音湖は過去を語り始めました

「おまたせにゃ〜」

「お待たせしました」


 15分ほどして出てきた時には音湖と阿久津も浴衣を身にまとっていた。

 音湖は黒の下地に紫の花が咲き乱れる妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 対して阿久津はシンプルに漆黒の下地にうっすらと縦に灰色の線が浮かんでいるものだったが、その雰囲気も相まってとても男らしいと言えた。


「阿久津さんも音湖さんも……すごい似合ってる……!」


「うんっ、私とゆりちゃんと逆な感じがするね」


「あっ、確かに私たちは明るい色のベースだけど、阿久津さんたちは暗い色のベースだね」


 まるで対を成していることに狙ってやったのかなと由莉は疑問に思ったが、取り敢えずそんな考えは頭の隅っこへと追いやった。


「二人には本当に本当に感謝してるにゃっ。今日はうちが出すから二人とも精一杯楽しむにゃ」


 音湖の本心からの笑顔を見て由莉もえりかもやって良かったとつられて笑顔になった。すると、えりかがふと思い出すように音湖にあることを聞いてみた。


「……ねこさん、わたしたちどこに行くのですか?阿久津さんに聞いても誤魔化されちゃって……」


「にゃにゃ?まだ言ってないのかにゃ? もしかしてあっくん、着いてから明かすつもりかにゃ……? あっくんもロマンな男だにゃ。でも、一つだけ言うなら……二人には二度と忘れられない思い出になるに違いないにゃ」


 自信を持って断言する音湖に二人とも異様な安心感を覚えた。二度と忘れない……この言葉に何よりの信頼を覚えたのだ。


「だから……はぁ……取り敢えず早く行きましょうか。少し早めに行くつもりでしたが、何だかんだ丁度いい時間になりましたし」


「はいっ!」

「はい!」

「にゃ〜」


 四人はそうして車に乗り込むと最後の目的地へと向けて出発した。


 ___________________


 〜道中〜


「にゃにゃ〜にゃ〜」


(ねこさん本当に嬉しそう……♪)


(うんっ、やっぱり行きたくてしょうがなかったんだよ)


 阿久津が運転している隣で音湖は鼻歌を歌いながら横に揺れていた。そんな楽しんでいる様子を由莉とえりかは後ろの座席で笑いながら見ていた。


「こうやって、ねこと行くのは何年ぶりかですね」


「そうにゃ〜二人がいなかったらいつになってたか分からないにゃんね〜」


「……あの、音湖さんと阿久津さんってどんな関係なんですか?」


 由莉は今までずっと疑問に思ってたことを二人に思いきってぶつけた。


 ―――だって、こんなに仲が良さそうなのに今までずっと会ってなかったのは……何かおかしいよ……


「……どうするにゃ、あっくん?」


「これは……ねこ自身が決めることです。覚悟があるのなら、二人に話ぜばいいですよ」


 その返答に音湖はすごく迷ったように額を手で押さえた。少し苦しそうにしている様子を見て由莉はこんな事を聞いたことに後悔した。


「す、すみません、音湖さん。忘れてくださ__」


「そうだにゃ……その前に昔のうちを話すことになりそうにゃ……うちはにゃ、一度、あの方……あっくんや由莉ちゃんが言うところのマスターを……殺そうとしたんだにゃ」


「えっ……? そんな……どうして……」


頬を思いっきり殴られたような衝撃が全身を伝った。音湖がマスターを狙っていたなんて想像もつかなかった。

そこから、音湖は一つずつその当時の事を話していった。


「うちは……元々、別の場所で暗殺者として育てられた人間なのにゃ。……もう物心ついた時には、刃物と銃を握ってた記憶しかないのにゃ」


「それって……4歳……いや、3歳でもう……」


「由莉ちゃんの言う通りだと思うにゃ。人を殺したのも……そうだにゃあ……一番古い記憶が3歳だったら……6歳頃かにゃ……」


 由莉もえりかも唖然するしかなかった。6歳なんて幼いなんてどころの話じゃなかった。


「えりかちゃんはまだ記憶を無くしてるからしょうがないけど、由莉ちゃんはもう人を殺してるにゃんね? ……その時、どう思ったにゃ」


 由莉はそう不意に音湖に聞かれて息を飲んだ。

 ―――そんなこと……忘れる訳なんてない。


「……正直、抵抗はなかったです。元々、悪い人たちだって分かってたので……それにえりかちゃんを殺そうとしていた人たちを私の手で殺せたんだと思うと……今も、後悔なんてありません」


「ゆりちゃん……」


 その由莉の答えにえりかは嬉しく思った。由莉がいてくれたから生きてるんだと思うとえりかは由莉に感謝しかなかった。


「なるほど……にゃ、うちの場合は特に何とも思わなかったにゃ。小さい頃だったのもあると思うけどにゃ……」


 音湖は振り返って由莉とえりかの方を見て少し悲しみを帯びた声で忠告をした。


「由莉ちゃんとえりかちゃん、よく覚えておいて欲しいにゃ。……罪もない人を殺して何も感じなくなった時……その瞬間に、もう人間には戻れなくなるにゃ。うちは人を殺す事だけが生きがいだったから、言われるがままに殺して殺して……そんな生活を10年以上してたにゃ。そうだにゃあ……それまでに500人は確実に手にかけたかにゃ」


「500人……そんなにも……」


 単純に格の差が違いすぎる、由莉はそう思わざるをえなかった。実力、キャリア、人を殺す事への慣れ、何もかも完全に上だった。


「そんな生活が続いて……うちが16になった時かにゃ?うちはあの方を殺す事を言われた。その時はもう、うちに感情なんてなかったからすぐに準備中をして殺しに行ったにゃ。その時かにゃ、あっくんと出会って―――殺しあったのは」

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