由莉はもう一度約束を交わしました
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━━えりかと阿久津が言い争う少し前━━
わたしは阿久津さんと向き合っていた。ゆりちゃんにあんな酷いことをする阿久津さんが許せなかった。あの場でなにか言ったら死んじゃう気がしたけど、そうなっても引き下がるのは無理だった。
ゆりちゃんみたいに殴られるのかな……と思って少し構えてたら阿久津さんからびっくりするような事を伝えられた。
「あれ、手を強く押し当てただけですから身体に傷は残りませんよ。……少し時間がないので、頷かずに今から言う事をやってください」
「……」
驚きと安心と不安が同時に襲ってきた。阿久津さんの言葉を信じていいならゆりちゃんは傷ついてないということになるんだけど……あまり信じたくなかった。あんな事を言う阿久津さんを信じる気にはなれなかった。……でも、阿久津さんかなり焦ってる。ここで意地を張って……いつものゆりちゃんが戻ってこなくなったらどうしよう、そんな不安が付き纏った。
わたしは強引に阿久津さんの言葉を信じることにしたよ。……まだ阿久津さんは信じられないけど、その言葉ならなんとか信じる気になれた。
「今から本気で私と言い争ってください。どんな言葉で罵っても構いません。そして……えりかさん、由莉さんから教えて貰ったと思いますが、ナイフを避けること、捌くことができますか?」
わたしは頷かずまばたきを送るとそれで阿久津さんはそれで分かっちゃったみたいだからびっくりしてしまった。
「その後で私と殺し合いをしてください。……と言っても私は単調な攻撃だけしかしませんので絶対に避けてください。もちろん、えりかさんは本気で殺しにかかってくださいね」
意味がわからなかった。阿久津さんと殺し合い?それをやって本当にゆりちゃんを助けることが出来るのか聞きたくなった。けど……多分、分かっててそう言ってるんだよね……
「そこで由莉さんと話す機会をいくらか作るので……えりかさん自身が本当に私と殺し合う体で由莉さんに思いを伝えてください。今の由莉さんを助けることが出来るのはえりかさん……あなただけなのです」
つまり、ゆりちゃんに嘘をつけって……そういう事を言ってるんだよね。それで本当にゆりちゃんは助かるのかな……?でも、今ゆりちゃんがあんな姿になったのは……わたしのせいだ。
優しいゆりちゃんだからあんな風になっちゃったんだ。
……わたしに選択肢はなかった。1回息を吸うと、阿久津さんに思ってることの全てを話すようになるべく大きな声で言い争った。
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「ごめんね……ゆりちゃんに嘘ついちゃった……」
由莉はえりかから聞かされた真実を聞いて、しばらく無言だったが一旦深く担ぎなおし背中と左腕だけでえりかの身体を支えると、右手でえりかの太ももを何度か弱々しく叩いた。
「ばかっ、あの時……えりかちゃんが阿久津さんに倒されてナイフを振り上げられてるのを見て…………どれだけ怖かったか……っ」
由莉はえりかが最後の一撃を決めにいく瞬間に意識は僅かにあった。ただ、ぼんやりしていて意識がはっきりしたのは、阿久津に組み伏せられているところからだった。
「もう……そんなことするのやめて……私、どうにかなりそうだったよ……」
涙を耐えながらおんぶしている由莉をギュッと抱きしめたえりかはそっと耳元で___
「やーだよっ」
軽い言葉で否定したのだ。
「え!?なんで……」
まさか、えりかに拒否されると思わなかった由莉はぐらついてバランスを崩しかけたが、なんとか落とさずにすんだ。
「ゆりちゃんが傷ついたら、わたしは出来る限りの事をしてゆりちゃんを助けるよ。もし、それでわたしが死んじゃうのだとしても、それでも助ける」
「…………っ!」
___えりかちゃんにそんなこと言って欲しくなかった。あの時……えりかちゃんが死ぬって思った時、自分が壊れる音がした。
「えりかちゃん……私のために死ぬなんて言わないでよ……えりかちゃんが死んだらもう私耐えられないよ……っ」
