由莉とえりかと葛葉の夏祭り
車から出てきたえりかは浴衣の色は白ベースの青と色に関しては変化はなかったが、柄には濃淡のある青で描かれた大きな花がいくつも飾られてあり、さっきが清楚ならばこっちはクールさ、大人さが目立つような印象だった。
「音湖さんすごいんだよ? 5分で着せかえをしてくれたんだよっ。この浴衣、どう……かな?」
「うんっ、似合ってるよえりかちゃん! すごく……なんだか……かっこいい?」
「かっこいい、じゃなくて大人っぽいだと思うよ、由莉ちゃん」
言葉の表現に悩む由莉と、それをそっとフォローする葛葉の様子がえりかには少し嬉しくて少し羨ましいとも思ってしまったが、ふと、運転席にいる人の存在を忘れかけていたえりかは3人でいく前にお礼を言った。
「あはは……あっ、音湖さん! 本当にありがとうございました!」
「気にすることないにゃーーうちはもうバテバテだから皆んなで仲良く行ってくるにゃー」
そう言いいながら窓から震えた手でグットサインを出している音湖に3人でもう1回大きな声でお礼をすると、再び祭りの賑やかさの中に身を投じた。
「音湖さん……すごい疲れてたから本当に急いでたんだね……」
「もうこの場から動けませんって言ってるみたいだったね……」
屋台を見回しながら3人はさっきの音湖の様子を話していた。あんな必死になってえりかのため……いや、3人のために急いでくれたことがすごく嬉しかった。
「うんっ、本当に音湖さんのおかげだよ。あとで何か買ってあげたいね」
えりかの反応に2人とも頷くと、その話は一旦終わりにして何を食べようかという相談に移った。
「えりかちゃんもお腹空いたでしょ?」
「もうお腹ぺこぺこだよ〜。ゆりちゃんとくずはちゃんはなにか食べたの?」
「ベビーカステラってやつを食べたんだよ。あっ、えりかちゃんも食べる?」
葛葉の提案にえりかは未だ聞いたことも食べた事もない食べ物を想像し目を爛々とさせて首を縦に振った。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
そうして、3人はさっきのベビーカステラの屋台の元へと辿り着くと、そこの青年は再びやって来たことに少し驚いていた。
「おぉ? 今度は3人に増えたな。それで、どうしたんだい?」
「あのっ、さっきの40個入りのものをもう一つください」
「おっ、毎度ありっ! 同じ客が同じ日に2回も買いに来るなんて珍しい事もあるもんだなっ」
由莉から野口英世を1枚受け取ったその青年は袋の中にベビーカステラを投げ入れながら聞くと、由莉と葛葉はゆっくりと顔を見合うと少しだけ笑みをこぼした。
「だって、すごく美味しかったから……次行く時もここにしようって思ってたんです。ね、葛葉ちゃん」
「うん、何個食べても手が止まりませんでしたし……それに、えりかちゃんもすごく楽しみにしていたので……」
そうやって由莉と葛葉は右を見ると、目に星を瞬かせながらうっとりしているえりかの姿があった。もう我慢が出来ませんと言っているようなものだった。
「おいしそう……」
きっと、買うまで何を言っても返事をしてくれなさそうなえりかの姿に若干の苦笑いを2人は洩らしていたが、そんな3人の言葉や様子を見ていた青年は感極まりそうになっていた。
3人の女の子が同じ屋台がいくつもある中で自分の屋台に2回も買いに来てくれ、そして曇り気のない本心からの言葉で「おいしかったから」と言われる姿を考えてみてほしい。感動しないはずがなかったのだ。
だが、そんな醜態を可愛い女の子たちの前で晒すわけにはいかないと青年は頭を括っていたハチマキを外すと後ろを向いて顔全体に被せていた。
もちろん、その青年が泣いていることに由莉は気づいていたが何も触れずにいることにした。
数秒後にはその青年はもう1回ハチマキを頭に括ると気合いを入れ直し、3人に向かい合った。
「そんな言葉かけられたの、何年かやって来たけど3人が初めてだ! そんな言葉かけられても俺には少しサービスする事しか出来ないけど……よっと! やっぱやめだ! たっぷりサービスしたから3人で仲良く食べな!」
そう言いながら最後にごっそりと袋の中へと流し入れた青年の様子に葛葉と由莉はびっくりしていた。
(さっきより多い……でも、こんなに貰っちゃっていいのかな? でも……嬉しい)
そう葛葉は思っているくらいだったが……由莉は別の目線でびっくりしていた。
(最後入れるまでで42個……それでも本っ当に嬉しいのに最後……16個も入れてくれた……!)
