音湖と阿久津
「…………なんでにゃ、なんでそんなものをうちに使ったにゃ。バレればあっくんも2人から嫌われるにゃ……それに有り得るわけないにゃ。一度に……5人もAB型が揃うなんて……そんな偶然、あるわけが……」
「それがあるんですよ。実際……由莉さんもえりかさんも血液検査をしたら両方ABのrh+でした……5人全員なんて確率にして10万分の1ですよ? 偶然すぎますよね」
阿久津もやった時は驚きを隠せなかった。少し前にそんな検査をして、由莉とえりかから輸血する時と同じずつの血液を貰っていたのだ。
「その時、2人に輸血の事を勧めた時、なんて言ったと思いますか?
由莉さんは『私のこんな少ない量の血で誰かが助けられるなら……本当に嬉しいし、そんな人に私なんかの血で助けられるなら使ってください』、と。
えりかさんは相変わらず由莉さんがそう言うならと言っていましたが……『わたしが誰かを支えられるならそんなにいいことはないです』とも言ってました。今、音湖の中には……自身と、私とマスター、由莉さんにえりかさん、5人の血で支えられているのをわかってください。……ねこ?」
そんな事を話しているのを聞いていた音湖はもう顔をくしゃくしゃにしながら泣きじゃくっていた。
「……うち、とんでもないことをしちゃったにゃ……っ、ただ自分の考えを確かめるために……何も考えずに由莉ちゃんを殺そうとして……っ」
「……ねこ、初めて泣きましたね」
阿久津は少しだけ驚きはした。知り合って5年以上経つがそんな中で初めて音湖が泣いているところを見た。本当に……子供っぽい泣き方をしていた。
「ぐすっ……あっくんはなんでそんなにうちの事に気にかけてくれるようになったにゃ? いっつも喧嘩って名前の殺し合いをしてたのに……」
「……はっきり言えば……今だって、ねこの事は嫌いです。性格も合わなければ、考えも合わない、ねこと暮らした時期は最悪でしたよ」
「……分かってるにゃ……そんなこと」
「ですけどね……仲間としては好きなんですよ」
「それも知って…………えっ?」
音湖は目元を赤くしながら阿久津の方を見た。あまりに衝撃的で天地がひっくり返るのじゃないかと思ってしまった。
「馬鹿で、それなのに私と互角に渡り合えて、本当に馬鹿で……」
「……どれだけ馬鹿って言うつもりにゃ?」
「ねこは馬鹿なんだから仕方ないですよ。それでも、味方としてはマスターを除いたら1番頼り甲斐があるというのは……認めていますからね?」
……やっぱり阿久津は変わった、そう音湖は思わざるを得なかった。そんなこと、以前なら絶対に口にしようとしなかったはずなのに……
「あーだめにゃ……もう涙止まりそうにないにゃ……っ」
「……ハンカチをあげますから吹いてください。人に見せられたものじゃないくらい酷い顔をしていますよ」
少しぶっきらぼうに阿久津はそう言いつつ真っ白なハンカチを手渡すと、音湖は顔全体を包むようにして覆った。自分の感情が抑えきれなくて何もかも言ってしまいそうになるくらいの自分を閉じ込めるように―――。
★★★★★★★★★★★★★★★★
「……いいのですか? それでは……」
「いいんだにゃ。今……あの子はきっと怒り狂っているし……由莉ちゃんは死の恐怖で動けなくなってるかもにゃ。うちが出る幕なんてないにゃ……だから、うちが死んだことにすれば一時は凌げるにゃ」
落ち着いた音湖は阿久津に今後自分のする事を話すと阿久津は若干苦しみながら判断を迫られつつあった。
この状況を打開するには……えりかの気を落ち着かせるにはこう言うのが1番なのだろう。しかし…………
「それを聞いた由莉さんが今度はえりかさんを恨み、悪い連鎖を引き起こす事を考えましたか? この判断……ねこだけじゃなく、今後の由莉さんとえりかさんの関係全てに関わりかねません。慎重に考えましょう」
「っ、そうだったにゃ……今度は由莉ちゃんが苦しむはめになるにゃ……。あっくん……うちは馬鹿だから……これ以上の案が出せないにゃ。どうすれば……2人が納得のいく終わり方が出来るにゃ?」
