全員が合流しました

 由莉とえりかが阿久津と音湖、そしてその女の子の元へ近づくと、暗がりで見えにくかったえりかの傷がようやく3人にも見え、阿久津がすぐに手当をした。


「えりかさん、少し染みますが我慢してくださいね」


「はい…………うっ」


 冷たい消毒液が傷口に染み渡り思わずえりかは顔をしかめるも、何とか耐えた。

 すぐにガーゼを幹部に当てて医療用テープを縦と横に2本ずつ貼って止めた。


「ありがとうございます、阿久津さん」


「どういたしまして。由莉さんは怪我はしていませんね」


「なんだか、見向きもされなかった気がします……」


「由莉ちゃーん、気をしっかり持つにゃー。うちが灰になって消えそうだにゃー」


 阿久津から信頼されているのかなと由莉は思いつつ、えりかみたいに気を使って欲しかったとちょっぴり凹むも、常に阿久津からの態度がこの調子だった音湖は、目を白くしながら由莉を元気づけていた。


 そして、一通り落ち着きを見せ始めた頃、由莉はなぜここが分かったのか阿久津達に聞いた。


「阿久津さん、音湖さん……どうしてここにいると分かったのですか?」


「簡単ですよ、二人があそこにいなかった時点で大体検討がつくものです」


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 〜由莉とえりかの戦いが始まった直後〜


 阿久津と音湖は二人がいるであろうトイレへと足を運んだが、その場にいないことに妙な違和感が残っていた。


「あっくん、これ……すれ違いじゃない気がするにゃ」


「音湖もそう思いますか。……何か変ですよね」


 行く際に二人がいるか、くまなく観察しつつ来たのにここにはいないとなれば、可能性としては、



 ・屋台の裏を通って阿久津達が待っていた所までいったか

 ・トイレがある場所より奥の屋台へと入っていったか

 ・……誰かに連れていかれたか

 ・なにかを見て追いかけていったか



 この4つに絞られた。


「屋台の裏を通るなんてめんどうなこと、由莉ちゃんやえりかちゃんがする理由がないにゃ」


「もっと奥に入っていくのもないですね。二人ともお金を持っていませんし、どちらにせよ、帰ってくるはずですし……」


「……あっくん、由莉ちゃんとえりかちゃんが連れてかれた可能性はどう見るにゃ?」


「ないですね。えりかさんはまだ訓練を初めて間もないにしろ、由莉さんは私が教えてるんですよ? たかがチンピラ如きに負けるほどやわには育ててませんよ」


 阿久津の自信が込められた言葉に音湖も「なるほどにゃ」と頷いた。と、するなら原因は一つだった。


「ここで……二人とも何かを見た。それで、二人とも後をつけて行った……これが一番有力かにゃ?」


「そうですね……でも、それなら私達を呼んだ方がいいと二人とも分かっているはずです。なのに、それをしなかったとなると、そんな余裕のないくらい緊迫した状況だった、と考えられますね」


「けど……なんでにゃ? 由莉ちゃんとえりかちゃんをそこまで駆り立てる物はなんなのにゃ?」


 言ってもまだ会って数時間しか経ってない音湖はこの行動の意味が分からなかった。


 が、阿久津には手に取るように掴めた。4ヶ月もいれば、その人の考えている事なんてすぐに分かってしまう。まして、由莉だと尚更に―――


「本当に……由莉さんは仕方のない人です」


「にゃ? あっくん分かるのかにゃ?」


「当然です。なんせ、由莉さんですから」


 自信をもってそう言う阿久津を音湖は怪訝そうに見ていた。


「どういう事にゃ?」


「由莉さんは……人のためなら自分のことも省みない、そんな優しい子なんですよ」


『人のため』、その言葉を聞いた音湖は少しだけ不機嫌そうな顔になった。甘いやつから順に死んでいくこの世界にそんな甘さは必要ないと言うのが音湖が今も信じている事だったからだ。


「……うちには理解しかねるにゃ。その優しさが自分の身を危険に晒すと分かってて由莉ちゃんはやってるのかにゃ?」


「それも分かってて由莉さんはやってるんですよ、ねこ。……あなたには縁のない話かもしれませんが」


「…………」


 阿久津の言葉は音湖の心に確かに突き刺さった。紛れもない事実だった。誰かのため、なんて実際の現場でやった事がただの一度もしたことのない音湖には、とても理解できなかった。

