由莉は別れの辛さを経験しました

 3人はしばらくの間、色んな屋台を回っていた。楽しい時間はあっという間に過ぎてゆき____もうどのくらいの時間、遊んだり食べたりしていたのか分からなくなっていた頃、阿久津と音湖、葛葉の付き添いの渡辺が3人を待っていた。


「さて……由莉さん、えりかさん、そろそろ行きましょうか」


「葛葉お嬢様も行きますよ」


 ―――もう、帰る……のかな……


 ―――くずはちゃんと……お別れなのかな


 ―――せっかく……2人と仲良くなれたのに……


 出来ればもっと――――と思ったものの仕方ないと割り切り渋々と頷くと由莉とえりか、葛葉はお互いに向き合った。


「また……いつか会えるよね?」


「くずはちゃん……元気でね?」


「うん。由莉ちゃんもえりかちゃんも、今日は……本当にありがとう。またいつか会ったら……もっと色々話そうね!」


 涙が出るのを堪えながら最後に「またね」と言うと、それぞれの車に乗り込んだ。由莉もえりかもこれで満足は…………正直しきれなかった。


「えりかちゃん……」


「ん……ゆりちゃん……」


 由莉は人形のようにえりかに寄りかかった。阿久津達に迷惑はかけたくないと素直に葛葉と別れたが、そうは言っても……


「もっと……一緒にいたかった」


「……うん」


 別れはやっぱり苦しいのだ。由莉には痛すぎて、もう味わいたくない……そんなくらいに。

 そんな由莉をえりかは肩に寄りかからせるのではなく、膝枕をしてあげた。


(だれよりもやさしくて強いゆりちゃん……だけど、実はすっごく意地っぱりで涙もろくて、一人で抱え込もうとしちゃう……だから、わたしはゆりちゃんの支えになりたい……)


 そして、由莉もえりかの行動になんの抵抗も見せずにそのまま身を委ねた。いつも由莉の事を信じ、想い続けてくれるえりかだからこそ、信じられた。


「………………っ」


 由莉は何も言わないようにしていたのだが、肩の震えだけでえりかには由莉がどんな表情かすぐに分かった。


「ゆりちゃん……」


 えりかは何も言わず、由莉のさらさらな髪の毛を付け根から先端へとかけてゆっくりと撫でてあげた。由莉に教えてもらった、自分が一番落ち着く事の出来る方法だったからだ。


 ―――――――――――――――――


 由莉はえりかの予想通り泣いていた。心に風穴をこじ開けられたような虚無感に苛まれ、またいつか会えるかもしれないと分かっていても……それでも嫌だった。もっと、もっと……が積み重なり、傲慢だと思ってもそう思わずにはいられなかった。誰かと一緒にいる事の幸せさを知ってしまった由莉は、自分の側から誰かがいなくなるのが辛くてどうしようもなかった。


「わ、たし……もっといっしょにっ……いたかった……っ」


「うん……わたしもだよゆりちゃん……っ」


 がまんしていたえりかも遂に耐えきれなくなり、由莉の頭に被さるようにして涙が頬を濡らした。

 2人とももっと一緒にいたかったという気持ちが強すぎたのだ。


 勿論、そうしている様子は音湖と阿久津には後ろを見なくても察しがついていた。それも分かってて行くのか言わなかったのだから。




 ____________________


「さて、着きましたよ。2人とも降りてください」


「……はい」


 もう着いたのかな……、と2人は重い足取りでドアを開け地面へと降り立ち、ふと前を見た。


「あっ」


「えっ……」


「………?」


 …………


 ……………………



「「「えええぇぇぇーーーーーーー!!!???」」」


 2人の目の前にいたのは先ほど別れたばかりの黒髪の女の子、葛葉だった。


「えっ……葛葉ちゃんだよ、ね?」


「う、うんっ……正真正銘、栢野葛葉だよ」


「にせものじゃ、ない?」


「えりかちゃん……少し傷つくよ?」


 ようやく2人とも目の前にいるのが本当に葛葉だと分かるとなんだか、気が抜けてしまった。


「もうお別れだと思ってた……だから、またすぐに会えて嬉しいよっ」


 よくよく見ると、葛葉の目元も赤くなっていて泣いてたんだと分かった。


「私もだよ、葛葉ちゃん……本当にお別れだと思ったらなんだか……辛くて……っ」


 間もなくの再会を喜びあう2人だったが、その中でえりかはなんだか腑に落ちないような顔をしていた。


「ゆりちゃん……わたしたちが泣いてるの……あくつさんとねこさん分かってたよね……なんで「すぐに会えます」って言わなかったんだろう?」


「……たしかに、えりかちゃんの言う通りだよ。私もえりかちゃんも家に帰ると思ってたから……あれ? そう言えば阿久津さんどこに行くかって言ってなかったよね? もしかして……私たちが勝手に思い込んでただけ……?」


「夏祭り行く時も、ギリギリまで言ってくれなかったよね」


「しかも、阿久津さんと音湖さんと……渡辺さんが一緒にいた。って事は、ここに来る事も多分知っていた。…………もしかしてっ……!」


「ゆ、由莉ちゃん?えりかちゃん? どういうこと?」


 由莉とえりかの推測についていけない葛葉は説明を求めると、由莉が3行でまとめた。


「ここでまた再会するのを知ってて阿久津さん達は黙っていた。私もえりかちゃんも葛葉ちゃんも泣いてたのに、それを知っていたはずなのに……」


「え……?」


 その結論が由莉の中で何度も何度も、繰り返して繰り返して、ほぼ確実な事だと分かったその瞬間、由莉の雰囲気が、ガラリと入れ替わった。


 本気でぶちぎれている由莉の目だった。


「ねぇ、えりかちゃん。阿久津さんと音湖さん呼んで話してみよっか。ちょっと理性保つので限界だから手握っててほしいな……」


「う、うんっ。ゆりちゃんあまりやりすぎないでね?」


 震える手をえりかがしっかり握ると由莉の暴走が寸前で止まり、さっきの濃厚な気配は薄れていった……が、その分の怒りが体の中に流れ込んでいった。


「阿久津さん達の言い分次第かな……なんで黙ってたのか、どうして何もしなかったのか、納得が行くまで収まらないと思う……とりあえず行こっか」


 もし、仕組まれてやられた事なら一切許せる気がしなかった。由莉だけを泣かせたのなら怒るだけで済みそうたったが……友達を、しかも2人しかいたい友達を2人とも泣かせたという事実が由莉の怒りの沸点をぶっ飛ばしていた。


 そして、そんな由莉の気配は阿久津達にも完全に伝わっていた。


「あーだから先に言おうって言ったのににゃ。あの由莉ちゃんの感じ……ちょっと久しぶりに震えてるにゃ」


「えりかさんとやりあった時の次くらいにキレてますね……由莉さんの優しさが反転して凶器と化すと普通の時の音湖でも少し苦戦すると思いますよ」


「……そうかもしれないにゃ。で、どーするにゃ? 下手に言い訳したらいずれ由莉ちゃんがぶっ殺しに来そう気がするんだけどにゃ?」


 音湖も笑顔をピクつかせながら阿久津に責任を全部押し付けるように聞いた。


「どうしますかね……と言っても、ここに連れてきた理由で納得してもらうしかないんですけどね……ダメだったら……ねこ、覚悟はしておいてください」


「なんにゃ? なんかすごい意味ありげなこと言わないでほしいにゃ!? って由莉ちゃんとえりかちゃん来てるにゃ!」


 そうして、阿久津と音湖は外へ出ると由莉とえりかと対峙した。





「どうして……黙ってたのですか」

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