第5章後編 殺すものと救うもの

第5節 特訓の始まり

由莉とえりかと狙撃銃

 〜3日後〜


「ゆりちゃん、調子はどう?」


「全部命中だよっ。えりかちゃんは?」


「うんっ、わたしもだよ!」


 由莉とえりかは次の日から特訓が始まり、練習メニューが厳しさを増していたが、その間にも2人は様々な銃への適正を調べることにしていた。


 由莉は、スナイパーライフルの取り扱いが非常に上手かった。特に、愛銃を持たせれば2km先の標的すら難なく当ててしまうのだから驚異的である。その一方、拳銃に関しては当てられるものの、早撃ちが少し苦手で、急ごうとすると的を逃してしまうことが多い。


 えりかは、由莉とは対極的にスナイパーライフルの取り扱いが少し難しいようだ。撃つ時に体を強ばらせるせいか200mまでなら何とか当てられるがそこが限界だ。しかし、拳銃に関してはえりかは阿久津ともいい勝負をするくらいの実力を持っていた。


「えりかちゃ〜ん、なんでそんなに早く撃てるの……?」


「うーん……なぜか体が動いちゃうんだよね……でも、ちょっと分かってきたのは体の力を入れすぎないように抜いて、銃を的の方向に急いであわせない事かな……? 狙いをつけるじかんがたくさんかかるし……」


「なるほど……慣れないから少し力んじゃったのかな……」


 本当に体が勝手に反応してしまう中で必死に自分で理解しようとして分かってきた事をえりかから聞いた由莉は少し考え込みながらも頷いた。


「あっ、そういえばゆりちゃん。わたしがライフルをうってる時、気づいたことってある? スコープの中だとしっかり合わせているのに……うつと少しずれちゃう……」


「そうだね……じゃあ、1回撃ってみよっか。大体は固まってきたんだけど……はっきりと言えるかと言われたら少し不安だから……いい?」


「うんっ、分かった!」


 えりかは頷くと持っていた拳銃をホルスターにしまい、由莉と一緒に武器庫へと向かった。入ると同時にほんの少しだけ硝煙臭い空気が体を包み顔を顰めたが、すぐに鼻も慣れると奥の方へと入っていった。

 2人はライフルが収納されている所へと向かうとほこりがつかないように整備されている所から一丁の狙撃銃を取り出した。


「はい、えりかちゃんっ」


「ありがと〜っ。うっ……おもいっ……この銃のなまえって何だっけ?」


「これはAWS、確か……イギリスの軍用狙撃銃L96A1のバリエーションの1つだよ。命中精度が他のライフルの中で1番だったって見たことがある」


「そ、そうなんだ……」


 由莉の銃への知識量にはえりかも驚かせられてばかりだった。由莉に言わせれば、ここにある全ての銃の名前、使う弾の種類は全て把握していた。


「じゃあ、やってみよっか」


 そう言って由莉はえりかにその銃を手渡すと、そこにあった弾箱を持って武器庫を出ていった。

 絶対に落とさないようにと、えりかは宝物でも持つように抱えていたが、手に持つには重かったようで少し苦しそうにしていた。


「ゆりちゃん……これ少し重いよ〜……」


「6kgくらいだから頑張ろ、ね?」


「うぅ……わかった……」


 由莉にそう言われればえりかも頷く以外の選択肢はなかった。なんせ、M82はAWSの重さの倍以上の13kg。それを扱っている由莉に言われれば自分も負けている訳にはいかないんだ、とえりかはもう一度、持っている銃をしっかり抱えると由莉がいつも狙撃の練習をしている所へと足を運んだ。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「おもかった〜……力が足りないのかな……」


 えりかは何とかその場所に辿り着くと銃を傷つけないように静かに床へ寝そべらせると、手に持っていた重りが消えて体が一気に軽くなった気がした。


「そこは毎日しっかりトレーニングをすればその重さにも慣れてくると思うよ。じゃあ……昨日やったみたいにやってみて?」


「分かったっ」


 そう言って、腹ばいになったえりかはAWSの弾倉を引っこ抜くと由莉の持ってきた.338ラプアマグナム弾と呼ばれるものを取り敢えず2発押し込む。そして、しっかりと弾倉を本体に挿入して由莉に教えてもらった伏射姿勢をとってスコープを覗き込んだ。


「んしょっと……。ゆりちゃん、うっていい?」


「うんっ、えりかちゃんの好きなタイミングで撃てばいいよ」


「わかった。……すぅ〜〜……ふぅ…………」


 由莉に許可を貰ったえりかは1度、深く息を吸い込み、糸のように細く息を吐いて自分の世界に入り込んだ。


 ―――えっと……まとが50cmで、スコープには……1.7ミル? 1mが1ミルでみえたら1000mだから、0.5mが0.5ミルで1000mで……あれ? じゃあ、0.5mが1.7ミルだと…………えっと……ふうぅぅ………


