えりかの暴走

「うぅ……っ、うううぅぅぅうぅうぅーーーっ!!」


 えりかは音湖が由莉を殺そうとナイフを突き出す直前、何とか起き上がり、音湖にバレないよう武器庫まで全力で走ると自分の拳銃を保管してある場所から抜き取り、マガジンの中に……音湖を殺すための鈍い黄金色の銃弾をベテランの軍人すら顔負けする速さで装填し続けていた。


「ゆりちゃんが……っ、ゆりちゃんが!! わたしがこの銃をあの時にもっていればっ、ここに置かずにずっとホルスターに入れていたら! わたしが……ねこさんをたおせてたらっ、ゆりちゃんは死なずにすんだのに!! くそぉ……くそぉ……っ、わたしがよわいから……ゆりちゃんは殺された……っ!」


 計30発の銃弾を僅か15秒で2つのマガジンに押し込んだえりかは1本をポケットにねじ込み、もう1本を銃の本体に乱暴に叩き込んで武器庫を飛び出した。

 その時にはえりかもなんとなく分かっていた。もう……由莉はここにはいないんだと。音湖に殺されたんだと。


(ゆりちゃん……っ、かたきは取るからね? わたしには……ゆりちゃんのいない世界なんていらない。なくなってもいい。ゆりちゃんしか……わたしにはいない。だから……ねこさんを殺したらわたしもあたまを撃ち抜いて死ぬから、いっしょに天国に行こうね? 地獄かもしれないけど、どこへだって……わたしはゆりちゃんの側にずーっといっしょにいるからね? 1人なんていやだし、ゆりちゃんを1人になんてさせないよ。だから……わたしは自分の力で……ねこさんを…………撃ち殺してやる)


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★


〈……ぃよ〉


「にゃ…………っ!?」


 音湖には手応えはあった。人を殺った時のあの感触、そして……本当にやってしまったと―――間違いなく由莉を殺したと。


 だが……由莉は死んでいなかった。銀色の刃が白い肌を貫く直前に由莉はなんの予備動作もなく、音湖の手首を掴み外へと弾き飛ばし左腕の皮膚を切り裂くだけに終わった。


〈…………〉


(なんにゃ、この異様な感覚は……これが由莉ちゃんの力……? けど、今の由莉ちゃんは……別人にゃ。今の今まで臭わなかった……『死線』を潜った臭いがするにゃ……っ、これはやばいにゃ……こんなのと相手にやったら……勝てないにゃ)


 由莉の瞳は綺麗な琥珀色が、心なしか少し黒くなり……そこから読み取れる気持ちはただ一つ、


『無』


 だった。音湖はその瞳を見た瞬間、全身が凍りつくような感触を押し付けられた。過去の経験にはない、異質そのものだった。


〈…………〉


「うっ!?」


 由莉(?)はパッと詰め寄るとなんの遠慮すらなく音湖の顎にアッパー、更には返しの腕で心臓部に肘を打ち込んだ。


(お……もっ、なん、にゃ……この重さ……)


 由莉(?)の全体重をのせた攻撃に音湖は呼吸を停止させられ、その緩んだ手から由莉(?)が強引にナイフを奪い取ると背後に瞬時に回り込んで左手で目を隠し、首元にナイフを突き立てた。


 あまりに圧倒的、音湖を完膚なきまでに叩きのめした由莉(?)は耳元である事をまるで悪魔が取り憑いたかのように囁く。


〈――――――〉


「…………あーそういうことかにゃ。だから……由莉ちゃんは今まで生きてこれたんだにゃ」


 その呟きを聞いた音湖は全てが納得いった。完全に謎が繋がった。一方の由莉も虚ろ笑いをほんの少し漏らし、分からないくらい小さく頷くとそのまま意識を失い、ナイフを固く握りしめたまま音湖の背中にもたれかかった。


 そんな由莉を音湖はゆっくりと床に寝かせてあげると、もうここにはいられないと音湖は階段の方へと背を向けた。その時、


「うごくな……っ!」


 ジャキッと金属の音が聞こえ音湖は歩こうとした足を止めて振り返ると……怒り狂ったえりかが拳銃を向けていた。


「よくも………っ、よくもゆりちゃんを!!!」


 既にえりかの人差し指は引き金にかかっている。怒りが音湖に対する言葉で言い表せられない殺意と相殺させて本来、狙いがブレるはずが銃口は音湖の眉間を一時も緩まず睨んでいた。


「えりかちゃん……うちは、」


 バァンっ! えりかは躊躇いなく音湖に対して引き金を引いた。


「つぎ、呼んだら……あたまをめちゃくちゃに撃って殺してやる……っ! ゆりちゃんを殺したひとが……わたしがゆりちゃんからもらった大切な名前を……っ! かるがるしく口にされるなんて耐えられない!!!」


 銃弾は音湖の耳たぶを微かに吹き飛ばして飛んでいった。「次は殺す」とその銃と銃弾からえりかの殺気が漏れ出しているかのようだった。耳から血が迸るも音湖は一切気に止めずにえりかを銃口越しに見ていた。


