花の記憶

「はな、び……? それってもしかして……」


 由莉はその名前に聞き覚えがあり、葛葉に聞こうとしたその瞬間―――


 パッと空に1つの光が弾けた。


「っ!?」


 えりかはピクっとしただけであったが、由莉は思わず1歩下がり身構えた。


 ―――今のは……照明弾? って、照明弾はもっと長い時間続くはずだし……何だったんだろう?


 皆んなの様子は、と由莉はあたりをきょろきょろするとさっきの光が出る前に比べて盛り上がりがすごくなっていると感じた。ますます分からないと首を傾げる由莉を疑問に思った葛葉は軽く背中を叩いてあげた。


「えりかちゃんも由莉ちゃんも空を見てて?」


「……うん、分かった」


「うんっ、なにが始まるんだろう……」


 3人は少しの期待を持ちながら、大勢の人々が座っている石段に座るとぼんやりと空を見つめていた。そして―――――




 暗闇の空に1つの大輪が咲いた。それは幻想的で、儚く、清く、少女達の瞳を彩った。


「わぁ……っ」


「すごい……」


 眺めているあいだにも、黄金色の軌跡は何本も何十本……何百本も地上へと垂れ下がる。刻刻とその姿を変えていき、同じ瞬間なんてない様子は諸行無常、という言葉が似合うのだろう。

 由莉もえりかもこの1回で満足していた。こんな素敵な物が見れる事への幸せを凄く感じていた……と思えば、今度は真ん中は赤、その周りを金色が花びらのようにして新しい花が開いた。


「やっぱり……花火って綺麗……これがあと10分か20分か分からないけど、ずっと続くのって凄いと思うな〜」


「そんなにやるんだ……!」


「うん……っ」


 これだけ大きい花火なら何発か打ってそれで終わりかと考えていた2人は目を見開きながら次々に打ち上がる花火を眺めていた。


 だが、煌めいては消え、煌めいては消え……それを見ている内に2人は段々と寂しくなってしまった。


 ―――どんなにキラキラと輝いても……いずれ消えてしまう。そんな風に……いつかは何もかも消えてなくなるのかな……


 常にある物なんて存在しない、ずっと仲良くしていたいと願う2人にはそんなことを言われた気がしてちょっぴり複雑な気持ちになった。段々と不安も募っていき、由莉とえりかは自然に手を握りあっていた。


「ゆりちゃん、わたしたち……ずっと一緒だよね?」


「うん、絶対に終わらせたりなんてしないよ」


 自信を込めた由莉の言葉に不安げだったえりかも少し笑顔になって由莉の肩に寄りかかった。


「……やっぱり、ゆりちゃんの言葉はいつでも信じられるよ。大好きだよ、ゆりちゃんっ」


「え、えりかちゃんに言われるとなんだか照れるよ……でも、私もえりかちゃんの事が大好きだよ」


「…………?」


 そんな2人の会話を聞いていた葛葉は「これは……噂の百合なのかな?」と思ってしまったが……それ以上に、2人の信頼の深さをどことなく見えた気がした。どんな海峡よりも深い、どこまでも続いていきそうな深さだった。


 ――――――――――――――――


 そして、花火大会も大詰めに入ったようにその爆発力を格段に上げて『演目』と呼ばれるものが次々に打ち上がっていった。ド派手に惑星型や、ハート型、スマイル型まで打ち出すのだから3人はただただ圧巻の一言だった。


 そして、さらに終盤にかかると青色の花火がまず一発打ち上がった。


「青色の花火……すっごく綺麗……」


「えりかちゃんの浴衣にも青色の花があるしねっ」


「うんっ」


 それだけには留まらず、そこから青い花火の大連鎖が続いた。時間にしておよそ1分、その間は空からは青色の光が消えることは無かった。


「あれだけの青い花火を打ち上げるところ、私も初めて見たよ……本当に凄かった……」


「えりかちゃんがあそこにいるような気がしたよっ」


「も、もう……ゆりちゃんは大げさだよ〜」


「あはは……あっ、そろそろ最後の演目っぽいよっ。花火大会の最後の花火は……本当に凄いんだよ」


 そしてアナウンスで告げられたその演目の名は……『永遠に』。


 その瞬間に、湖から一発の花火がうち上がった。光の軌道がどこまでも天を翔る閃きとなって、最高点へと達した瞬間、花火大会が始まってから一番大きい花火が天下に轟くような響きと共に空に咲いた。

