第6節 大羽由莉の死

音湖の来る日

 〜そして、音湖がやって来る日〜


 由莉とえりかは朝早く起きてしっかり体操と柔軟を入念に行うと、20kmの走り込みと重りを持った状態で2km走った。由莉は15kg、えりかはまだ始めたばかりなので3kgのおもりを持って、だ。それが終わると、2人ともお互いの得物を武器庫から取り出して遠距離射撃の練習をしていた。


「じゃあ、えりかちゃん……撃って」


「ん…………」


 えりかはコクリと頷きAWSのコッキングレバーを引いて銃弾を薬室の中へと流し込む。股を軽く開いて伏せ撃ちの構えをとったえりかは頬をぺったりとチークパットにくっつけながらスコープを覗き込んでいた。その先にあるのは300m先の人型の的。由莉に言われた通りに、その頭部のド真ん中―――眉間に狙いを定めた。

 まだ由莉に教えてもらい始めて4日間と短いが、由莉に手ほどきを受けて引き金の引き方や、ガクつきなどが変な癖がつく前にしっかりと直っていて、命中弾もかなり増えてきた。


「…………うつね」


 そう呟いた直後、息を静かに止めて意識が落ち着いたのを感じると流れるように引き方を引いた。

 パーンと内蔵の消音機能で銃声は小さくはなったものの耳で直に聞くには少し大きい音が響いた。


「……ヒット。しっかりど真ん中に当たってるよ」


「うんっ、よかった〜」


 由莉が観測用のスコープで覗くと的の眉間にあたる部分をしっかり捉えられていた。それを聞いたえりかは空薬莢を排出させながら嬉しそうに自分の銃に頬ずりをしていた。


「えりかちゃん……もしかしたら中距離の狙撃……400~500mなら出来ちゃうかも」


「ほんと!?」


「ただ……その距離だと敵に見つかった時、そのライフルを背負って逃げると考えるとかなり危険なんだよ。その事も考えておいてね?」


「はーい……」


 実際、由莉はその射程からの狙撃は少し心配だった。敵が1人なら確実に当てられる中距離狙撃がいいが、もし複数の仲間を引き連れたボスの狙撃とかになると危険が高まるのだ。その事をえりかに伝えると緊張した面持ちで頷き、自分の銃をギュッと抱きしめた。


「じゃあ、次は私撃ってもいい? あっ、イヤーマフはしっかりつけてね?」


「うんっ」


 由莉のバレットの銃声をまともに聞けば耳がイカれることは何十回も言われたえりかは自分の銃を取りに行く時に前もって持ち出したイヤーマフを首元にぶら下げるとAWSと共に由莉のすぐ後ろまで行った。


「今日は……1800mかな?」


「1800……この子の当てられる長さよりとおいね……」


 こんな距離でも由莉は――――


「えりかちゃん、イヤーマフしっかりはめてね?」


「はめたよ〜」


「じゃあ…………ふぅ………撃ちます」


 由莉は慣れたようにスコープを調整して標的となる的をスコープ内に捉えると、一気に集中度を極限へと高める。近くにいるだけで、凍りつきそうなくらいな由莉の気配にえりかも目を丸くした。

 そして、次の瞬間、バレットから激しい爆音と硝煙が吹き荒れえりかもイヤーマフ越しにその衝撃波が伝わってきた。


 ―――すごい……! あんな銃をうてるなんて、ゆりちゃんはやっぱりすごい!


「…………よしっ、当たったっ。おつかれさ―――」


「ゆりちゃんすごいよ〜!」


「わぶっ!? び、びっくりした〜」


 由莉は今日も絶好調な相棒を労おうとしたそとタイミングでえりかが後ろから寄りかかってきて、魂が飛び抜けそうなくらいに驚いた。


「あぅ……ごめん……」


「ううん、いつもの事だし、私もそろそろ慣れないとなぁ〜……。さて、そろそろ銃のメンテナンスしよっか。今日は音湖さんが夕方に来るみたいだから早めにするって言ってたもんね」


「は〜いっ」


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 また1時間かけてメンテナンスを隈無くやってから武器庫にしまうと、今度は阿久津とのナイフ練習が始まった。


「では、片方ずつやってるとねこが来てしまうので2人同時にかかってきてください」


「ゆりちゃん……わたし達……」


「うん、少しバカにされてる気がする。……本気で行くよ、えりかちゃん。2人でなら阿久津さんにだって勝てることを見せてあげよ」


「うんっ!!」


 ―――ゆりちゃんがとなりで戦ってくれるなんてうれしいなぁ


 ―――えりかちゃんが味方なんてこんなにも心強いんだ……!


 えりかは敢えての左持ちで由莉とのシンメトリーになるようにすると、真っ先にえりかが動くも阿久津にその攻撃は躱される。だが、その背後から由莉が飛び出し突進をしかけるも、完全に読まれていたようにサラリと避けられ弾き飛ばされてしまう。


「うっ……阿久津さん、多人数の時の方が強くありませんか!?」


「1体1の容量でやってては死にますからね」


 やればやるほど奥底が見えなくなる底なし沼のように溢れる阿久津の実力に由莉もえりかも戦慄を覚えつつ、再度向き合った。


「阿久津さん……強いね」

「うん、この前よりつよい気がするよ……でも、」


「このまま負けるなんて、」

「いやだよね!」


 不敵に笑う由莉とえりかのその様子はまるで由莉が2人いるかのような気分を阿久津に味わせるくらいに似ている……いや、シンクロしていた。だが、勝負事に負けるのは少し癪だった阿久津もより一層、警戒心を強め由莉とえりかの息の合った攻撃を次々に避けていくのだった。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 ―――5分後


「さすがに…………疲れますね……」


「…………」

「…………」


 2人は地面に伸されていた。……いや、気絶はさせていないのだが疲労と悔しさでその場から動けずにいた。


「……これはいずれ2人相手だったら負けるかもしれませんね」


「また、負けた……」


「かてないよ……」


 未だにナイフでの戦闘で勝てたのは由莉がブチギレた時の1回のみで、他は全敗だったのだ。負けず嫌いな2人には負けの一つ一つが悔しくて悶えそうだった。


「はぁ、はぁ……っ、前までよりも差は縮まってるはずなのに……」


「なにが……たりないんだろう……」


「死線を越えた人と越えてない人では明確な差が出来ます。逆に言えば、その差くらいしかないんですよ」


 死線を越える―――則ち、生死を握る部分を生で乗り切ったということだ。本物の戦場を体験してる阿久津には本当の戦場を知らない2人には『まだ』負けるわけにはいかなかったのだ。


「さて、2人とも起きてください。そろそろ、ねこが来る時間ですよ。ねこはねこで別の戦闘スタイルだからいい刺激になるかもしれません」


 由莉もえりかも少し力なさげに阿久津の手を取ると、これ以上落ち込んでも勝つためにはなんにもならないと、これから来るだろう音湖がどんな戦い方をするのかほんの少しだけ楽しみにしていた。








 1時間後、まさかあんな事になるなんて由莉もえりかも…………ましてや、阿久津までもが考えてもいなかった。

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