由莉は葛葉を誘いました

 阿久津たちが夏祭りがやっている場所へ着く直前、音湖が走って由莉達に追いついた。


「お待たせにゃ〜なんとか落とした物、見つけられたにゃ」


「音湖さん、何を探していたのですか?」


 葛葉が不思議そうに聞くと音湖はただにっこりとしながら人差し指を立てて唇にそっと当てた。


「にゃはは、レディーの秘密はそう簡単に聞くべきじゃないにゃ、葛葉ちゃん?」


「ご、ごめんなさい……」


 葛葉はその言葉を理解できるような出来ないような感じで、とりあえず謝っておいた。その一方、由莉とえりかは音湖がこの数分で何をしたのか大体察してしまった。



 さっきの男達を一人残らず消したんだと―――



 音湖は相変わらずにっこりとしていたが、由莉とえりかが向ける視線を見るとほんの一瞬だけ驚いてしまった。


(……やっぱり分かっちゃうのかにゃ。さすがあっくんと一緒に暮らしているだけあるって事かにゃ……?)


 と、考えているうちに祭りがやっている場所まで戻ってきたから、音湖は考えるのをやめた。


「それじゃあ、えりかちゃんは着替えに戻るにゃ。あっくん、鍵ちょーだいにゃ」


 阿久津から投げ渡された鍵をしっかりとキャッチし、えりかを手招きした。


「じゃあ、ゆりちゃん、くずはちゃん、行ってくるね」


「行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい」


 えりかと由莉、葛葉はそうやって分かれると音湖とえりかは阿久津の車へと走っていった。


 その様子を由莉と阿久津、葛葉は見送ると祭りのやっている場所へと入っていった。


「まず、葛葉さんは渡辺という人の元に行ってあげてください。屋台の隅で萎れているくらい心配していたので」


 葛葉は勢いよく頷くと色々と揺らしながら走っていこうとした……が、


「後で渡辺さんに謝らないと、ひゃあ!?」


 石の段差に躓いてすっ転んでしまった。数ミリもない窪みに上手にハマってしまったのだ。

 顔から突っ込んでいったように見えた由莉は焦って葛葉の元へと駆け寄った。


「葛葉ちゃん、大丈夫!? 怪我とかしてない?」


「うっ……膝擦りむいちゃった……」


 由莉はその部分を見ると葛葉の白い足から血が滲みでているのが見えた。幸い、顔面は直前で受け身を取っていたようで傷はついていなかったから一安心した。


「顔に傷が出来てなくて良かったよ……阿久津さん、消毒液とティッシュ、絆創膏持ってますよね?」


「ふふ、分かってましたか」


「阿久津さんなら持ってきているって信じてましたっ」


 いざとなればこれ以上頼りになる人はいない阿久津の事だからと、由莉は聞くと阿久津は少し笑いながら白い大きめな絆創膏と消毒液、ティッシュを袋の中から出し由莉に渡した。


「葛葉ちゃん、じっとしててね?」


「ん……由莉ちゃん、ありがとうね」


「……うんっ」


 何となく、葛葉のその6文字には今手当てしてくれている事へのお礼と共に、助けてくれてありがとう、の意味も込められているような深さを由莉は感じ取り、照れくさそうにしながらも、しっかりと手当てをしてあげた。

 阿久津の手当てを見た時のように、見よう見まねでやったが上手くいったようで由莉も初めてやった割にしっかり出来たと少し満足していた。


「さて、二人とも行きましょう。あの人が枯れる前に行ってあげましょう」


「はい!」


「はいっ。あっ、葛葉ちゃん……手つなご? そうすれば、葛葉ちゃんが躓きそうになっても私が支えてあげられる」


 真横を歩いている葛葉よりも頭一つ分くらい背が低い由莉……間違いなく年下だと葛葉も思っていたが、それでも純粋で可愛い由莉の気持ちを受け取らない、なんてことは出来そうもなく、葛葉はコクリと頷くと差し出されたその小さな手をしっかりと握ると、渡辺の待っているであろう場所へと向かうのだった。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「お嬢様ぁぁぁぁーーー!!」


 着くやいなや、葛葉に飛びつく女性に側にいた由莉も飛び上がってしまった。涙を滝のように流しながら飛びついてくるんだから、当然と言われれば当然の反応だ。


「ひゃっ、渡辺さんっ! それは外でしないでと何度言ったら分かるのですか……でも、心配をかけて……ごめんなさい。実はかくかくしかじかで……」


 それから、葛葉は自分の身に起きたことをざっくり分けて話すと渡辺の顔が若干青ざめていた。


「そんな事が……申し訳ございませんでした、葛葉お嬢様……私がいながらこのような……」


「でも、由莉ちゃんと……着替えに行ったえりかちゃんの二人が助けてくれたんです」


「っ! なるほど……由莉さん、葛葉お嬢様を助けてくださりありがとうございました。なんとお礼を言えば……」


 本日、音湖に継いで二度目の大人からの礼を受けた由莉は少しだけ戸惑いつつ頭を上げるように言った。


「いや……ですが、由莉さんは葛葉お嬢様の恩人。なにか相応の報酬をするべきなので……」


 口篭る渡辺に由莉は少し考えると、一つだけお願いをする事にした。強引にいらないと言えばお互いの後味も悪いと判断し、音湖の時にも使った種類のお願いをした。


 お願いを叶えるためのお願いを――――



「報酬……あっ、それなら一つだけ……渡辺さん、葛葉ちゃんと一緒に夏祭り楽しんでもいいですか? 後に、えりかちゃんも来る予定なのですが……」


「それはもちろんです! 葛葉お嬢様もその方がきっといいと思いますので、行ってきてください!」


 渡辺は葛葉と同じ女の子と一緒にいることを嬉しくて舞い上がりそうになりながら快く承諾した。


「葛葉お嬢様に財布を持たせたい所なのですが……お嬢様はかなりのドジなので…………由莉さんが持ってもらってもいいですか? せめてものお礼にその中のお金は好きに使ってください」


(あっ、ドジっ子だったんだ、葛葉ちゃん……)


 これは以前から何回もやっているんだなと感じ、葛葉の方をチラッと見ると少ししょんぼりしていた。どうやら図星だったようだ。


「ありがとうございます、渡辺さんっ。じゃあ、葛葉ちゃん行こっ」


「っ、うん!」


 由莉に手を差し出された葛葉は嬉しそうにその手をしっかり掴むと再び人々の群れの中へと潜り込んでいった…………


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「やはり……葛葉さんは栢野グループの……トップのご令嬢でしたか」


「まさか、またお会いになると思ってませんでした。お嬢様の危険を助けていただきありがとうございました」


「いえ、助けたのは由莉さんとえりかさんの二人の意思……独断行動ですよ。だから、私たちは何も……」


「そうでしたか……となると、やはり由莉さんと、そのえりかさんも……という事になるんですね」


「そう、ですね。しかし、今は事情が事情なので教えるには時期尚早かと」


「そうなのですか……しかし、何はともあれ、助かりました」


 こんな会話が阿久津と渡辺のものでされている事は誰も知らないことだった。

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