 計算が頭の中でやろうとして脳神経が弾け飛びそうになったえりかは涙目になって由莉に助けを求めた。


「ゆ、ゆりちゃん……計算のやりかたもう1回教えて……」


「うんっ。じゃあ、まずは……」


 由莉もミル単位の計算に関してはさすがに慣れないと難しいと思っていたので、えりかに出来るかぎり内容を噛み砕いて教えた。


 例えば、

 ・1mの物体が1ミルで見えた場合、距離は1000mである。(これが基準)

 ・2mのものが1ミルで見えた場合、距離は2000mとなる。

 ・1mのものが2ミルで見えた場合、距離は500mとなる。


 計算式の公式として

 A(m)のものがB(ミル)で見えた場合の距離は、

 距離=(A÷B)×1000

 という計算になる。


「―――って言うことだよ。倍率が変えられるスコープだとある倍率の所でしか分からないようになっているし、ミルじゃなくて『モア』って単位を使う事もあるから一概には言えないんだけどね……分かった……かな?」


「うぅ……なれないと大変だよ〜割り算むずかしい……」


「ゆっくりやっていけば、慣れていくよ。……そう言っても私もAWSの弾道がどうなるか分からないから、最初は勘で撃ってみるしかないね」


「うんっ、じゃあ……やってみる」


 再び深く呼吸をして、体全体の力を抜いたえりかは撃った時に目にスコープが当たらない距離でスコープを覗き込んだ。実際に見ても米粒もない的がスコープ越しになら割とはっきりと見えるようになった。


 ―――たしか、まえは真ん中を狙ってしたにあたったから……ほんのちょっとだけ上をねらってみようかな?


 ほんの少しスコープのレクティルの中心を正方形の的の上の辺に合わせると、えりかはきれいな人差し指を伸ばして引き金に触れた。


「ゆりちゃん、うつね」


「……ん」


 えりかはその引き金を徐々に引き絞っていく。出来るだけ何も考えないように……でも、由莉に褒められたいから当てたい、その思いもわずかに残されていた。そして、とうとう引く直前の感触が末端神経から中枢神経に知らされ覚悟を決めたえりかは引き金を思い切って引き絞った。


 パァン、と内蔵の消音機能によってイヤーマフが無くとも聞けるまでに軽減された甲高い銃声が静かに場を侵食していった。

 えりかの指令を受け取った銃はなんの抵抗を示すことなく、一切の容赦なく銃弾をぶっぱなす。

 初速900m/sで飛翔する銃弾にとっては300mの距離など1秒すらかからずに届くも、弾は50cm四方の的の左辺の端っこを掠めるだけに終わってしまった。えりかはその結果に満足出来なくて、がっかりしつつ最後のコッキングレバーを引いて薬莢を外へ放り出す所まできっちりとすると、露骨に悔しそうな表情を浮かべた。


「うぅ……まんなかに当たると思ってたのに……」


「どんまい、えりかちゃん。えっとね……多分、分かったよ。えりかちゃんの足りないポイント」


「ゆりちゃん、おしえてっ!」


 ゆりちゃんまでとはいかなくてもいい、でも、自分もある程度の長さをうてる力が欲しい! そう言わんとするえりかの迫力に由莉もすぐに頷くとその箇所を端的にまとめて言った。


「えっとね、大きくは3つ。一つは引き金の引き方だよ。えりかちゃんは深く指をかけ過ぎてたから弾が左上に飛んじゃうんだよ。

 撃つ時は、人差し指の腹の部分にある指紋の渦の真ん中で、引き金の真ん中を触れるようにするといいよ。あとは、引く時に指の第二関節だけを動かすように引けば弾が真ん中に当たるはずだよ」


「そうなんだ……あっ、でも……それだと私……的の上をねらってたから当たらないんじゃない?」


 えりかはAWSの引き金の中心を人差し指の腹で触りながら思った事を言ってみた。それを聞いた由莉はその通りだよ、と着弾がぶれたもう1つの理由を教えた。


「それが2つ目、『引き金を意識的に引いた』からだよ。だから狙った場所より下に当たったんだと思うよ」


「……?」


 意識しないと引けないと思うけど……、と言いたげに首を傾げるえりかだったが、すぐに理由が判明した。


「引き金を引く時に銃弾が出る……! って思いながら撃ったら銃口が少し下がっちゃうんだよ。だから、撃つ時は引き金を引く時になったら流れで引くイメージを持つと今までとは全然変わってくると思う」


「たしかに……そう思っちゃってたかもしれないね……うぅ、やっぱりわたしにはライフルは合ってないのかな……」


「…………」


 その言葉に対しての返答を由莉は持ち合わせていなかった。そこで限界を作ってしまえば……どう頑張ろうとそれ以上は伸びないと分かっているから。だから……えりかはどう考えるのか、自分に頼らずどんな答えを出すのか、えりかの意思を尊重したいと思っていた。


