由莉達は到着しました
「あの方を殺そうと近寄った時、真っ先にあっくんに気づかれちゃったのにゃ。うちの気配がバレたことなんて今も昔も、あっくんとあの方の二人だけにゃ」
音湖は少し悔しそうに、でも嬉しそうにその時のことを話した。
「そこから、うちとあっくんは本当の殺し合いをしたにゃ。……結果的には、あっくんとほぼ相打ちだったけどにゃ」
「ほぼ……?」
えりかも由莉も少し疑問になった。本当の殺し合いの状況で両方が生きているなんてこと有り得るのかと。
「本当は相手を殺すためだったら、刺し違えてでも相手を殺す、そう教えられてきたんだけどにゃ……今になって思えば、うちは暗殺に失敗した時点で、あの方を……最低でもあっくんだけでも道連れにして自分も死のうって思ってたのかもにゃ」
音湖の本当に経験してきた人だから言えるその事実に二人は黙って聞いていた。
「あっくんは……強かったにゃ。今までやって来た中では確実に二番目だにゃ。うちでも勝てるかどうか分からないにゃ」
「えっ……?じゃあ、一番はもしかして……」
「そうにゃ、あの方……由莉ちゃん達のマスターにゃ。お互いにボロボロになって相打ち覚悟で殺ろうと思った時、あの方があっくんを静止してそこからはあの方が相手になったのにゃ」
由莉には何となくだけど、マスターの本心がわかったような気がした。
―――マスター……阿久津さんも音湖さんも死なせない為に相手になったんだよね……音湖さんを助けたのは、そんなに甘くない理由があると思うんだけど……
「はっきり言うにゃ。あの方の強さは次元を超えてるにゃ。由莉ちゃんは一度あっくんに勝ったみたいだけど……それでもあの方に本気を出されたら……1秒もかからずに死ぬにゃ」
「っ! そこまで……マスターは強いんですね……」
由莉も正直びっくりした。今ならマスターとやっても何回かは持つかと思っていたようだが……甘い考えだったことを自覚した。
「そんなあの方と戦って、あっくんとの殺し合いでとっくにボロボロだったうちは何もさせてもらえず床を舐めることになったにゃ。……やっと、殺されるんだと思って本当は嬉しかったにゃ。だから、目の前の死も喜んで受け入れられる、そう思ったけどにゃ……それをあの方はそうしなかったにゃ。少し力を入れれば、うちの首の骨だって簡単に折れたのににゃ……」
どこか嬉しそうに話すその言葉には、しかしながら、死を受け入れた人にしか分からない何かが篭っている、そう二人は思わされた。
「まぁ、その代わり、うちの入っていた組織について洗いざらい吐かされたけどにゃ。……育ててくれた事には感謝はしてたけど、うちはそんな物に、そこまで固執はしなかったにゃ。組織のために命を捧げるなんて専らごめんだにゃ……あっくんはこの考えがあんまり気に入らないみたいだけどにゃ」
「…………」
由莉もその言葉は色々考えさせられた。
―――組織の……ため……そう言えば私もそれに入ってるんだよね…………でも、そんなの別にいいかな。私はマスターのために動くだけだから。でも……マスターのために、命を捨てろって言われたら…………私はどうするんだろう。
「あっさりと組織を鞍替えする人なんて裏切る可能性を考えずにいられないですよ」
「にゃっ……ひどいにゃ〜あっくん。うちは、あの方がうちより強くある限り絶対に裏切らない。ましてや、あっくんもいるのに裏切るなんてもったいなさすぎるにゃ」
音湖は笑いながらそうは言ってたが、そこには裏切る事なんて何があろうとない、そう言ってるようにも聞こえた。
「どうですかね……でも、その腕は唯一信用してるんですよ。ねこが依頼失敗したことは何回ありますか?」
「にゃ〜?それは、あっくんが一番分かってるのに……あっ、由莉ちゃんとえりかちゃんは知らないんだったにゃ。うちが依頼……暗殺に失敗ことはあの方と出会ってから……ゼロにゃ」
「ゼロ……一回も……ないんですか…………?」
―――これが、本物なんだ
―――ねこさん……すごい……
二人とも言葉を失ってしまった。本物のプロの格と言うものを教えられているような気がした。
「にゃ、まぁ〜最近は特に何事もないから、ああやって店をしてたんだけどにゃ〜。……こうやって生きてて良かった、あの時殺されなくて良かったって今日ほど思った事はないかもしれないにゃ♪」
本当に、本当に嬉しそうにそう言っている音湖が眩しく見えた。二人には音湖の表情は見えなかったが、今を精一杯楽しんでいる、そういった表情をしているのだろうと見なくても分かった。
_____________________
「さて、そろそろ着きますよ。……そうだ、由莉さんとえりかさん、ねこもドアガラス開けてみてください。もう聞こえると思いますよ」
「あ〜確かにそろそろ聞こえるかもにゃ」
「……?とりあえず開けてみる?」
「うん、開けてみよっか」
音湖は何かに納得しながら、由莉とえりかは不思議に思いながらもドアガラスを下げるボタンを押しながら待っていると、さっきまでは聞こえてこなかった『ある音』が聞こえてきた。
お腹に響くようなずっしりとした重い音、甲高くも清流のような音が未だ聞いたことのないリズムで奏でられているのが聞こえてきた。二人とも左右のドアから耳を澄ませて聞いていると心の底から湧き上がるように熱くなる気がした。
「ゆりちゃん、なんだか楽しくなってきた……!」
「わ、私も……聞いたことないはずなのに……なんでこんなに……楽しい気持ちになるんだろう……!」
「にゃはは、二人ともこの時点で楽しんでいるならきっと着いたら興奮するにゃ。ね、あっくん?」
「そうですね、きっと……いや、必ず最高の思い出になりますよ」
★★★★★★★★★★★★★★★
阿久津は車を近くに設けられた駐車場にとめると、3人に外へ出るように促した。
「さて、ここからは歩きましょうか。もう、数分で着きますよ」
「はーい」
「はいっ」
「おっけーにゃ」
3人も外に出ると、より一層あの音が強く聞こえてきて、そろそろ着くんだという気持ちが高まりうずうずせずにはいられなかった。
カタン、カタンと下駄とアスファルトがぶつかる音が4つ木霊しながら歩くこと3分、ついに目的地へと到着した。
「わぁ……!」
「すごい…………!」
明るい提灯が星空の下を優しく照らし、どこまでも続きそうな石の床を挟むようにして眩いくらいに照らされた屋台が何十と連なっていた。
とても賑やかで大人から子供まで祭囃子に混ざってわいわいと騒ぐ声がはっきり聞こえてくるほどだった。
「由莉さん、えりかさん、夏祭りへようこそ。思う存分楽しみまくってください」
_________________
次節
第5章第4節 夏祭り
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます