由莉の焦り

「……答えてください」


 由莉は心配そうに手を握ってくれているえりかの隣で荒れ狂う感情を必死に制御しながらなるべく怒って話さないように、阿久津達に向かって話していた。


「本当はここに来る所までが今日の流れだったんです。その流れで渡辺さんの所も一緒にってことだったんですけど……泣かれてしまって言い出すタイミングが見つからなかったんです」


「…………」


 確かに、と思わざるを得なかった。事実、本当に帰るのかと聞かなかったと言う点については、由莉も少し反省をしなければならないと思っていた所だったので、本当にいい所を突かれてしまい由莉の怒りの嵐はほとんど霧散してしまった。


「……分かりました。阿久津さんはいつも私達のことを思ってやってくれてるのは分かっています。泣かせるつもりじゃなかったのも……だけど、」


 由莉は一呼吸置くと、自分が一番伝えたい事を残っているありったけの怒気を孕んで声帯を震わせた。






「友達を泣かせないでください。次は本当に許せそうにないです。……行こ?えりかちゃん」


「う、うん……」


 由莉は言いたい事を言うと、阿久津たちの側にいるのがなんだか気まずくなり、取り敢えず葛葉の所に向かおうと後ろを振り向いた。すると、阿久津が何かを思い出したように車の中へ駆け込むとある物を3つ由莉に差し出した。


「あっ、少し待ってください。これ、3人で食べてください」


「……? これは……りんご飴ですか?」


 ルビーの如き深紅の輝きを放つ竹串に刺さった丸いものを見ると由莉とえりかは少しだけ興味が唆られた。祭りの入口付近にあったのは覚えていたが結局行けず終いになってしまっていたのだ。


「せめてもの……と言ってはなんですが、葛葉さんと分けてください」


「…………ありがとう……ございます」


 由莉は阿久津を直視出来ず、受け取るとえりかと一緒に走って行ってしまった。

 それを確認すると音湖は少しだけ一息入れた。


「ふぅ……どうなることか焦ったけど取り敢えずは良かったにゃ」


「本当の事を言っただけですけどね。さっきの由莉さんに嘘をついたらそれこそ一生嫌われますよ」


「まぁ、それもそうかにゃ。にしても、あっくんは何から何まで手を回しすぎにゃ。りんご飴を買ったのもこの為かにゃ?」


 いらずらっぽく聞いてくる音湖に阿久津もやれやれと首を横にふった。


「私をあまり買いかぶらないでください、ねこ。流石にここまでの流れは予想出来ませんよ。ここに来るなら何かあった方がいいと思って買っただけですよ」


「あっ、ならうちの分は―――」

「ないです」

「知ってたにゃーー」


 いつものネタのようにひと会話いれると、2人は由莉達を見失わないように目的の場所へと向かった。


「あっくん、そう言えば由莉ちゃんはなんであんな気まずそうにしてたのかにゃ?」


「はて、何故でしょうね……」


 ――――――――――――――――――――


「ゆりちゃん、大丈夫?」


「うん……」


 歩きながら由莉は心のモヤモヤが晴れずにいた。解決したはずなのに、理解したはずなのに、つっかかりがあるような気がしてならなかったのだ。


「なんだろう……なんだか変な気持ち……」


「あくつさんに怒りすぎたことが……ゆりちゃん自身がいやなんじゃないかな……?」


「そう……かもしれない。えりかちゃんと葛葉ちゃんを泣かせたんだ、って思ったら……カッとなって前が見えてなかったみたい……。これじゃ……スナイパーとしても失格だよ……」


 色々と足りてなかったと落ち込む由莉にえりかはそっと離していた手をゆっくり握った。


「ううん、そんなことない。わたしと……くずはちゃんのためにここまで怒ってくれて……うれしかった。それがゆりちゃんなんだと思うよ」


「そう……なのかな?」


「でも……もう少しおちつこう、ね?」


「うっ、ごめんなさい……」


 身長差もあいまって、ほかの人からすればまるで姉が妹を叱っているような光景であった。


「ゆりちゃん、落ち着いた?」


「うん、ありがとうえりかちゃん。……あれ? そう言えば葛葉ちゃんいないね……」


 さっきいた場所に来たものの葛葉の姿が見えない……と思い、何かあったのかと不安が頭をよぎった瞬間―――――



「もうしわけございませんでしたぁぁぁーーーー!!!」


 ものすごい声で謝る声が聞こえ思わずその方向を反射的に見てしまった。


「!? この声……渡辺さんだよね?」


「うん……」


 少し急いで声のした場所に向かった由莉とえりかだったが………2人の目の前には………


「本当に申し訳ございませんでした葛葉お嬢様まさか泣いておられると思わずとんだ失礼をしましたあぁ会長に知られたら即刻くびですどうしましょう私がついていながらこのような不祥事を二度も繰り返すなんて目付け役として失格ですもう会長や葛葉お嬢様になんとお詫びすればいいか分かりません!」