「でも……わたし、ゆりちゃんみたいに遠くの的でも当てられるようになりたい。ゆりちゃんに勝てるなんて思ってないけど……それでも、頑張りたい。ゆりちゃん……教えてほしいんだけど……いい?」


「……っ! うん……うんっ! えりかちゃんがそう思うなら、いくらでも教えるよ!」


 えりかが自分のためにとぶつかった壁を突き破ってくれた事が由莉には嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。それに、自分に教えてほしいと言ってくれたえりかに対して、由莉は何がなんでも結果で返してあげたいと意気込んだ。


「えへへっ、うれしいな〜ゆりちゃんに教えてもらえるなら、いくらでもがんばれるよ!」


「えりかちゃん……やっぱり可愛いよ〜」


「も〜。そう言われると、てれるのに……っ」


 本当に純情な心を持っているえりかが由莉には愛おしくてたまらなかった。ずっと一緒にいてあげたいと思わざるにはいられなかった。


「あっ、そうだ。えりかちゃん、あと一つだけ……気持ちの面だけど、私が1番大切にしてる事があるから教えるね」


「うんっ」


「『自分の銃の事を何よりも愛して、信じてあげる』事だよ。……少し変に聞こえるかもしれないけど……ね。あはは……」


「銃を……愛して……しんじる……。たしかに……ゆりちゃんを見てたら分かる気がするよ。ゆりちゃんと……あの銃は本当につながってるみたいだもん」


 由莉がバレットを撃った所を見たのはこの数日だけだったが、それでも嫌というくらいに由莉のバレットへの気持ちはえりかに伝わっていた。自分の全てを真っ黒な銃に託して、それに呼応するかのように、その銃はどんなに遠くの的でも当ててみせる―――まさに阿吽の呼吸と言ってもいいくらいだった。


 絆、信頼……それを越えたかのようなものがそこにはある気がしてならなかったのだ。


「わたしも……この銃……AWSを好きになれば……ゆりちゃんみたいになれるかな?」


「それは……その人次第だと思う。けど、本物の銃を使うなら自分の命を預けられるくらいにその銃の事を愛して、信じてあげなくちゃ……きっと、この先、生きていけないと思う。スナイパーなら尚更……ねっ?」


 まるで自分にも言うようにしながら近くにあったバレットを持ってくるとその銃身を由莉は優しく撫でた。そんな様子を見てえりかは、底のない優しさを持つ由莉に使われるなら銃だってその思いに答えたくなるのかもしれないと思わされてしまった。同時にえりかも体を起こしてAWSを膝の上に乗せてみた。

 ずっしりと来る重さだった。昨日、初めて触った銃だが、えりかにはまだ軽々と扱える気がしなかった。


「ゆりちゃん……一つ思ったんだけど……バレットってすっごく重いでしょ?」


「そうだね……でも、それも含めて『この子』のいい所だから、好きだよ。この子の何もかもが私は好き」


 そこまで……! とえりかは由莉の『この子』とまで言わしめるバレットへの愛情を再認識させられた。


「……最初はね、この子を初めて撃つまでに2ヶ月かかったんだよ。ずっと、筋力と体力を付けるためのトレーニングをしてた」


「…………」


「初めは、早くこの子を撃ちたくてしょうがなかった。なんで撃たせてくれないのかって思った事もある。けど……初めて撃った時に分かっちゃった。もし、何も練習しずにこの子を使っていたら……私はこの銃を使いこなせなかったと思う」


 少しその時の事を思い出して笑いながらバレットを抱く由莉の様子は、ここまでに普通の人には絶対に出来ないような練習をしてきたんだと気付かされた。そして、由莉は最後に一番大事な事をえりかに教えた。


「だからね、えりかちゃんにも軽い気持ちでスナイパーライフルは握って欲しくないんだ。使うためなら、どんな事でもしてやる、っていう気持ちで努力して初めて銃は私たちの願いに答えてくれるんだと思ってる」


「ゆりちゃん……うんっ、わかった。わたし……どんなに辛くても、ゆりちゃんの見ている景色が見てみたい。それに……AWS―――『この子』を使えるようになりたい。ううん、なってみせるよっ」


 どんな時でも、その行動は全て由莉のためであるえりか。その信頼はもはや一歩間違えたら狂気的と言ってしまえそうだ。

 しかし、今や、えりかの世界の全ては究極的には由莉1人のためにあると言ってもいいくらいだと言うことを知っている由莉は、今だって自分の熱意を漏らすことなく受け取ってくれるえりかがどうしようもなく心強くもあった。


「よしっ、じゃあ続きやる? 私もこの子を撃ちたいし……」


「うんっ!」


 そうして2人はお互いに笑顔になると持っている狙撃銃を構え、由莉はえりかに適宜アドバイスしながら、ナイフの練習をする時間まではひたすらに撃ち続けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る