「……よく見るにゃ。うちは殺してないし、生きてるにゃ。確認すればすぐにわかるにゃ」


「っ!? もし、1歩でもうごいたら……撃ち殺す」


 えりかは由莉が倒れている方向を確認すると、銃口はつねに音湖を定めつつ由莉の近くまで寄った。


「ゆりちゃん……おきて……? わたしを1人に……しないで……っ、目をあけてよ……」


 えりかは必死に揺らしたが……由莉は起きる気配を見せなかった。……腕からもかなり血が出ている。えりかの目には既に由莉が死んでいるようにしか見えなかった。


 ―――やっぱり……ゆりちゃんはもう……ううん、すぐにあとを追いかけるから……ゆりちゃん、見てて? 今から……はじめて人を殺すよ。


 えりかは溢れる涙を堪え、音湖にもう一度狙いを合わせ、引き金に指を添えた。音湖はその様子を察するも避ける動作はしずにただその場に佇んでいた。無抵抗な音湖を撃とうとしていることなんて気にすることなく、えりかは確実に、一発で音湖を撃ち殺そうと細い指に力を入れようとしたが…………その直前に、自分の真下から「うっ…………」という声が聞こえてきて、えりかの緊張していた筋肉が一気に解き放たれた。


「ゆ、り……ちゃん?」


「あれ……えりかちゃん、なんで銃を構えて……私……腕からも血が出てる……」


「ゆりちゃんが……生きてた……ゆりちゃん……ゆりちゃんっ!」


 ようやく由莉が生きてると認識したえりかはその手に持っていた銃を手から取りこぼし、そのまま由莉にしがみついた。


「うぅ……えりかちゃん、痛いよ……少し離してくれるとうれし、」


「いやだっ、ゆりちゃんが遠くへ行っちゃいそうな気がして……うぅぅぅ、生きててくれてよかったぁ……」


 嗚咽を隠さず、2つの瞳から涙を大量に零しているえりかを由莉は、未だに何があったのか状況を掴めずにいるも、こんなに自分を心配するくらい何かあったのだと優しく背中を撫でてあげた。するとえりかは更に号泣し出して2人の服がえりかの思いの結晶体によって濡れてしまったが、それを気にする余裕なんて一切なかった。


 その様子を音湖は少し離れたところから見ていた。そして……これからどうするか、本気で考えていた。


 ―――うちは……何をすればいいにゃ。考えてはいたけどきれいさっぱり忘れてしまったにゃ……でも、今この場にいるべきではないにゃ。その価値が……うちにはないにゃ。一か八かだけど……やってみるかにゃ


「っ!!」


 音湖は意を決すると背を向いているえりかになるべくバレないように階段の方へと走ろうとした。


「すこしでもうごいたら……撃ち殺すっていったはずです」


 だが、えりかの怒りは収まることなく、1度離した拳銃を右手で持ち、再び音湖の頭に狙いを定めた。


「えりかちゃん……? なにを……」


「ゆりちゃん、思い出して? ねこさんは……ゆりちゃんを……殺そうとした」


「音湖さんが……? …………ぁ、ああぁ……っ」


 ようやく由莉も音湖が自分に何をしたのか思い出した。あの銀色の刃の輝きが由莉には今もトラウマになりそうなくらい焼き付いていた。死の恐怖が由莉の身体を包み込みどうにかなりそうなくらい震え始めていた。

 その時だけは、えりかには由莉が本当に小さく、自分が側にいなきゃ消えちゃうくらい弱々しく感じていた。


「ゆりちゃん、だいじょうぶだよ。わたしがいるから……ね? …………ゆりちゃんをこんな目に遭わせるなんてゆるさない……っ! ぜったいに殺してやる……!」


 自分の膝の上でジャージを掴みながら震えている由莉を左手でそっと抱きしめながらえりかは怒りを顕にして、もう一度引き金に指を当てた。


 すると、音湖は脱兎の如く一気に背を向けて走り出した。えりかはそんな行動に走ると思っておらず少し硬直してしまったが、すぐに音湖に向けて発砲を始めた。

 一発、一発、絶対に音湖を撃ち殺すと殺意を込めて放たれた弾丸はその殆どがえりかでも外れてしまったが、一発だけ背を向けて走っている音湖の左肩を撃ち抜いた。


「にゃ……あっ!」


 音湖も久しぶりに受けた傷に顔を顰めながら、だが止まれば確実にえりかに殺されると全力で階段まで行き着くと駆け上がっていった。


「ちぃ……っ!」


 えりかは音湖に当たらない事にいらだちを覚え、そのまま追いかけて何としてでも撃ち殺してやりたかったが、由莉を置いていく訳にはいかないと、自分の当てられる範囲外へと逃げていく音湖に全力で由莉の鼓膜すら破りそうな声で叫んでいた。


「ぜったいに……ぜったいに!! 殺してやる!!! わたしの手で、ぜったいにねこさんを撃ち殺してやる!!!」

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