「…………ゆりちゃん、それはわたしもだよ」
「……っ!?」
その時、肩を握るえりかの指がさらに食い込むような気がした。
「あのゆりちゃんは……見てて怖かった。もうこのままいつものゆりちゃんが戻ってこないかもしれないって思ったら……怖かったよ……っ」
由莉は自分のことだけ考えてえりかの気持ちを考えてないことに
___ばかだ……私だけじゃなくて、えりかちゃんもそう思ってるんだった……また、一人で……
「ゆ〜りちゃん、それはダメだよ」
意識の深いところまでいきかけた由莉をえりかの声がかろうじてそこから助け出した。
「ゆりちゃん、また自分のせいだって自分を責めてるんだよね?反省するのはいいと思うよ。でも……ゆりちゃんはいつも自分を責めすぎだよ。心が壊れるまでやったら……だめだよ…………っ」
えりかから出たその言葉に由莉は思わず面食らい、ここに来てからの出来事が一気に思い出された。
(責めすぎ……?そんなこと考えたことなかった。だって、毎回皆んなを困らせているのはいつも私。それで……それで?自分を責めすぎて壊れた私を助けてくれたのは……皆んなだよ。マスター、阿久津さん、それに……えりかちゃん。
……そっか、えりかちゃんの言う通りだよ。私がうさぎを殺した後、引き金を引けなくなった時だって勘違いしてすっごい責めて……おかしくなった。あの時はマスターと阿久津さんの呼びかけが聞こえて意識を取り戻せた。それに、そのおかげでもう一人の私にも会えた。人を殺す覚悟も出来た。けど……一歩間違えたら確実に……、
そこで死んでいた。
今回だってそうだよ……あの時、追いかけて素直にごめんって言えば済んだかもしれなかった。なのに一人で自分を責めて壊れて……それでえりかちゃんも危険な事に手を出すことになっちゃった。全部……悪い方向に転がってるだけじゃん……)
「そう……だったんだ…………」
ようやくだった。4年以上かけてようやく由莉は自分の悪い癖……いや、『※虐待児だからこその性格(後述参照)』に気づくことが出来た。
「……ね、約束、覚えてる……?『ずっと一緒にいてくれる』って」
「えりかちゃんとの約束……」
★☆★☆★
____でも、もう大丈夫だよ。私はえりかちゃんの側にずっといるよ……ずっと
____ほんと……に?
____うんっ、約束だよ
____…………うれしい……
★☆★☆★
由莉には「えりかに全てを話す時」までの約束のつもりだった。元よりその時は、えりかに受け入れられると思っていなかったのだ。だが、えりかは___「このまま、ずっとずっと」という意味で捉えていたのだ。
「わたし……あの時、ゆりちゃんがどっか遠いところに行っちゃうんじゃないかと……怖かった……っ。ゆりちゃん、もう遠くに行かないで……?」
涙を見せないようにと必死に耐えているえりかを由莉は一旦、腰を下ろして地面に立たせるとギュッと抱きついた。
「……うん、もう一回約束する。私はえりかちゃんから離れたりしない。……もう絶対に苦しませないよ」
「うんっ、嬉しい…………っ」
その確かな言葉にえりかの涙腺が遂に限界を超え、由莉の肩を濡らした。
「えりかちゃん、ありがと。えりかちゃんがいてくれるからまた一歩進める」
「わたしもだよっ、ゆりちゃんがいてくれるならどこにでもついて行くよ」
繋がろうとはすれ違って、くっついたと思えば離れて不器用な二人の関係はこうして確かなものになった。
…………そう思っていた。
だが、その後の阿久津から聞かされる一つの事実が二人の今後を大きく変えることになる。
こんな波乱、まだまだ序章にすら至っていなかったのだ。
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(後述)
『虐待児の性格』について
虐待された子は精神そのものに傷を負わされ、様々な負の感情が強まる。
例えば、自尊感情の低下、自分の精神を普通以上に傷つける行為、自分の評価を必要以上に下げる等色々ある。
由莉は長い間、一人でいたため人と接する中でようやくその事実に気が付いた。
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