由莉の格闘、えりかの拳銃

 ナイフ戦闘の練習時間が近づいてくると、由莉とえりかは撃つのをやめて銃のメンテナンスをする事にした。当然、えりかはやり方が分からなかったので、由莉に1から教えてもらった。


「ボルトアクション……1回撃ったらコッキングレバーを引いて薬莢を排出する銃は構造も簡単に出来てるから、えりかちゃんでもメンテナンスはしやすいと思うから、しっかりやってあげてね?」


「うんっ、大事にするよ」


 白い布の上に2人は各々の銃を乗せるとしっかり時間をかけて一つ一つの部品を丁寧に、一つの汚れもないように銃身内にこべりついた銅(弾頭には銅がコーティングされているが発砲時、中に付着する)や、ほこりなどのゴミを1時間かけて取り除き、元通りに組み直した。


「えりかちゃん、すごく丁寧だったから次からは1人でも問題ないと思うよ!」


「ゆりちゃんがわかりやすく教えてくれたからだよっ。やっぱり見てて思ったんだけど、AWSとバレットだと作りがかなりちがうんだね……。バレットの方がすごい部品の数がおおいし……」


「私もこの子のパーツを全て覚えるのに結構時間がかかったよ……でも、今はどこにどの部品があるかすぐに分かるよっ。この子のパートナーとして……ねっ」


 ちょっと得意げになって由莉がえりかにはすごく眩しくて、そんな由莉のように……いつかはわたしもこの子の事を全部分かりたい。そうえりかは思いつつ2人で武器庫の中に入り、専用の箱の中に入れて出ていった。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 それから程なくして阿久津がやってきた。お互いに柔軟や体を動かす準備を整えていて、やる気も満ち満ちていた。何をするのだろう……と思っていると阿久津が今日からやる事を伝えられた。


「さて、由莉さんには……ナイフ術に加えて素手の格闘も練習してもらいます」


「素手……ですか?」


「はい。ナイフの扱いだけ上手くても、万が一ナイフが手から離れた時、そもそもナイフを持っていない時、防戦だけでは勝てませんよね?」


「はい……」


 阿久津の言ってる事は最もだった。夏祭りの時はただのチンピラみたいな奴らだったから由莉もナイフ術で得た体の動かし方で何とかなったが……もし、体術を会得している物と戦うことになった場合は勝つ、もしくは逃げる事が絶望的になると言う。


「えりかさんは……どうしましょう。1度に2人相手も出来なくはないんですが……」


「あっ、じゃあ……わたし、人形をうつ練習しています。時間になったらよんでくれるとうれしいです。ゆりちゃん……がんばってね」


 そう言って武器庫へと向かおうとするえりかに由莉はなにか言おうとしたが……かける言葉がただの1つも出てこなかった。文字が頭の中で形成されては直前にばらばらに砕かれるような気がずっと続く。


「えりかちゃん……」


 そんな中、ようやく出せたのは……1番の友達の名前だけだった。

 それを聞いたえりかは一旦足を止めるとくるりと半回転して由莉の顔をじっと見つめていた。由莉は割と平然を装っているようだったが、えりかには由莉が複雑な気持ちでいるのが何となく分かった。そんな顔をしている大好きな人を放っておけないと、えりかは出来る限りの笑顔で由莉の心を諌めた。


「ゆりちゃんっ、そんな暗い顔をしたらダメだよ? わたしは大丈夫だから、気にせずにあくつさんとやって? ……じゃあ、銃を取ってくるね」


「うん……分かった……よ?」


 えりかが手を振ってもう一度武器庫の方へ向かおうと由莉に背を向ける……ほんの直前、由莉はえりかが少し口を開いていたのが見えたが、何を言おうとしたのかは全く分からなかった。


 えりかも……由莉には聞こえないように、ボソリと自分に呟くようにして……言ったのだから。


 ―――わたしを……ぜったいにたおしてね、と。


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 〜由莉の特訓〜


「では、いきなり実践でやりますよ。……体術は寸止めしずに当てるんで、少し痛いですけどまずは体感してみてくださいね」


「よろしくお願いします!」


 由莉は阿久津に一礼すると持っているナイフを構えて向き合った。……もちろん偽物のやつだが。


「行きますよ。…………ふっ」


「っ!!??」


 ―――速いっ!


 以前とは完全に別だと言わしめん速さに由莉は驚愕してしまい、反応が一瞬遅れる。その間、僅か0.6秒―――それだけあれば阿久津が間をつめるのに必要な時間は充分だった。


(っ、ここで後手に回ったらそれこそ駄目だ……!実践って言ってたから……私も勝つ気でやらなくちゃ!)


 由莉はナイフが飛んでくるだろうと身構えていたが、阿久津の取った行動に予想を外された。

 ナイフを持った手首を掴もうとする左手を避け、そのカウンターでがら空きの首元を狙う。


 ―――あれ? ……もしかしてはめられた? でも、それはないはずだよ。まだ阿久津さんのナイフを持った手は視界の隅にあって、まだ予備動作もなかった。だったらこのまま…………!


 完全に好機、阿久津らしくもないミスをしたのかと由莉は再び阿久津から白星を奪えることに少し余裕を感じながら首元にナイフを突き出すが……それは阿久津の手によって止められた。


「…………ぇ? ………っ!?」


 まずい! そう直感した由莉は何とか逃れようとするも大の男と少女だ、適うはずもない。しかも今回に関しては阿久津がナイフを突き出す気配を感じない。どうして……と、考えた瞬間、右手首に痛みが生じた。


「うぐ……っ!?」


「そういえば……由莉さんに言ってませんでしたね。私……ナイフより体術の方が得意ですよ」


「えっ…………うぐっ……いき、が……」


 一気に背後を取られ、由莉は首をかためられてしまう。このまま力を強められれば……そのまま首の骨をへし折られて殺される。本来の戦闘ならばもう、どうにもならない状況だが、これはあくまで実践だ。阿久津だって由莉を殺す気は微塵もない。阿久津は由莉をすぐに解放してあげた。


「……と、こんな風に体術にも色んな技があるのでこれから一つずつ……と言っても、期限が不明なので出来る限り覚えさせるので、付いてきてくださいね?」


「はい……こほっ、こほっ………ありがとう……ございます。…………こほっ」


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 〜拳銃の射撃場〜


 えりかは由莉が特訓している間、出来る限り邪魔しないように……そして見ないように、別の部屋の射撃場にいた。以前、阿久津と戦った時に、由莉のやっていた事をほとんど真似出来てしまったえりかは、これ以上……由莉のナイフ戦闘は見ない方が、もしもの時にいいのかもしれないと言う思いもあった。


「ゆりちゃん……うぅ、1人になるとゆりちゃんの事しかあたまに浮かんでこない……」


 そうは言っても、いつでも一緒にいてくれる由莉といないこの状況はえりかにとっては寂しいものだった。けど、由莉も自分を助けてくれると必死になっているのだから弱音を吐くわけには行かない。もし、記憶が戻っても……何ともなくて、由莉と一緒に仕事が出来るのなら……足を引っ張りたくない。由莉の補助とかもしたい。……それが人を殺すためだと知っていても、えりかは隣に由莉がいてくれさえするならば、人殺しの名前でさえも甘んじて受け入れるつもりでいた。


「って、そもそもわたしが人殺しなのかも……ううん、多分そうなんだからね。……とりあえず、うとうかな?」


 そう決めたえりかはホルスターから銃を抜き取った。この銃はなんだか……知ってる、そんな気がしてえりかが手に取ったものだ。


「ベレッタM9……9×19mmパラべラム弾……装弾数15+1発……うっ、なんでわかるんだろう……」


 ごちゃごちゃした感情を強引に振り払ったえりかは、とりあえず弾倉を取り出して銃弾を15発込めると1度確認するように下の方を叩く。スライドを引いて初弾を装填すると、人形へ向けて銃口を向けた。


(もし……人をころしたらどんなきぶんになるんだろう……今度、ゆりちゃんに聞いてみようかな)


 人形と言っても割と精巧に作られていて本物の人間さながらだったが、えりかは構わずに狙いを付けた。


(この人形……この人がゆりちゃんをきずつけようとしている人だと思って……頭、心臓、お腹を……うつ)


 3発の銃声、そして、脳天、心臓、腹部に出来た孔が着弾を物語っていた。

 えりかは硝煙が銃口から上がっている拳銃のセーフティをロックすると1度ホルスターにしまう。そして、さっき撃ってみた時の事を思い出してはみたが……


「…………なんにも感じない。ふつうにうてた……」


 人形でも、外見は普通の人そっくりなのに、抵抗の一切なく撃てた。これが何を意味するのか……えりかはそうなんだ……と、はっきり理解した。


 ―――やっぱり……わたしは人殺しだよ。ゆりちゃんと会う前に……まちがいなくだれかをころしてるんだね……だって、


 とりあえずやってみよう、とえりかは人形の正面を向き目を閉じてじっと数秒間その場に静寂と共に佇んでいた……が、刹那の瞬間に拳銃をホルスターから抜き、セーフティを外すとほぼ同時に引き金を人差し指で何度も何度も往復させて、弾倉に残ったら銃弾12発を人形の頭に撃ち込んだ。


 さらに、空になった弾倉を抜くと弾箱から一発だけ銃弾を取り出し歩きながら再び弾倉に込めてスライドを引くと、目の前にある人形の頭に銃弾をトドメと言わんばかりにぶっぱなした。


「…………うてちゃうんだもん。」


 計14発の銃弾を食らって、もはや元々それが顔だったのか判断すら出来なる程にぐっちゃぐちゃになって横たわる人形の顔面をえりかは何気ない顔で見下していた。えりかの記憶に残っていたのは……瞳に映った僅かな発砲炎と気味のいい薬莢が床を転がる音、そして人形を自分の手でズタズタにしてやったという感触だけだった。



 そこに撃つことへの抵抗は含まれなかった。

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