由莉とえりかは誘いました

「由莉ちゃんと同じ反応ごちそうさまにゃ。さて、えりかちゃんの採寸がまだ終わってないからこっちに来るにゃ〜」


「は〜い」


 えりかは音湖の元へ近づくと由莉と同じように腕の長さ、胴体の長さなど色んな場所を測られた。


「あっ、えりかちゃん、そこ踵で押さえてにゃ」


「こう、ですか……?」


「おっけーにゃ。153……なるほどにゃ。150なら割と在庫はあるはずだから、えりかちゃんも気にせずに何か良さそうな柄があったら言ってにゃ」


「はいっ」


 そう言われたえりかは周りの浴衣を興味津々な様子で見ていた。


 ___どれがいいのかな〜、全部きれいだから迷っちゃう……ううん、ゆりちゃんだって自分で決めたんだと思うから、わたしも……!


 そう思いながら一つずつ見ていると、ふとある物を見た瞬間、石像にされたかのように固まった。ついに……見つけたのだ、えりかの感性にどストライクで当てはまるそれが。


「ぁ、これ……これです、ねこさん!」


「にゃにゃ?……あ〜やっぱりそうなるにゃんね、由莉ちゃんと友達なら納得にゃ」


 音湖が見たそれは、ほんのりとした水色がベースとなっていて、濃い水色、青色、紫色の朝顔がこしらえられている由莉がキュートだとしたらえりかは清らかな印象を与える浴衣だった。


「よし、少しサイズ見てくるから待つにゃ〜」


 再び音湖は扉を勢いよくドターン!とぶち開けるとその勢いで繋ぎ目の金具がぶっ飛んで、そのままドアが音湖の方へと倒れてきた。


「に゛ゃああーー!!!またやっちゃったにゃーー!」


〈音湖さん!だからゆっくり開けてくださいよー!!〉


 音湖の叫びに由莉の少し怒ったような声が響き渡りえりかは誰にも見られない中でこっそりと笑っていた。


(ふふっ、ほんとにねこさんって面白い人だな〜)


 ******


「にゃ……酷い目にあったにゃ…………」


 若干フラフラになりながら浴衣を持ってきた音湖を見てえりかはもう一度吹きかけたが、流石に本人の前で笑ったらダメかな……と思い、すんでのところで我慢した。


「えりかちゃん、これを着るにゃ……いよいよ、あっくんが怒ってきそうだから少し急ぎめでやるにゃ」


「はいっ」


 ********


「さて、できたにゃ!うんうん、えりかちゃんもよく似合ってるにゃ」


「ありがとうございます、ねこさんっ」


 初めて着るはずなのに何故かすごく身に馴染むような感覚をえりかは覚えた。

 そして、はにかみながら笑うえりかを見て音湖も嬉しそうだった。


「そうやって喜んで貰えることが何より嬉しいのが物売りなのにゃ、えりかちゃんも覚えておくと損はないにゃ。さっ、由莉ちゃんのところに行ってあげるにゃ」


「はい、行ってきます!」


 えりかは裾を持ちながら早歩きでドアを開けて由莉の待つ部屋へと足を踏み入れていくのを音湖は黙って見守っていた。


 ―――本当に仲良しな二人だにゃ。少し羨ましくなるけど……うちにはそんなのいらないにゃ。うちが欲しいのは…………


 __________________


(音湖さんってパワフルなのかドジなのか分からないよ……でも、一緒にいると何だか楽しいなぁ)


 由莉は椅子に座りながらえりかの帰りを今か今かと待ちわびていた。音湖がさっき通っていったから、もうすぐ来るだろう、と。


「ゆ〜りちゃんっ、ただいま〜」


「っ! えりちゃん……可愛い……!」


 待っていた声が聞こえ振り返ると、着物を着て笑顔のえりかがそこにはいた。その姿を見るなり由莉は我慢出来ずにえりかに抱きついていた。


「えりかちゃん可愛いよ〜」


「もう、ゆりちゃんもかわいいってば〜」


 もう可愛いと言わずにはいられないほど二人はお互いの姿を見つめあっていた。


 これを百合という事だとは二人とも、もちろん知らない。


「由莉さーん、出来ましたか?」


 部屋の騒がしさが聞こえたようでドア越しに阿久津の声が聞こえた由莉は「はいっ!」と少し大きめに反応すると阿久津も部屋に入ってきた。


「由莉さんもえりかさんもとても似合ってますよ。2人には浴衣が似合うと思っていたので良かったです」


「……ありがとう、ございます…………」

「阿久津さん、ありがとうございますっ」


 由莉はここまで普通に褒めてくれるとは思っておらず、少し照れながら、えりかは純粋に褒められ嬉しみを全面に出しながらお礼を言った。


(あー、またからかわれるのかな〜……)


 阿久津がニコニコしているのを見て由莉は咄嗟に心の準備を済ませた。次やったら絶対怒ってやると心に決めて____。


「さて、二人とも行きますよ。そろそろ始まってる頃ですし」


 ―――え? いつもみたいにからかわないんだ……って、なんか阿久津さんから、からかわれるの待ってるみたいじゃん……!


