第4節 夏まつり
由莉とえりかは屋台でご飯を食べました ①
「すごいね、ゆりちゃん……」
「うんっ! えりかちゃん、行こ?」
えりかより先に由莉が我慢しきれなくなったようで、手を引っ張りながら慣れない下駄で床を鳴らしながら二人で走っていく様子を阿久津と音湖は微笑ましそうに見ていた。
「二人とも嬉しそうにゃんね。やっぱり子供は夏祭りが大好きなのかにゃ?」
「そりゃ、楽しいでしょうね……さて、二人を見失う前に追いますよ、ねこ」
阿久津が先に行こうとするのをあたふたしながら追いかけようとする音湖だったが、阿久津の左手が後ろにある何かを待っているかのように構えられているのを見て、思わず棒立ちになってしまった。
「あ、あっくん……?」
「……何してるんですか、早くしないと本当に二人を見失いますよ」
その手が自分の事を待っている手なんだと分かった音湖は驚きと嬉しさで胸が焦がれそうになった。
「あっくん……! うんっ、分かったにゃ!」
音湖は感極まりそうになるのを我慢しながら初めて差し伸べられた手をしっかりと右手で掴むと、そのまま二人の後を追いかけたのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ゆりちゃん、お腹空いちゃった……」
「えりかちゃんも? 私もなんだかすっごくお腹がペコペコだよ〜……お昼食べてからあまり時間経っていないのになぁ……それにしてもいい匂いだよね……」
道を挟むように並んでいる屋台にはでかでかと、かき氷、焼きそば、射的、その他にも多くの種類の屋台がある事が一目瞭然だった。
そうして、周りの様子をキョロキョロしながら見回していると阿久津と音湖も何とか合流した。
「由莉さん、えりかさん、あまり遠くへ行くと見失ってしまいますので気をつけてくださいね? さて、二人とも何か食べたいものはありますか?」
(にゃ!? うちの事は無視かにゃ!? ……まぁ、二人の為にここに来たのは分かるけどにゃ、もう少し……にゃ?)
一人だけ流された音湖は雷に打たれたような衝撃だったが、阿久津は全く気にもとめていない様子であった。
「え、えっと……あの『イカ焼き』食べてみたいです!」
由莉が指さした所にはこれでもか、と叫びそうなくらいに横にずらりと銀色のトレイの中に串に刺さった、イカのゲソや、半身、丸焼きが甘辛そうなタレをその身に纏いながら密かに買われるのを待っているようだった。
「そうですね、では、小さいやつから買って美味しければ大きいやつを頼みましょうか。では、買いに行ってくるので、ねこは二人の事を見ていてください」
「任せるにゃ〜」
阿久津はそそっと屋台の方へと向かい店員に注文をしに行くと、30秒もしないうちに片手に4本も串に刺さったイカの小さいゲソを持って表れた。
「イカ焼きの店は頼むとすぐに出てくるからいいんですよね。はい、三人とも取ってください」
タレが裾に垂れないように、音湖が真っ先に取ったのを見て、二人も裾を左手で引っ張りながら右手で串を取った。
間近で見てみるとこんがりと焼かれたイカとタレの匂いで鼻がこそばゆくなり、多少勿体ない気はしつつも1口で食べようと二人とも口を開けた。
「いただきますっ、」
「いただきまーす!」
小さいとは言えども、長めのげそを串に刺さっている奥の方を咥えながら一気に引き抜いて口の中に入れると、ほんのちょっぴりはみ出ている先っぽも、すするようにして吸い込んだ。
見た目通りの、甘辛さが口の中を支配しつつも、噛めば噛むほど旨さが染みるようにイカの味が広がっていき、未だに食べた事のない味に由莉もえりかもうっとりとしていた。
「
「
そんな幸せそうにしている二人を見て、阿久津と音湖も顔を綻ばせながら、同じようにそれを頬張っていた。
★★★★★★★★★
「さて、さっきはげそでしたが、丸焼きとかは―――」
「食べたいです!」
「わたしもっ!!」
食べざるを得ませんとばかりの二人の切迫ぶりに、阿久津も肩を竦めながら再び買いに走っていった。
「にゃはは、あっくんがパシリになってるにゃ。……あっ、このことあっくんに言わないでにゃ!? バレたらうちが絞められそうだにゃ! にゃ、お願いだからにゃ!? あとで、何か買ってあげるからにゃ!!」
危うく地雷を踏み抜きかけた音湖が必死になっているのを見て二人は思わずクスッと笑ってしまった。
「約束ですからね、音湖さん?」
「わくわく……っ」
「にゃ……二人の期待の目が眩しいにゃ……」
目を違う意味でキラキラさせている二人が少しだけ怖いと思ってしまった音湖だったが、そうこうしている内に阿久津が白い容器2つに2つずつ大きなイカが1匹丸々と箸に刺さっているものと、を持ってきた。
「お待たせしました、これは由莉さんとえりかさんの分ですよ。由莉さん、容器持ってもらえますか?」
「はいっ」
由莉は阿久津からトレイの一つを受け取るとえりかに一つイカの丸焼きを渡した。ずっしりと重く、それでいて本当に肉厚でいいイカなのは一目で分かった。
すぐに由莉も手に持つと大きくかぶりついた。
「はむっ……ん…………おいしぃ〜」
コリコリっとしている、げそとは対称的に、身はホクホクでしっかりとした弾力が口の中で弾んでいるようだった。
「もぐっ………んん〜っ」
由莉もえりかも夢中になっていたせいで気づけばキレイさっぱり、イカの姿が消えているではないか。
「ゆりちゃん、おいしかったね!」
「すっごくふんわりしてて、やみつきになりそうだったよ! ……あっ、えりかちゃんじっとしてて?」
「ん……?顔に何かついてるの……?」
言われるがままにじっとしているえりかに由莉は近づいて、顔の方へと手を伸ばし、ほっぺたについたタレをさっと指で拭いてあげた。
「あっ、ありがと、ゆりちゃん!」
「うんっ……パクっ」
何を思ったのか由莉は指についたタレを舌でひと舐めした。
「ひゃ……あっ、…………うぅ、はずかしい……」
えりかは何となく恥ずかしい事をされたのだと分かり顔をりんご飴のように赤らめた。
「ん?えりかちゃんどうしたの?」
何の不思議もなさそうに由莉が聞くのだからえりかは自分がおかしいのかと混乱し始めた。
そして、その様子を音湖はイカの丸焼きを味わいながら見ていた。
―――――由莉ちゃんが何の不思議もなくやるなんて……なかなかやるにゃ。うちも……って、あっくんにやったら拳骨が降ってくるにゃ、にゃはは……
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