 そして、それに続くように他の花たちも一気に開花し、その瞬間だけは空の一部が金色の光に包まれていたのだった。


「…………」

「…………」

「…………」


 言葉が出なかった。これを言い表せるような言葉が何一つ見つからなかった。強いて言おうとすれば……


『すごい』


 という何とも陳腐な言葉しか出てこなかった。


「……凄かった。こんなにすごい花火大会だったなんて知らなかったよ」


「私も……耳の奥でまだ花火の音が聞こえるみたい……」


「すっごくきれいだった……! 花火ってこんなにきれいなんだね」


 余韻が籠る中、帰ろうとする人々を見て3人も阿久津や音湖、渡辺の所へ向かおうと満足した表情で腰を上げて向かおうとした時、後ろに座っていた今も座り続ける男の子達の声が聞こえてきた。



〔終わった……よな? なんで最後の光が出ないんだ?〕


〔機械かなんかの不良だろ? もう帰ろうぜ?〕


〔いや、多分だけど……まだあるぞ〕


〔まさか……だって、最後っていったらあの花火だろ?〕


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「確かに……最後の光がないのはおかしいって思ってたけど……普通の花火大会ならあれが最後だし……」


 由莉とえりかは「そうなの?」と首を傾げていたが、経験者の言葉は信じるべきだと思った2人は止めた足を再び動かそうとした……その時、


《続いて、最後の演目になります》


 そのアナウンスが入った途端、人々の帰る足が一気に止まり一気に騒然としながら元の場所へと駆け出した。


 ―――これって初めてじゃね?


 ―――うっそーてっきりあれが終わりだと思ってたわ


 ―――もっとすごいのがみれるのー?


 そんな人々の動乱を見て、3人も元いた場所へと戻ると、タイミングを見計らったかのようにアナウンスが響いた。


《最後の演目は『絆』です。尺玉150発の最後に相応しい迫力をご覧下さい》


 言い終わると同時に、湖の両端から花火がうち上がった。いくつもの演目を見てきたがいきなり初のパターンで由莉やえりかを含め全員が驚嘆していた。長い尾が引いてゆき、比較的低空で2つの花火は同時に花開いた。そしてその色は――――






 青と桃だった。


「っ!?」


「ぇ……!」


 ―――ぐう……ぜん? ううん、そんな訳ない!皆んなだって最後だと思ってたんだから……!


 ―――もしかして……これって……





 ――――――阿久津さん?


 思い当たる節がそれしかなかった。だが、こんな大勢の中でそんな事が出来るのかと頭を過ぎったが……それも次の瞬間どこかへと飛んでいってしまった。


 1発目が枯れる前に2発目が開き、2発目が枯れる前に3発目が開き………


 青と桃の光が途絶える事がなく徐々に中心へと近づくその光は、紡ぐように受け継ぐように繋がれていく。その光景は人々にとって異質なものだったが魅了されたように釘付けになっていた。そそて、葛葉もまたその1人だった。


「なんだか……素敵だよ。ねっ、ふたり……も……」


 2人に声をかけようと葛葉はその方を見ると……由莉もえりかも大粒の涙を零していた。もし、これが阿久津が仕掛けた事だとしたら……これが表すことは、


『由莉さんとえりかさんの思いはいつまでも消えることはありませんよ』


 と言うことに他ならなかったのだ。いずれ消えてしまう花火で永遠なんて存在しないはずなのに、それを表現しているように……2人にだけ分かるようにして作られたこの演目に由莉とえりかは涙を隠しきれなかった。


 そうしている間にも2つの大きな光の奔流の間は狭まっていき、とうとう桃色と青の花火が並んで上がった、その時、その間を貫くように大きな光の竜が空を上っていった。さっきよりも長い時間、より高く、上ってゆき――――――


 左半分は青、右半分は桃の大花が咲き誇った。

 更にはそれと同時に今までの場所から一斉に球が何発も何発も打ち出され青の光と桃の光が完全に交わりを遂げた。

 途切れないその光流は消えない運命、『絆』の交わりだった。


「ゆ、り……ちゃん…………っ!」


「ううっ、えりか……ちゃん……っ!」


 涙を流しているのも忘れて2人は思いの限り抱き合った。花火にしろ何もかも、形あるのもはいつか終わりを迎えるが、『想い』ならば消えることはないんだと、そう言われた気がした。


 この『絆』は消えないんだ、と言われているような気がした。


「今日のこと……っ、ぜったいに忘れないよ。たとえ何があっても……忘れたくないっ!」


「私もだよ。絶対に忘れたくない……忘れされてたまるもんか……っ!」


 決して破らせないと、その日、桃と青の光の下に由莉とえりかは誓ったのだった。

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