗せた隙だらけのストレートを頬に叩き込む。

 骨の軋む音が響き、由莉は若干意識を持っていかれかけた。


(くぅ……っ!)


 だが、由莉だって、黙ってやられるわけにはいかない。

 渾身の蹴りを天音のがら空きの大腿部へと打ち込んだ。

 避けられないと察した天音は歯を食いしばってそれを受け止める。

 普通の女の子と思えないような蹴りに天音は顔を顰めるも、未だ鍔迫り合うナイフを一気に手首を捻らせて裏に回り込むと手首を切りつけようとする。

 手首の動脈を切られればそのまま多量出血を起こし、最悪の場合死に至る。

 由莉は受けるはずもなく、左手で手首を殴り軌道をずらす。

 そのまま体を天音の周りを沿うようにして側面に回り込むと脇腹の少し上の辺りに容赦なく肘打ちをかました。


 鈍い音が響き、想像を絶する痛みをねじ込まれた天音は思わず後ろによろけた。


「てめぇ……っ!」


「私は天音ちゃんを殺すつもりはない。……けど、殴ったり蹴ったりする事が出来ないって思ってるならそれは違うよ?」


「ちぃ……っ!」


 殺しはしない、だが、容赦もしない。その中途半端な由莉の姿勢に天音の苛立ちはピークを軽く突破されてしまった。それがかえって冷静さをもたらす事になってしまった。

 そして、天音は認めざるを得なくなってしまった。……由莉は簡単に殺せるような相手ではないと───。


 ───本当はあいつを殺すためのとっておきだったが……もういいや


 そして、あと4人殺すことを考えると、これ以上体力を使うのはかなりまずいと判断した。

 最早なりふり構ってられないと、天音は自身の奥の手を使うことにした。

 ナイフを左手に持ち替え……床を滑走するかのように走る。そのまま構えているナイフのリーチ内に入った瞬間に、攻撃すると見せかけて一気に後ろへと跳ぶ。

 この技術で今まで大量に人を殺めてきた天音はこの一撃で由莉を殺すつもりだった。



 だが…………一瞬止まった間に由莉の顔を見ると……目を見開いた。


 ───……どういうつもりだよ。なんで……『目』を閉じている!?


 ───それを使うって……分かってたよ。天音ちゃんを止めるために……えりかちゃんに何十回も何百回も見せられてきたんだから


 ……由莉は信じたのだ。

 天音という1人の少女を、元はえりかとして生きていた天音を心から信頼した。


 だからこそ、由莉は目を閉じることが出来た。


 その一瞬の隙、後ろに跳んでいるその間に由莉は一気に天音に詰め寄ると、驚愕で硬直している天音の手首を捕まえて抱きつくように足を外側から絡め、後ろに倒した。

 天音の背中を床に付けさせたのとほぼ時を同じくして素早く両足を肩を押さえつけて完全に身動きを封じた。


 天音は抜け出そうと暴れるも、由莉が完全に抑えているおかげで身動きが取れなくなってしまった。

 憎くて憎くてたまらない、殺したくて……たまらない!

 なのに、今目の前にいる少女は自分の復讐を邪魔しようとし、挙句の果てに自分を殺さないと来た。


 天音にはその精神が我慢ならなかった。


「お前は………っ、一体何がしたいんだよ!! ボクの気持ちも知らないくせしてなんで……っ、邪魔をするんだよ!!ねぇ!?」


「ねぇ……お願いだから落ち着いて話を聞いて? ……天音ちゃんの言ってることは本当なのかもしれない。マスターの反応が少しおかしいし……けどね、もし……本当にマスターが天音ちゃんのパパさんとママさんを殺そうと思って殺したなら、天音ちゃんを知ってもあそこまで狼狽えないと思う」


 由莉の抱えていた不信感の理由はそこにあったのだ。

 一見、天音の発言とマスターの反応は合っているように見えるが、実際は完全におかしいと由莉は感じていたのだ。


「だから……ね? マスターの話も聞いてあげてほしい……。聞いてあげるだけでいいから……」


 それだけでも、2人のあいだの隔たりはほぼ無くなると思ったのだ。もし、本当にマスターが天音の仇なら……その時は、それでも止めよう。そう考えていたし、由莉としてはそれがお互いのためになると───そう考えていた。だが、そこで1つの事実を由莉は忘れてしまっていた。





 この数十秒間、天音は一言も話していないのだ。


「ね? 天音ちゃん、おねが……」


「ぺっ!」


 由莉が心からお願いしようと天音の顔に自分の顔を寄せた……その時、



 視界が真っ赤に染まった。


「っ!? 前が……見えない……っ」


 天音は自分の口の中を噛み切り、血と唾を混合させた粘性の流体を作っていたのだ。

 由莉は完全な目くらましをくらい、押さえていた力が一気に抜けてしまう。

 それを狙っていた天音は強引に由莉を突き飛ばすと今度は天音が由莉に馬乗りになった。


「そうやって、復讐をやめさせようとしてるんだろ。魂胆がみえみえなんだよ。……馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」


「がはっ……うぐっ……っ。やめ……て………っ」


 馬乗りになった天音の膝が容赦なく由莉の腹に食い込む。横隔膜がやられ、呼吸もままならなくなってしまったが、続けざまに2回目が飛んできた。


 3回、4回、5回……………


 何度も何度も、痛めつけるように蹴り続ける天音は由莉の涙を流す様子も気にせず、ひたすらに蹴り続けた。


腹が立った。

殺したくなった。

ムカつく。

何度だって殺したい。

つ殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺しらたくて殺したくて殺したくて殺したくて殺しくたくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺てしたくて殺したくて殺したくて殺したくて

………たまらないのだ。





 ───狂いそう…………っ

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