 が、今は私情を挟む場合ではないと判断し音湖は早急にそんな思いをばっさり切り捨てた。


「……とりあえずにゃ、由莉ちゃんとえりかちゃんを追った方がいいにゃ。それで、あっくん……どうするのかにゃ?」


 どうするのか―――その意味は音湖の狩人のような鋭い瞳が物語っていた。そして、阿久津もそうする予定だったかのように頷いた。


「……由莉さんとえりかさんに危害が及ぶかもしれませんし……ねこの好きにするといいですよ」


「……りょーかいだにゃ。で、あっくん。『あれ』はあるのかにゃ?」


「あんなもの持ってくる理由がありませんよ……取り敢えず、私が持ってるこれをあげます」


 阿久津はそう言って懐から由莉達が使っているものと同じナイフを投げつけた。それを音湖は息を吸うかのように自然な手つきで柄を掴んだ。


「っと、あっく〜ん、物は丁寧に扱うべきにゃ」


「音湖なら取れるでしょう?」


「にゃ……そうだけどにゃ…………信頼してくれるのは嬉しいけどにゃ、もう少し―――」


「時間もないですし、行きますよ」


 音湖の抗議も虚しく向かおうとする阿久津に音湖も渋々ついて行った。

 不満はあったが、明らかに態度が柔らかくなったことに少し嬉しくもあったのだった。


「まっ、それもそうにゃ。……場所はあそこかにゃ?」


 走りながら音湖が見たのは夏祭りをやっているところからそう遠くない場所にある雑木林だった。かなり木が密集していて中は月光が辛うじて差し込むくらいだった。

 その近くまで二人は来ると雑木林の中から誰かが走ってくるような影が見えた。


「そうですね……ん?だれかこっちに来ますね……」


「…………」


 音湖は既に臨戦態勢だった。……と言っても、見た目は平然としていたが、後ろにはナイフを隠し、いざとなれば動けるような姿勢をとっていた。だが……そこに現れたのは…………



「はぁ……はぁ…………誰か……」


 バテバテになりながらも必死に走る青色の服を着た黒髪の少女だった。阿久津も音湖も瞬時にその子があの渡辺の言っていた子だと判断し、すぐに駆け寄った。


「あなたが―――さんですね?」


「ひっ!? あなた達は……?」


 怯えた様子のその子を落ち着かせるように二人は名を名乗り、渡辺の名前を出すと事切れたように膝から崩れ落ちてしまった。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……私は大丈夫なんですけど……っ!、それより、ここの奥で二人の女の子が……私を逃がすために…………っ。お願いします、阿久津様、音湖様。どうかあの子達を助けてあげてください……!」


 阿久津の手を取って立ち上がった女の子は瞳を涙で揺らめかしながら頭を深く下げた。その様子に阿久津と音湖は顔を見合うと、音湖からその子に頭をあげるように言った。


「様づけはしなくてもいいし、心配しなくてもいいにゃ。元々、その子達はうちらの連れだにゃ。二人の女の子の名前は由莉ちゃんとえりかちゃん、だにゃ?」


「っ!?」


 まさか、助けられた女の子達の知り合いだとは思わなかくて目を見開くその子の手を音湖は握ると奥へと向かおうとした。


「取り敢えず、うちらも先を急ぐにゃ。道中、何があったか教えてもらえるかにゃ?」


「はい……。私は―――――――」


 _____________________


 阿久津から一通りの話を聞かされた由莉はほっと息をつくことが出来た。


「そうだったんですか…………すみません、本当は阿久津さんと音湖さんを呼んだ方が良かったのかもしれませんが、状況が一刻を争うと思ったので、こんなことに……」


「本当に……由莉さんは由莉さんですね」


「……っ、すみません……また勝手に一人、で……?」


 俯きながらまた身勝手な行動に走った事を謝る由莉の頭を阿久津はそっと撫でてあげた。その行動に由莉は面食らったようにして顔をあげた。


「由莉さん、今回の行動は正解です。万が一、私達を呼ぼうと動いてもその時間で見失ってしまっては意味がない。そして、えりかさんを連れていったことも正解です。よく一人で突っ走りませんでしたね」


「それは……っ、えりかちゃんが無理にでもついて行きたいって言ったからで、本当は一人で行くつもりでした……」


「それでも、最終的にはえりかさんを連れていく判断をしたのは正しかったです。仲間を信じて頼る事を覚えてくれたようで私も嬉しいですよ、由莉さん。その時に、えりかさんが傷を負ってしまったと、また自分を責めていたんでしょう?」


「……」


 ただただ由莉は呆然とするしかなかった。完璧に阿久津に行動の全てを読まれたことに驚く以外なかった。


「ともかく、由莉さんの行動は間違いなく正しかった。誰かを助けるため、仲間を頼りながらしっかりと成し遂げたのは良いことです。よく頑張りました」


「っ! 阿久津さん……ありがとうございます……っ」


 迷いを晴らすように、阿久津に自分の行動を認めてくれた事が嬉しくて感極まりそうになりながら由莉は天使のような笑顔でお礼を言った。


「さて、由莉さん、えりかさん……それに、」


「あの……阿久津さん、ここからは自分で自己紹介をしてもいいでしょうか? まだ、お礼もしていないですし、自分の名前も名乗ってないので……」


「そうだったんですね。では、そうしてください」


 阿久津にそう求めた女の子は許可を貰うと由莉とえりかの方を振り返ってゆっくりとお辞儀をした。


「えりかちゃんと由莉ちゃん。本当に助けてくれてありがとう。二人がいなかったら……私はどうなっていたか分からないよ」


 頭を下げ続けるその子を見て由莉もえりかも顔を見合わせてクスッと笑った。


「ううん、わたし達がやりたくてやった事だから……ね、ゆりちゃん?」


「うんっ、だからそんな頭を下げなくても大丈夫だよ?」


 そう二人が優しく言うと、その子は頭を上げて由莉達に初めて自分の名前を口に出した。







「本当にありがとう、えりかちゃん、由莉ちゃん。じゃあ、自己紹介するね。こほん、私の名前は……栢野 葛葉(かやの くずは)、13歳です。普通に葛葉って呼んでくれると嬉しい……かな?」

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