由莉は謎を見つけました

 〜その頃、由莉とえりかは〜


「怖い……怖いよ……っ」


 えりかの腕の中で由莉は怯えて小さくなっていた。数ヶ月ぶりに味わう……いや、『由莉』には初めてのナイフで殺される感覚―――今、自分が生きている事への喜びなんて感じること無く、ただあの時のナイフが未だに自分の心臓を貫きそうで恐怖に打ち震えていた。

 そこに今までの由莉の面影は見る影もなかった。


「ゆりちゃん、しっかりして…………っ」


 えりかも必死に由莉の事を呼びかけてはいるけど、由莉の耳には聞こえていないようだった。


「なんで……なんでなの……っ」


 あんなに優しかった音湖が……あんな風に自分を殺そうと殺意の目を向けてきた事が怖くてどうしようもなかった。

 自分が何をしたのか分からなかった。

 考えても考えても理由なんて見つからない。

 そんな思考のループに囚われた由莉は殻に閉じこもったように震えて空言を呟いていた。


「ゆりちゃん…………っ!」


 ―――許さない……ゆりちゃんをこんなに苦しめるなんて、ぜったいに許せない……っ! ころしてやる……殺してやる!!!


『えりか』が初めて抱く殺意、由莉の敵への殺意は流れてはいけない何かをえりかに流しこもうとしていた。


 ―――殺す……ゆりちゃんの敵はみんなこの手で殺す……コロス……っ!? だめ……っ、まだ戻ったら……だめ、だか……ら!


「ぐうぅ……っ!」


 殺意の影から忍び寄る魔の手がそっとえりかを包もうとする。たとえ、どれだけ殺意に呑まれようとそこに入ってはいけないことはえりかも分かっていた。

 もし……その場所に入ってしまったら…………



『目の前で苦しんでいる由莉まで殺しかねない』



 そんな確信がえりかにはあった。それだけは何がなんでもだめだと、その手を必死に振り払おうとした。


 ―――まだ……ゆりちゃんといっしょにいたい! こんなに早くお別れなんていやだよ……っ、こんなに……イヤダ……マダ……………


 だが……その手は確実にえりかの奥底へと潜り、『何か』を引きちぎろうとしたその時―――


「いや……行かないで……」


 さっきまで怯えていた由莉の手がそっとえりかの手を握っていた。すると、太陽の光を浴びたかのようにその闇はえりかの中から霧散していった。


「っ! ゆりちゃん……」


「……えりかちゃんまで遠くに行ったらいや……そんなの私、耐えられないよぉ……」


 由莉は閉じこもろうとしていながらも、えりかの声と様子にはっきりと気づいていた。えりかの異変が……遠くに行ってしまいそうなその気配が―――。今は自分よりもえりかの事が何より大事な由莉だからこそ、その負のループを強引に破ることが出来た。

 えりかも本当に危ない所だった。もう少しで再び我を失いそうになる所だったのだ。


「ううん、ゆりちゃんの所にいるから、ね? ゆりちゃんを1人になんてぜったいにさせないから」


「よかったぁ……大事な人が離れていくのは……もう、いやだよ……っ」


 まるで母親や姉に寄りすがるようにえりかのジャージにしがみついて涙をこぼす由莉をえりかは落ち着けるように優しく、由莉がしてくれていたように背中を撫でてあげた。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「音湖さん……なんで私を殺そうのしたのかな……」


 えりかに宥められようやく落ち着いた由莉は考えるのも怖かったが、これを考えずにはいられなかった。だが、えりかはその質問を聞いた瞬間、音湖の名前すら聞きたくないように嫌悪感たっぷりの表情を浮かべていた。


「ふんっ、しらない……っ! 本当はわたしの手で撃ち殺そうとしたのに……っ」


「えりかちゃん……ううん、私はなにも言わない。もし逆の立場だったら私だってそうするのにえりかちゃんを責める事なんて……できないよ」


 えりかの発砲音はあの由莉にも聞こえていた。だが、由莉にはえりかの行動を否定は出来なかった。


「1発肩に当たったけど……たぶん死んでない……ゆりちゃんが……生きてたから、もうそれだけでわたしはなんだっていい。けど……やっぱりねこさんを……殺したい。今だって殺したくて殺したくて……この銃でも、ナイフでも……あの子で狙撃してもいいからこの手で殺したい」


「えりかちゃんは……知り合いを殺すことに躊躇わないんだね……」


「ゆりちゃんを傷つけようとする人はみんな敵だよ……知ってる人でも知らない人でもそんなのしらないっ」


 えりかは自分の持っている銃を握りしめながらそう答えると、由莉も「……そっか」と頷いた。だが、そうする中でも由莉は納得が行かなかった。


 そもそもなんで自分だけが狙われたのか、なぜえりかと自分の2人を殺そうとせずに、えりかをわざわざ戦闘不能にしてから自分を殺そうとしたのか―――。


 ―――なにかある……よね。……音湖さんはなんて言ってた? 何かあるはず。言葉でも行動でも……何かないとおかしいもん……っ


 由莉は直近の音湖の会話、行動を全て記憶から呼び起こした。決して音湖の行動を肯定するつもりはない。むしろ、由莉は音湖が嫌いになりそうになっている。だが、引っかかりを覚えながら嫌いになって、後々それが間違いだった時……自分が平常でいられる気がしなかったからこそ、何かないかと……この違和感が何なのかを……確かめずにはいられなかった。



 ―――悪いけどにゃ、由莉ちゃんには……死んでもらうにゃ


(なんで、悪いけどって音湖さんは言ったの? あの夏祭りで……男達を全員殺した音湖さんがわざわざ本気で殺そうとする相手に言うことじゃない気がする)



 ―――にゃ? 気絶させたと思ったのに……おっかしいにゃ。ま、別にいいにゃ


(えりかちゃんを殺そうとせず気絶させようとしたのは絶対におかしい……誰かに頼まれたらそうするかもしれないけど、音湖さんは私も入っている(?)組織の1人みたいだし、マスターの事を尊敬してるのは言葉ですごく伝わってきた。……もし、私を殺そうとする人……組織がいるとしても音湖さんが聞く理由が分からない……じゃあ、なんでなの……音湖さん?)



 よく考えたら音湖の言動には違和感の塊しか感じられなかった。確かに音湖は由莉を本当に殺そうとしたのは間違いない。それは心臓に突き出されたナイフを見ていた由莉ははっきりと覚えている。それから……それから…………


(あっ…………あれ?)


 そうして、ようやく……由莉は1番重要な事実に気づいた。記憶になくて順序を辿らなければ……絶対に分からなかったこと。忘れてしまっていたこと。


 それは…………






『なんで私生きてるの?』

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