 由莉はなんだかモヤッとする感情を強引に振り払うとすぐにどこへ行くのだろう……?という疑問が頭の中へ浮かんだ。


「あの、阿久津さん。どこへ行くのですか?」


「ふふっ、着いてからのお楽しみですよ」


 ―――むぅ、そこはいじわるするんだ……


 由莉がほっぺたを膨らませていると音湖がソソっと部屋の中へとやってきた。


「あっくん、2人の浴衣はどうにゃ?」


「えぇ、すごく似合ってますよ。さすがねこですね」


「にゃはは……これ、二人が即決で決めたんだにゃ〜だから、うちは着付けをやっただけにゃ」


「そうですか」と阿久津がいうと音湖は頷きながら少し悲しそうな顔をしていた。


 ―――音湖さん、どうしてそんな顔をしてるの……?


 ―――ねこさん……


 __________________


「さて、うちはここまでにゃ……二人とも、楽しんでいってくるにゃ」


「えっ、音湖さんは……行かないんですか?」


「うちは店もあるしにゃ……それに……大人数で行くときっと迷惑にゃ。こう言うのは2~3人で行くのが一番なのにゃ」


 音湖はそれなりの理由を付けて静かに引き下がろうとしているが、由莉はそれが不満だった。


 ―――音湖さんの嘘つき。本当は一緒に行きたくて行きたくて仕方ない、そんな顔をしてるよ?


 由莉はちらっとえりかを見るとえりかも同じ事を考えたみたいで目が合った。


 ―――よし、やろう!


 ―――うん、やろう!


 二人はスタートダッシュのポーズをすると一気に音湖に向かって抱きついた。


「にゃにゃ!?二人とも急になんにゃ!?」


「音湖さ〜ん、行きましょうよ!」


「わたし……ねこさんと一緒に行きたいです」


 強引にでも、音湖さん(ねこさん)を連れていこう。そう二人は考えていたのだ。


「……どうしてうちをそこまで連れていこうとするのかにゃ? 会ってまだ1時間も経ってないにゃんよ?」


「そんなの関係無いです! 私は音湖さんと一緒に行きたいんです!」


 行きたいんですよね?と心の中に尋ねるように由莉は聞くと音湖は遂に困ったような反応から一転した。


「……あんまり大人を困らせると痛い目をみるにゃんよ? わかってると思うけど、うちは由莉ちゃんやえりかちゃん、あっくんと同じ側の人間にゃ。しつこいと……


「…………」


 音湖の口調が変わった瞬間、凄まじい圧力がかかった。阿久津が黒よりも深い、絶対零度の殺意なら音湖は獲物を狙うハンターのような刃の殺意。


 ―――でも……それも嘘だよね、音湖さん?


「……日頃から阿久津さんの殺意を耐える練習していますから、それじゃ逃がしませんよ? それに、音湖さん……本当は行きたいんですよね? 行きましょうよ、皆でいたほうが楽しいですよ! 一人なんて……寂しいですよ……」


「…………」


 音湖はここまで由莉が抵抗するとは思わくてびっくりしたが、正直に言えば……嬉しかった。


「にゃはは……そこまで言われたら、うちじゃ止められそうにないかにゃ。……あっくんはどうなのにゃ? うちがいても……い、いいのかにゃ?」


「……仕方ないですね。このまま行っても由莉さんとえりかさんに泣きつかれそうだし……ねこ、行きましょうか」


「…………ほんと……なのか、にゃ? 夢じゃ……ないのかにゃ……?」


 阿久津がいいと言ってくれると思っていなかった音湖は面食らったようで震えた声でそう尋ねた。


「嘘をつく理由もありませんしね、さて、行くならねこも早く準備してください。もう6時になってしまいますよ」


「っ!! 夢じゃ……ないにゃ……本当にあっくんが……!」


 音湖は付き纏っていた不安が見る見るうちに溶けていき、嬉しさだけが心を満たしていった。


「うん! うちも浴衣来てくるにゃ! でーも、その前に、あっくんも浴衣着るにゃ。1人だけ浴衣じゃないのは少し変にゃ!」


「ちょっと、ねこ。あんまり引っ付かなくても行きますよ……」


 音湖は阿久津に抱きつきながら、またまた別の部屋へと入っていった。


 それを見送った二人は向き合って両手で思いっきりハイタッチしてから両手で全力のガッツポーズをした。


「よしっ!」


「うんっ!」

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