由莉は本気でキレました

 ひねりを加えた回し蹴りを阿久津の胸板に全力で叩き込み尻もちをつかせるとそれとほぼ同タイミングでえりかを抱えて一気に距離をとった。


「ゆりちゃん……っ!」


「えりかちゃん……ごめんね。来るの遅れちゃった」


「ううん、よかった……立ち直ってくれて……っ」


 涙を流すえりかに優しい笑顔を見せた由莉は壁の側まで行き、えりかをゆっくりそこにもたれかかせると髪を優しく撫でてあげた。


「えりかちゃんのおかげだよ……さて、わたしも行ってくるね。……流石に許せない」


「えっ……!?ちょ、ちょっと由莉ちゃん!」


 えりかの制止も虚しく由莉は1歩ずつ阿久津に近づいた。


「阿久津さん、言ったよね。『仲間は何よりも大切にする』って。……確かに私もえりかちゃんを傷つけたのは本当にダメなことだって後悔した……でも!!」


 血が乾き、赤色になった左手。

 白色の綺麗な右手。


 その両方を拳に握りしめ、由莉は自分の出せる限界…………いや、それを遥かに超える殺意を剥き出しにした。


「仲間を……大好きな人を殺そうとする人に……そんなこと何があっても言われたくない!こっちが見損なったよ……阿久津さん!!」


 えりかにもその殺意が見えたような気がした。阿久津と対峙した時の殺意なんてものともしないレベルの殺意。仲間を何より失いたくないと思う由莉だからこそ出せるものだった。

 阿久津もその由莉の様子に一瞬だけ硬直するも、すぐに挑発気味に問いただした。


「それで、どうするんですか?」


「本気で手合わせしてください。勝ったらなんでこんな事をしたのか教えて。負けたら……好きにして」


「……分かりました」


 由莉の覚悟を無下にする訳にもいかないと阿久津も持っていた本物のナイフを遠くに投げ用意していた非殺傷性ナイフを構えた。

 阿久津は順手に対して、由莉は逆手。

 ただえさえ差がでかいリーチをさらに広げた由莉は流れを作られる前に動いた。


 ___普通にやったら負ける……だったら、もう一撃で決める!勝つならもうそれしかない!


 由莉は得意な動きをあえてせず正面から緩急を混ぜ込んで突っ込んだ。阿久津もいつもの防戦をやめ攻勢の姿勢で待ち構えた。


 阿久津の攻撃範囲内に入った瞬間、パンチを繰り出すような突きが繰り出される。普段の模擬戦とは比べ物にならない速さだったが……今日の由莉にはそれが普通に見えた。


 一撃目、左脇腹への突きを軽く横にステップして躱すとすぐさま腹部への二撃目が繰り出される。重心移動が終わっておらず横に逃げられない由莉は真下にしゃがみ、すんでのところで回避に成功する……が、そこから阿久津はナイフを逆手に持ち替えて由莉の左肩を狙い三撃目を振り下ろす。


 ___普段ならそこで終わるはずだった。見えない所からの攻撃なんて避けられるはずがない。だが、由莉はそこまで全て見えた上での行動だった。

その右腕を全力のアッパーをかまして受け止めるとそのまま太ももを目がけてナイフを当てようとした……が、そう簡単に負けるほど阿久津は易しくはなかった。


(!?やばい、なにか来る!)


 咄嗟に左腕を構えると阿久津の右足が飛んできた。あんなの当たったら左手、折れるな……と思いながら決死の覚悟を決めその右足の太腿に向かってナイフを当てようとする。


 左腕を犠牲にしながら吹っ飛ばされるだけか

 犠牲にしながらも勝つか


(届けえぇぇーーー!!!)


 痛みを恐れず最速最短でナイフが届こうとしたその時、阿久津の動きがそこでぴたっと止まった。


「はぇ?」


 由莉もキョトンとしながらも伸ばした手の先にあるナイフは阿久津の太ももを真横に切るように捉えていた。


「あれを避けるのですね……お見事です。今回は私の負けですね」


 由莉の力の奥底を見れた阿久津はたいそう満足した表情だった。だが、その本人は納得していないようで…………


「っ、そんなのを聞きたくてやった訳じゃない!なんで……なんでえりかちゃんを殺そうとしてたのですか!」


 急に冷静になられて由莉も口調が不安定になる中、阿久津がその真実を話そうとした。


「それはですね___」


「本当に……やろうと思って、してた訳じゃないんだよ、ゆりちゃん」


 阿久津の声を遮ったのはさっきまで壁際にもたれかかっていたえりかだった。さっきのダメージが回復しきれていないのか息を切らし、足を引きずりながらも由莉の元に向かっていた。由莉は急いで近づくとえりかを支えながらおんぶした。


「でも……っ。そんな傷、普通の模擬戦でもつかないよ……。それに、えりかちゃんもなんでそんな危険な事したの……?あのナイフでやるなんて、一歩間違えたら死んでたんだよ!?どうして……どうして!」


 あの時感じたえりかを失いそうな感覚を思い出し全身が震え上がった。そんな由莉の恐怖を打ち消すように由莉の背中にギュッと掴まった。


「違うんだよ、ゆりちゃん。ほんとはね……あの戦い……わたしも阿久津さんも本気で殺そうとはしてないんだよ」


「え……?」


 自分の耳を疑った。どういう事なの?と、由莉はえりかに事の始まりを詳しく聞くのだった。

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