……条件は2つ、①えりかの殺意を抑え込むこと、②由莉の精神が不安定にならないような理由を考えること。だが……この2つを満たすのは困難を極めた。①を満たす条件は『音湖の死』ただ一つ。だが、嘘でもそう言えば由莉がどんな反応を示すか分からない。
「由莉さんは……本当に優しい、だからこそ傷つきやすい。万が一、音湖が死んだと言えば、自分がここへ呼んだことでそうなったと激しく自分を責めるでしょう。最悪、精神の崩壊を招きかねません……困りましたね……」
「……殺そうとするあの子と……優しい由莉ちゃん……対極しすぎにゃ……両方が合点のいく方法なんてあるのかにゃ?」
(……ねこを連れて地下に行くのは論外ですね……えりかさんは聞く限り、今も銃を持っている。ここまでの時間が経ったのにも関わらず、えりかさんが上がってこないのは……由莉さんがおかしくなっているからに違いない……。死んだと言うのも、逃げたというのも恐らくはアウトでしょう……どうすれば…………)
阿久津をもってしても、この状況を解決する方法は分からなかった。どれだけ探そうと明確な解決策が見つからない。砂漠に落とした砂鉄1粒を見つけるようにまでに無茶な事に思われた。
そんな中である一つの提案をしたのは音湖だった。
「あっくん、感情を読み取るのが上手なのはどっちにゃ?」
「分かってるでしょうが、由莉さんです。話し方で感情が分かってしまうのでは? と思うくらいには」
「……あっくん。それなら……ひとつだけ、あっくんの話術と由莉ちゃんの力があれば、もしかしたらって方法は一つだけあるにゃ」
音湖から聞かされたその案は……まさしく妙案だった。上手く行けば起死回生の一打、だが……下手をすれば由莉の破滅を招きかねないものだった。だが、考えつく案の中ではそれが最も理にかなって……いや、理もクソもないような案だが……最善手だった。
「……あっくんの力が何よりいるにゃ。こんな案くらいしかうちには出せないにゃ……どう思うにゃ?」
「…………悔しいですが、それが1番でしょう。……マスターが入れば尚のこといいのですが、今出来るのは……私だけでしょうね」
「由莉ちゃんと……あの子、どちらかに比重を置けばどっちかが崩れる……なら、『どっちも中途半端』にすればいいと思ったにゃ」
2つの案を合わせただけの単純な案だったが……阿久津もそれしか手がないと最終的に結論づけた。
「……乗りましょう、その案に。悔しいですがそれが今出来る最善です。ねこ、今回は貸しにしておきますので困った事があればいつでも頼ってきてください」
「にゃはは……嬉しいけど、今回はうちがしでかした事だから受け取るわけにはいかないにや。……うちが招いた事なのに、あっくんに負担をかけて申し訳ないにゃ。由莉ちゃんと…………えりかちゃんの事をお願いするにゃ」
重い身体を起こした音湖はせめてものと言わんばかりに阿久津の正面で膝まづいた。……音湖なりの精一杯の誠意なのだろう。
「そうですか……でも、任せてください。それでは、ねこは早く行ってください。いつえりかさんが来るか分かりませんし、その傷は応急処置しただけなので病院に行ってください。手は回しておくので、お金は支払ってくださいね」
「……本当に……あっくんは優しくなったにゃ。じゃあ、お言葉に甘えてそうするにゃ。傷も治って暫くしたら電話かけて……もう一度ここに来るにゃ。2ヶ月後、それでいいかにゃ?」
「えぇ、構いませんよ」
そうして音湖はまた涙を零しそうになりながらもう一度、別れる直前に阿久津に礼をするとなるべく急ぎつつ家を後にした。
それを最後まで見届けた阿久津は反対を向くと赤い血痕が続く地下への扉を見た。
「優しくなった……ですか。もしかしたら、そうなのかもしれませんね。……さて、ここからは私の正念場だから気張っていきましょう」
一息いれて覚悟を固めた阿久津はその扉を開き、銀と赤に塗られた階段を1歩ずつ下っていくのだった。
―――えりかと由莉の声がひびくその空間へと
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