「わ、渡辺さん早口すぎて言ってる事の半分も分かりませんでしたよっ」


 人間の口の回し方とも思えないスピードで話す渡辺とその様子に困り果ててる葛葉の姿が見えた。そして、由莉達もまた渡辺の饒舌さに呆気に取られていた。


(ね、ねぇゆりちゃん……聞き取れた?)


(な、なんとか……大体は分かったけど、渡辺さん早口すぎるよ)


「取り敢えず、渡辺さんも気にしないでください。もう済んだことなのですから」


「しかし……」


「それよりも、またこうして由莉ちゃんとえりかちゃんと会えて本当に嬉しいんです。……渡辺さんが掛け合ってくれたんですよね? じゃなかったらここに寄らずに帰っていたはずです。だから……ありがとうございます」


「お、お嬢様ぁぁぁァァァーーー!!!」


「ひゃ!? 抱きつかないでくださいっ」


 許してもらえた喜びのあまり渡辺が涙を滝のように流して抱きつこうとするのを葛葉は急いで避けると勢いそのままに垣根にダイブしていった。


「……ふふっ、あっ」


 その様子を見ていたえりかが笑いを堪えきれなかったようで吹き出してしまい、こっそり見ていたことが葛葉にバレてしまった。もちろん、そんな様子を見られた事に葛葉は顔を赤くしていた。


「由莉ちゃんとえりかちゃん!? どうしてここに……?」


「葛葉ちゃんを迎えに行こうと探してたら……渡辺さんの大声が聞こえてきたんだよ」


 全部聞かれてたと知った葛葉はさらに顔を猿のように紅くした。


「うぅ……渡辺さんっていつもは凄い大人って感じの人なんだけどね……私の事になるといつもああなっちゃうんだよ……やっぱり恥ずかしい……」


「それだけ愛されてるって証拠だと思うよっ。あっ、さっきこれ阿久津さんから葛葉ちゃんにもって貰ったよ」


 由莉から真っ赤なりんご飴を受け取った葛葉はかなり嬉しそうにしていた。恐らく、これが好きなのだろう。


「りんご飴……? うんっ、ありがとう! 後で阿久津さんにもお礼言わないと……」


 そうして話していると、ようやく復帰したようで枝が折れる音と共に渡辺が起き上がってきた。


「お嬢様……そろそろ始まりますので、由莉さんとえりかさんを連れて行ってあげてください……」


 割と引っかき傷を作りながらそう言われた葛葉はハッとして持っていたスマートフォンを確認すると一気に焦り始めた。


「あっ! もう始まっちゃうよ! 由莉ちゃん、えりかちゃん、急ごっ!」


 由莉とえりかはその葛葉の持っているものに若干興味を抱いていたが、そんな余裕もないと渡辺を置き去って手を引っ張ると駆け足で湖のある方へと向かった。


「始まるって……何が?」


「なにも聞かされてない……よね?」


「阿久津さんと音湖さん話してくれなかったんだ……って、本当にもう始まっちゃうよ!」


 切羽詰まった様子の葛葉に由莉とえりかも取り敢えずその方向へと向かうと、割と人が集まっていることろに辿り着いた。子供から大人、年寄りの人まで、普通の格好の人もいれば浴衣を着ている人もいた。なぜここに人が集まっているのか由莉もえりかもあまり考えがつかなかった。


「はぁ、はぁ……疲れた……」


「葛葉ちゃん……何が始まるの?」


「みんな、すごくワクワクしているね……」


 子供たちのはしゃぎ具合でもう凄い事が始まるのは何となく分かっていた。そして、始まる直前になって葛葉がやっとここで何をするのか教えてくれた。






「今から、花火大会が始まるんだよ」



_______________

タイトルが思いつかなかったので、取り敢えずの形で付けておきます

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る