由莉はポカンとしながらその袋を受け取るとさっき来た時より明らかに重さが違うことがすぐに分かった。よっぽど嬉しかったんだろうと、由莉は顔を綻ばせていた。
「お兄さん、ありがとうございます! 葛葉ちゃんとえりかちゃんで仲良く食べます!」
由莉がそう言って笑顔で言うと男はその笑顔と、お兄さんという響きに少し照れ臭そうにして笑ってくれた。
「おうっ! また来年も来たらサービスするからな」
「は〜い!」
そうして、3人はその屋台から出ていきつつ、ベビーカステラを頬張っていた。
「んん〜っ、おいしい……甘くてしあわせ〜」
待ちに待っていたえりかは一つ食べただけでほっぺたが蕩け落ちそうになっていた。出来たてで温かい甘さは今も少し痛む頬の傷を忘れさせる程だった。
「えりかちゃん、どんどん食べていいからね? 私たちも結構な数食べたから」
「
えりかは喜びながら由莉から投げ渡されるベビーカステラを次々と食べていった。
……そして、その間に挟まれる葛葉は少しばかり……いや、すごく驚いていた。
由莉の投げるベビーカステラが、まるでえりかの手のある位置に吸い込まれるように全部真っ直ぐに入っていたのだ。そして、それをえりかも何も言うことなく取っては食べ、取っては食べを繰り返していた。何気ない行為だが、実際は出鱈目なくらい難しいのだ。
そんな2人の様子を見ていて葛葉は思わずある事を口に洩らしてしまった。
「2人なら、マシュマロキャッチみたいな事出来そうだね、あはは……」
「……? マシュマロ……」
「
そもそもマシュマロを知らない2人はどういう事かと葛葉に説明を求めたが、丁度都合いいところにやっている人達を見かけ失礼にならないように少しだけ指さした。
■□■□■□■□■
「だっせーー失敗してやがる……ぶふっ」
「っせーな。じゃあやってみろよ」
「はいよっと。これくらい楽勝楽勝」
■□■□■□■□■
「本来ならマシュマロっていう白いお菓子を使うんだけど、あんな風に二人でも出来るんじゃないかな〜って。……私も前に一度やったけど……失敗してその上に地面に顔を打ったから二度とやりたくないんだけどね……」
割と黒歴史を暴露しつつ笑っている葛葉をよそに由莉は少しやる気になっていた。
「面白そうっ、そ〜れっ」
由莉はそう言いながらベビーカステラを割と高めに放り投げた。手から放たれたベビーカステラは上向きの初速度を与えられ、重力に逆らって由莉の背の3倍程の高さまで投げられる。そして、空中で一瞬止まると再び重力のままに速度を一気に上げながら落下していくも、それを由莉は何気ない顔でしっかりと口の中にミートした。
葛葉はそれを見て口をあんぐりさせた。
「す、すごいよ由莉ちゃん……あんなに高いところまで投げて寸分の狂いもないなんて……」
「ありがとっ。やっぱりこれ美味しい〜」
幸せそうに食べている由莉を見てどうすればあんな精度を出せるのか聞きたくなったが、男3人との争いを運動と言ってしまうのだがら割と何でもありなのかなと思った葛葉は言及するのをやめた。
「ゆりちゃん、わたしもやりたいから1個欲しいな〜」
由莉の嬉しそうな顔を見ていたらまた欲しくなったえりかはそう言うと由莉は快く頷きえりかに投げ渡した。
さっきと同じく今度はえりかの身長の1.5倍くらいの高さで。
「ぇ……っ!」
葛葉は思わず声を漏らしてしまった。今度はその軌道を追っていたから何となく分かってしまった。
由莉がえりかの口に直接狙って投げたんだと。
だが……そう上手くいくはずがない。1人ならば自分で投げた軌道が何となく分かるが、2人となると投げる側の精密さも然り、食べる側の軌道を読んでその場所に入る力、そして……互いに対する絶対的信頼がなければ余程のラッキーじゃない限り成功しないはずなのだ。
そう思っているうちに投げられたそれが葛葉の頭上を通り過ぎ、えりかの顔めがけて飛んでいった。当然、えりかは手に飛んでくると思っているのかまだ気づいていない。葛葉は声をかけようとするももう間に合わないと、えりかの顔面に衝突するだろうと確信した。
もうベビーカステラとえりかの間には頭1~2個分の隙間しかない。もうだめだ―――! と葛葉が諦めた、その時、
えりかは唐突に首を上げ、ほんの一瞬口を開けると本当にジャストのタイミングで口の中に吸い込まれた。
「
「ご、ごめん、えりかちゃん……」
少し不満げに口を尖らせるえりかに少し反省する由莉だったが……あまりに異質な光景だった。見た人全員が思うだろう。
「ありえない……」
……と。いくら由莉とえりかがすごいとはいえめちゃくちゃだった。これをするのにどれだけの精度と動体視力と信頼関係を必要とするのか考えもつかなかった。
「ねぇ……由莉ちゃん、えりかちゃん……少し聞いてもいい?」
「ん? どうしたの?」
「2人って……どれくらいお互いの事を信頼してるの?」
どうしても葛葉はそれが聞きたくなってやまなかった。これほどまでの実力、さぞ深い信頼で繋がっているんだろう……と。そして、2人の口から紡がれた言葉は予想通り………………
「えりかちゃんのためなら命だって賭けられるくらいかな?」
「ゆりちゃんのためならこの命をまかせられるくらいかな?」
……撤回しよう。葛葉の予想を遥かに上回っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます