えりかは由莉に教えてもらいました

 由莉は別れ際に阿久津からもう一本、殺傷性ゼロのナイフを貰うとえりかに阿久津に教えてもらった人の急所について教えた。


「人の急所はね、目、首筋、脇腹、大腿部……太ももだね。基本はこの4つだよ。あ、銃は眉間と心臓とお腹だけどね」


「そ、そうなんだ……」


 えりかも由莉に教えてもらって安心しているようで体の震えも自然に収まっていた。


「あっそうだった。阿久津さんにナイフを扱う時に言われたんだけどね」


 右手にナイフを持って不思議そうにしているえりかに由莉は少しキツめの口調で同じ事を伝えた。


「【殺る時は一切の容赦なく殺れ】。近接戦で技量や力が同じ時、殺されるのは先に躊躇った方だよ。殺されたくなかったら殺られる前に殺る。それは絶対に忘れないで」


「う、うん……っ。でも……」


 由莉のその気迫にえりかは押されて大きく頷いたが気になることがあったみたいでその顔は暗かった。


「ど、どうしたの?」



「……それが、もしゆりちゃんだったとしても……やらなくちゃいけないの?」



「っ!?」


 えりかからそんな事言われると思ってなかった由莉は完全に面食らってしまった。


「それは…………」


 なんて答えるべきなんだろう。仲間でもやる時はやれ、そう言うべきだろうけど……口に出すことが出来なかった。


「ううん、私とえりかちゃんが殺し合うなんて絶対にないよ。それに……えりかちゃんを殺すなんて……私には出来ないよ……」


 はぐらかしてしまったが、由莉にはこれが精一杯だった。もちろんこれも紛れもない本心だった。


「ご、ごめん……変なこと聞いちゃって…………」


「ううん、気にしないで?じゃあ……続きやろっか」


 ____________


 そこから由莉はナイフの持ち方、相手を切る方法、色々とえりかに教えた。えりかも由莉の分かりやすい説明で内容がするすると頭の中に入っていった。


 ___そして、阿久津が来ると言っていた時間まであと数分になった頃、


「たぶん、教えられる事は教えたかな……?でも、すごいよえりかちゃん!こんなに出来るなんて私知らなかったよ〜」


「ゆりちゃんがしっかりと教えてくれたからだよっ、ありがとう!」


 えりかはその1時間で基本の攻撃のしかた、受け流し方をほぼ完璧にこなしていた。阿久津さんの言ったことも案外当たってたのかなぁ、と由莉も若干苦笑いだった。


「そうだ、えりかちゃん。1回手合わせしない?」


「てあわせ……?」


「うん、ルールは簡単。相手を降参させた方が勝ち。ナイフも殺傷性ゼロだから相手に突き立ててもいい。そのかわり目は狙うのは禁止、今後に影響しかねないからね〜」


「う、うん。分かった」


 お互いに頷くと5mくらい離れてナイフを構えあった。同じ姿勢、同じ攻撃手段、同じくらいの体躯、阿久津とやる時とは全然違うシチュエーションに由莉は少しワクワクしていた。


(えりかちゃんと手合わせか〜こんなこと出来るなんて考えてもなかったなぁ……)


 始めてまだ1時間のえりかには悪いけど、本気で決めに行こう。そう思い、由莉は一度深呼吸すると肩の力をだらりと抜いた。


「えりかちゃん、いつでもいいよ。……殺すつもりでかかってきて」


「うん!ふぅ……」


 えりかも由莉と同じように肩の力を抜くとまっすぐ由莉の目を見た。

 そのまま暫く硬直状態が続いたが、えりかが真っ先に動いた。由莉が逆手に対し、えりかは順手。リーチを活かして刺突を繰り出すが、阿久津の攻撃を1ヶ月も見てきた由莉は丁寧に避けた。当たると思っていたのかえりかも目を丸くしていた。


「やっぱり、すごいよゆりちゃん……!」


「ありがとっ、次はこっちから行くよ!」


 えりかの全力に応えるように由莉もフルスロットルでえりかに飛びかかる。

 得意の懐に潜り込んでからの全力の刺突、由莉の小さな体が一瞬消えたと思ったら視界の左下にいるような体験にえりかも不意によろつく。その隙を見逃さずに由莉はナイフをえりかのお腹に軽く突き立てた。


「私の勝ち、かな?」


「うん……すごいよ、ゆりちゃん!さっきの全然見えなかったよ……」


 負けたという感覚にえりかは多少の悔しさが残ったけど、全力で由莉がやってくれた事が嬉しかった。


「あの動き得意なんだよ〜最初は阿久津さんも少し反応しきれてなかったなけど、昨日反応されちゃったから少し落ち込んでるんだよね……」


「そうなんだ……っ!?また頭が……っ」


 まただ……また来たとえりかはその場でしゃがみ込んだ。どんどん強くなるその痛み、その度に流れてくるよく分からない情報がえりかの頭の中を駆け巡った。


「えりかちゃん、しっかりして!」


「ううぅ…………っ」


 すぐ引くと思ってた痛みが中々止まなくてえりかは頭がいよいよ割れそうだった。パニックになる中、情報と共に変な映像が流れ込んだ。



 ___目の前に広がる真紅の池


 ___服にべっとりとまとわりつく赤色の液体


 ___もしかして……これ、人の……血?



「っ、なに……これ…………」


 なぜかその映像には抵抗がなかった。だが、それを認めたくない自分がいてえりかは何が何だか分からなくなった。


「えりかちゃん?どうしたの!?」


 こんなのどう言ったらいいのか分からなくなったえりかは由莉にそれを言うことが出来ず誤魔化してしまった。


「ううん、なんでも……ない……」


 未だに頭を抱えるえりかに心配している由莉はそっと背中を撫でてあげた。


 それから1分もかかることなくえりかは立ち上がることが出来たが少し顔色が変だった。


「えりかちゃん、本当に大丈夫?今日はもう休んでもいいんだよ……?」


「ううん……大丈夫だよ……。ねぇ、ゆりちゃん。もう1回やりたいんだけど……いい?」


「う、うん……」


 そう尋ねるえりかから今まで感じることのなかった底知れぬ何かを感じた由莉は二つ返事で応えると再び5mほど離れてナイフを構えあった。


「じゃあ、ゆりちゃん……いくよ」


 えりかは今まで順手で持っていたナイフを手首を返すようにして逆手に持ち替えた。


 何をするのだろう……とナイフを身構えていた由莉だったが……



 ___7秒後


「えっ……?」


「わたしの勝ち……かな?」


 手を床についている由莉と後ろに回ってナイフを首筋にそっと当てているえりか


 勝ったのは___えりかだった。

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