葛葉は知ってしまいました

「……っ!」


 2人が言う『命』の重みはレベルが違った。

 サラッと言えるような『命』じゃない、自分の全てという意味での『命』の事なのだと、葛葉は底知れない戦慄を覚えた。

 信頼なんて生温いものではない。一蓮托生、お互いどんな事があろうとも自分の全てを託しているように見えて…………


 葛葉はどうやっても2人の隣に並ぶことなんて出来ないと分かってしまった。普通に一緒にいるだけでは絶対に掴み取る事の出来ない何かが2人の間には結ばれていることに―――


「……そっか。2人ともすごく仲良さそうだもんね」


 張り付けたような笑顔。その裏には少しばかりの残念さや、悔しさが少なからず残ってしまっていた。


「ん…………」


 それに由莉が気が付かないわけがないのだ。

 そして―――そんな人を見過ごす由莉でもない。


「え〜りかちゃんっ、最後の1個だよ」


「うんっ、―――ん、おいしい〜っ」


 由莉は最後の一つをえりかに投げ渡すと、えりかはしっかり口でキャッチしてみせた。


「…………」


「さて……葛葉ちゃん、他に何か買いに行こ? まだ色々と食べたいし、ね?」


「あっ、う……うん」


「ゆ、ゆりちゃんまって〜」


 少し俯く葛葉の手を由莉は強引に引っ張りながら3人は人々の合間を縫うように駆けていった。


「ゆ、由莉ちゃん少し速いよ……」


「いいからいいからっ」


 今まで見せなかった由莉の強引な動きに葛葉はただ困惑していたが、言ってしまえば……由莉の狙いでもあった。


 ―――そんな悲しい顔をしたらだめだよ、葛葉ちゃん……お祭りなんだから楽しまないと!


 暗い顔でいるよりも困ってくれた方がいいと由莉は思った。ちょっと強引なくらいが葛葉にとってもいいとある程度確信を得ていたのだ。


 そうしている内に葛葉も、やっと由莉が自分の事を気づかってくれている故の行動なんだと分かり、明らかに年下の女の子に気を使われてしまい少し申し訳なくなったが、前を走るそんな由莉の姿がとても頼もしくて、心強くもあった。


 ……いや、もはや由莉から年下という感覚が全く感じられないくらいに……いや、自分がもしかして年下なのかもしれないとすら思ってしまった。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 〜その頃、駐車場にて〜


「眠たいにゃ……夜風が冷たくて気持ちがいいにゃ」


 音湖は阿久津の車の中で少し寛いでいた。慣れない速度でここまでぶっ飛ばして、えりかの早着替えもさせたのだから多少の疲れはあった。

そして、全開にした窓から流れる夜の風が音湖の身体を撫で回すように包み、それが若干の眠気を誘っていた。


「あっくん達が来るまで少し寝てるかにゃ……にゃ〜〜」


「そのままでいてください」


「わかったにゃ〜…………にゃ!?あっく……ふごっ!?」


 音湖は大きなあくびをしていると唐突に冷たい何かを口に突っ込まれ飛び上がってしまい、天井に頭をクリーンヒットさせた。

 不意打ちの痛みは音湖に響いたようで呻き声をあげてしまった。


「きゅうう……あっくん何するにゃ……ん? これは……」


「ねこ、ありがとうございました。えりかさんの為にあんなに早く動いてくれたので3人は楽しんでいると思いますよ。そのお礼です」


 音湖が口に突っ込まれた物を口から串を持って見ていると、目が覚めるような黄色のパイナップルが竹串に刺さっていた。


「……あっくん、うちの好きな果物でも知っていたのかにゃ?」


「いえ、偶然ですよ」


 端的に言えば、音湖はパイナップルが果物の中で一番好きだった。それを阿久津から貰えるなんて本来なら嬉しさでショック死しそうだが、音湖はそれ以上に……びっくりしていたのだ。


「……やっぱり、あっくんは変わったにゃ。以前のあっくんならそんな事絶対にしてくれなかったにゃ」


「そうですか?」


「そうだにゃ。……やっぱり、由莉ちゃんと会ったからなのかにゃ?」


 数年前の阿久津を知っている音湖はそれしか心当たりがないとばかりに聞くと、幾ばくかの時間を経て応えた。


「そうですね……だからかもしませんね。由莉さんがここに来なければ、こうして、ねこと会うことはまず無かったはずですし、こっちから会う気は無かったと思います」


「あっくん、ストレートに言われるとさすがにうちでも傷つくにゃ。……まぁ、それもそうかにゃ」


 ―――大羽由莉、本当に不思議な子にゃ。周りにいる人が全員、由莉ちゃんを見てしまう。そして……絶対的な変化を起こしてしまう。言ってしまえば……あの子は太陽みたいな存在にゃ。


 全てが由莉を中心に回っているのじゃないかとも思ってしまうくらいの不思議さを由莉に感じた音湖は少し首を傾げるも、考えるだけ無駄だと取り敢えずその事は忘れることにした。


「……何はともあれ、今日こうして由莉さんやえりかさんが楽しめているのはねこのお陰です」


「っ! そ、そうかにゃ……」


 何の躊躇いもなくそうやって言う阿久津に音湖はぷいっと横を向くと冷たいパイナップルの塊を口いっぱいに咥えた。


(にゃ……そんなに褒められると……うちだって照れるんだにゃ……あっくんはなかなかの天然のタラシだにゃ)


 頬をほんのりと赤くするのを隠すようにして―――

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