由莉の死

「そろそろ着くかにゃ……あの家に行くのも久しぶりだにゃ。……ここが墓場になっても、うちにとっては悪くないかにゃ」


 胸にありあまる殺意を秘め、腰に見えないようにナイフを付けている音湖は家が見えるところまで既に来ていた。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「やっほー、来たにゃ〜」


 チャイムと同時に聞こえてくる声に由莉とえりかは走って音湖を出迎えた。


「音湖さん、久しぶりです!」

「ねこさんっ、こんにちは!」


「どもにゃ。で、練習の方はどうにゃ?」


「それが……阿久津さん、今までナイフだけで戦ってたみたいで、体術まで加えられてこの1週間で全戦全敗です…………」


 あーーだから由莉は阿久津に勝てたのかと音湖は独り合点すると、とりあえず再び地下室へと向かった。


「ここに来るのも久しぶりにゃ…………」


「音湖さんもここに来たことがあるんですか?」


「とーぜんだにゃ。何年間かはここで一緒に住んで一緒に修行してたからにゃ。でも、すごくあっくんと仲が悪かったから何かある度に喧嘩してたにゃ」


 音湖からまさかの事実を聞かされて、由莉もえりかも驚きを隠せなかった。


「そうだったんですか!?」


「はじめてききました……」


「まぁ、大体はあっくんが勝ってたんだけどにゃ。8:2くらいでしかうちは勝てなかったにゃ」


 肩を竦めながらサラリとそんな事をいう音湖に2人は尊敬の念を抱いてしまった。あの阿久津に5回に1回は勝てたと言っているんだから、当然と言われれば当然だった。


 そんな感じで階段を歩きながら話をしていたが、地下へと辿り着いた3人は早速、小手調べに音湖と戦ってみることにした。


「じゃあ、始めにえりかちゃんから来るにゃ。あ、言っとくにゃ。うちはあっくんみたいに手先も器用じゃないから手加減出来ないにゃ。本気でやらないと怪我するにゃ」


「っ! はい…………」


 由莉から模擬戦用ナイフを受け取り片手でくるくると回しながらえりかに何時でもどうぞ? と言わんばかりにする音湖。えりかは少し隙があり過ぎじゃないかと向き合う。


 ―――あれ……? でも、ねこさんのすきが……見つからない……?


 えりかは慎重に見ていたが……どうにも見つからない。隙という隙が見つからないのだ。それでも下手に出れば絶対にやばいとえりか自身の本能が叫んでいたので、動かれる前にえりかは最初から全力で飛びかかる。


「……ごめんにゃ、えりかちゃん。少し黙っててにゃ」


 音湖はえりかの攻撃を軽々とナイフでいなす、そうして出来た僅かな間……攻撃が一瞬空いた瞬間―――消えた。


「えっ…………? あぐっ…」


 ―――これ……ゆりちゃんと……ううん、ゆりちゃんとは……はやさがちが………う…………


 一瞬にして背後を取られたえりかは肩を柄で思いっきり殴られ、そのまま地に倒れふした。あまりにも……一瞬だった。


「えりかちゃんっ!! 音湖さん、何でこんなこと……っ!?」


 阿久津でも気絶まではさせた事がなく、その音湖の行動に激昴しようとした由莉だったが……その顔は音湖が腰から抜いたナイフを見て、一気に青ざめた。由莉にだって……今の音湖が本気で自分を殺そうとしている事が分かった。


「悪いけどにゃ、由莉ちゃんには……死んでもらうにゃ」


 その抜いたナイフが……本物だと言うことも。


「どうしてっ…………どうしてですか!!??」


「にゃ? 今から死ぬ由莉ちゃんにそんなこと話しても意味無いにゃ」


「なんでですか……なんで…………っ」


 心臓がバクバクする。血の流れがおかしい程に早くなって……意識がどうにかなりそうなのを由莉は必死に我慢しながらその凶行の理由を必死に考えた。


(音湖さんが私を殺す理由なんてないはずなのに……でも、あの殺気は私を殺すためのやつだ。……怖い、怖い怖いこわいこわいこわい!! 本当に……音湖さんに殺される……っ。なんで? 何にも心当たりなんてないのに……っ)


「ゆ、り……ちゃん…………にげ、て」


 えりかは音湖の攻撃を受けても何とか意識を刈り取られずに済んでいた。だが……動けなかった。何故かわからない。けど、体が言うことを聞いてくれないのだ。


「にゃ? 気絶させたと思ったのに……おっかしいにゃ。ま、別にいいにゃ」


 音湖は少しびっくりはしたものの後ろに転がっているえりかをまるで死に損ないを見るような目で一瞥するとずっと手の中で回していたナイフを逆手に持った。


「じゃあ、由莉ちゃん…………『さようなら』」


 ―――さぁ、見せてみるにゃ。由莉ちゃんの力を……由莉ちゃんの切り札を……!


「ゆ……り、ちゃん……! やめ……て……っ!」


 ―――ゆりちゃんが……ころされる? 目の前で……ねこさんに? いやだ……いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!! ゆりちゃんを傷つける人はみんな殺す……っ、ゆりちゃんがころされるくらいなら……わたしがねこさんを……殺してやる……! 早くうごいて……ゆりちゃんが死んじゃうのにわたしは何もできないなんて、そんなの……いや……いやぁぁぁーー!!!



 由莉の心臓と……音湖のナイフの距離……残り10cm



「ぁ――――――」


 ―――体が……動かない……。音湖さんがもう目の前まで来てる……殺しに来てるのに、怖くて足が震えて動かない……。音湖さん、私の心臓を狙ってる……嫌だ、死にたくない……まだ生きなきゃ……まだ何もしてない……っ。



 残り……5cm



 まだえりかちゃんを助けてられてない、まだマスターと全然話してない、まだ阿久津さんとも何もできてない、まだお母さんも殺してない、まだ……もう1人の私との約束も守れてない……



 残り………4cm



 ―――あれ……色んなことが思い出してくる。……これが走馬灯……? マスターの顔も……阿久津さんの顔も、えりかちゃんの可愛い笑顔も……すぐに頭の中に浮かんでくる……



 ……残り3cm



 ―――あぁ……えりかちゃんが叫んでるのが聞こえる……えりかちゃんの為なら何でも出来るはずなのに……身体が動いて……くれないよ



 残り2cm



 ―――こんな所で……死ぬなんてだめだ……生きないと……約束したんだ……『ずっと一緒にいる』って



 1cm



 なのに、死ぬなんてそんな事……そんな事………………………………






 出来るわけないよ………〈させるつもりはないよ〉





 残り―――――0cm

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