二人は合流しました
後ろからえりかに声をかけても何も反応しないことに焦りを覚えた由莉は正面からえりかに声をかけることにした。
(でも……えりかちゃん、どうしたんだろう……? ここまでするなんて……)
由莉から見ても、えりかの目の前に倒れている、腕と背骨をへし折られた男の様子は少し凄惨だった。そして、えりかがここまで容赦ない行動を取ったことにも驚いた。
「えりかちゃん、どうし…………っ!?」
その男を踏まないように正面に立った由莉はえりかの頬から大量の血が流れ出ていることにようやく気がついた。そして、えりかの意識がどこかへ行ってしまったように由莉を見ても何一つ反応を見せなかった。
「えりかちゃん?しっかりして、えりかちゃん!」
由莉はその様子があの時の―――うさぎを初めて殺した時の自分と重なって見えてしまい、焦る所の話ではなかった。急がないと、えりかの心自体が壊れかねないと感じた由莉はえりかを揺さぶった。
すると、ふと意識を取り戻したように由莉の方を怯えた目でゆっくりと見た。
「ゆ、り……ちゃん…………」
「えりかちゃん?だいじょう……ぶ?」
由莉は取り敢えず一安心し、声をかけたが言い終わる前にえりかは自分の血が付かないように身体の左側で静かにもたれかかった。
「ゆりちゃん……わたし、怖いよ……っ」
「…………」
何が怖いのか、由莉が大体理解するまでにそう時間はかからなかった。
(確かにえりかちゃんが……自分の意志でここまでの事をするなんて考えにくい。でも、やったのはえりかちゃんで間違いない。だとしたら……多分、一時的に『本当』の……ううん、この言い方は嫌だから……『以前』のえりかちゃんに戻ったのかな……)
「大丈夫だよ、えりかちゃん……」
由莉は多くは言わず、今も震えるえりかの背中をそっと撫でてあげた。何分かそのままでいると、えりかは声を震わせながら、自分が感じていることを伝えた。
「ゆりちゃん……聞いて? 多分だけど……元のわたしは……これよりも、もっとずっと…………
ひどいよ」
「えっ……?」
―――これ『より』も? じゃあ……これは本当に……えりかちゃんが……?
由莉はふとそんな事が頭によぎったが、すぐにえりかがそう考えた理由を教えてくれた。
「わたし……けがしちゃって……それで死んじゃうって思ったら、すごく変なものが流れ込んできて、それで…………ごめん、そこからはよく覚えてないよ……。でも、でもっ…………うぅ、なんて言えばいいのかな……」
言葉が選べずに困っているえりかを見た由莉はその答えだと思う事を口にした。
「これをやったえりかちゃんは……以前のえりかちゃんの一部分で、まだ……本性じゃなかった。だから、そう思ったんだよね」
「っ! ……やっぱりゆりちゃんはすごいよ。わたしの思ってる事をすぐに当てちゃうなんて……。ねぇ、ゆりちゃん……やっぱり、わたし怖いよ……元のわたしに戻った時、なにをするのか考えると、もう…………っ」
自分なのに自分じゃなくなってしまう。
その恐ろしさは考えもつかない程だった。由莉がいなければすぐにでも発狂し、おかしくなってしまうくらいには―――。
由莉は今にも泣いてしまいそうなえりかをしっかり抱いた。その手に迷いや躊躇など一切孕んでなく、あるのは一つ、覚悟だけだった。
「えりかちゃん……大丈夫。そうさせないように……私がえりかちゃんより強くなる。絶対にえりかちゃんを守るから」
「ゆりちゃん……うんっ、ゆりちゃんがそう言ってくれるなら……」
由莉の力強い言葉にえりかの身体もようやく落ち着きを取り戻し、しっかりと頷いた。
こうして、由莉とえりか、二人の誰かを守るための戦いは幕を閉じたのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「でも、えりかちゃんが無事でいてくれて良かったよ……あっ、そう言えば、あの子は……」
えりかのパニックも解消されて、二人とも一安心したところで由莉は大事なことをえりかに聞いてみた。
「大丈夫だよ、ゆりちゃん。あの子が逃げるだけの時間は耐えたからもうお祭りに戻ってると思うよ」
自信ありげに、そう言うえりかの言葉はどことなく由莉の心を落ち着かせた。えりかだからこそ、信じることが出来た。
由莉は今回の件でえりかには感謝してもしきれない思いだった。あの人数を相手に一人で助けに行っていたら……その女の子を助けられたか分からなかった。でも、えりかがいてくれたから……二人だったから、由莉の思いは実現出来た。
「ありがとう……えりかちゃん……っ。私のわがままに付き合ってくれて……」
「ううん、ゆりちゃんが望んだことなら、わたしは何でもするよ」
そう言うえりかだったが、右の頬を血で真っ赤に染めるえりかを見て、由莉はたまらなく申し訳ない気持ちになった。
「でも……そのせいでえりかちゃんにケガさせちゃった……私の考えた方法で……っ。えりかちゃんが傷つかない方法だってあったかもしれないのに……っ」
ダメな癖だと分かっていても由莉は自身を責めた。自分のせいで傷つけてしまった。自分が悪いんだ……もっといい方法はあったはずなのに―――
そんな由莉をえりかはそっと頬を撫でた。由莉の計り知れない優しさを表しているかのような、そんな柔らかい頬だ。
「ゆりちゃん、あんまり責めないで? ゆりちゃんがいたからあの女の子を助けられたし、わたしもこうやって生きてる。ちょっと痛いけど……でも、だいじょうぶだから」
これぐらい平気だよと言わんばかりのえりかに由莉も少し考えるように俯くと責める気持ちを何とか振り切った。
「本当に……ありがと、えりかちゃん。今度、えりかちゃんの言うこと何でも叶えるよ」
「えへへ、ありがと、ゆりちゃん。何をしてもらおうかな〜っ」
「あ、あんまり変なお願いをされても困るからね?」
「分かってるよ〜」
やっといつも通りへと戻って、落ち着いた二人だったが……すぐにそれは二人から『五人』へと変わった。
「えりかちゃ〜ん! 大人の人を連れてきたよ〜!」
聞き覚えのある……と言っても、まだほんの少しだったが、忘れるわけもない声が少し遠くから聞こえてきた。
「っ! いこっ、ゆりちゃん!」
「うんっ!」
二人は頷き合うと手を繋いでその声がした方へと向かった。
すると、そこにはその子と―――――
「遅いですよ、由莉さん、えりかさん」
「まったく、大人を心配させるのはいけないにゃんよ〜」
腰に手を当てて苦笑いする阿久津と、肩を竦めながら笑っている音湖がいた。
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