第5章前編 お別れ

第1節 すれ違いとぶつかり合い

由莉とえりかは練習します

 ___えりかのとんでも発言後の練習中


「えりかちゃん速いねっ、私も負けてられない!」


「ありがと、ゆりちゃん!でも、わたしそろそろ限界かも……」


「じゃあ、私はもう一周走ってくるね〜」


「むぅ、じゃあわたしも走る!」


 競走本能剥き出しで2人が走ること____1時間半。二人は周りを3周(1周5.5km)、およそ16kmを走破しようとしていた


 由莉としてはまぁまぁ、疲れるかなって距離だったがさすがにえりかまで付いてくると思ってなくて度肝を抜かれた。


(えりかちゃん……本当に前は何やってたんだろう……銃を撃てて、こんなに走れて……もしかして、私と同じ…………)


 由莉もまたえりかが記憶を失う以前何をしてたか考えてるうちにそれしか出てこなくなった。でも、それならそれでいいと思っていた。一緒にいられるのならそんな些細なこと問題ではなかった。


 と、由莉はいよいよウォーミングアップには若干やりすぎた感じがしたのでえりかを呼び止めた。


「ね、えりかちゃん。一旦休憩しよ?すっかり忘れてたけど、この後阿久津さんからナイフの使い方教わるんだよ〜」


「ナイフ……?」


 えりかは、何を言ってるの? と走りながらキョトンとしていたので走り始めた所まで戻り、由莉は保管されている自分用のナイフを手に取ると鞘から抜いて見せてあげた。


「これだよ」


 短くも黒く鋭い殺意が込められている刀身を見てえりかも思わず息を飲んだ。


「も、もしかしてゆりちゃんこれでやるの……?」


 こんなの死んじゃうよ……と、目をウルウルさせながら由莉を見ていたが、そこまで心配されると思っていなかった由莉は思わず吹き出してしまった。


「ふふっ、違うよ。ほんとはこっちだよ」


 由莉はそう言って本物のナイフをしまい、後ろに隠していた殺傷性ゼロの物を差し出すとえりかはホッとしたように項垂れた。


「も〜っ、心配したよ〜」


「ごめんごめんっ」


(……あれ? 私、阿久津さんに似てきてないよね!?)


 えりかをからかっているのを少し楽しんでいた自分がいて、阿久津のあのニヤリとした顔や平然とした顔でからかってくるあの光景が浮かんできたので頭の中から徹底的に排除すると一息ついた。


「ん? どうしたの、ゆりちゃん?」


「なっ、なんでもないよっ! あ、阿久津さん呼んでくるね〜!」


 由莉は赤くなりながら隠すように阿久津を呼びに行った。


 _____________



「それでは、改めてえりかさんも今日からよろしくお願いします」


「はいっ、よろしくお願いします」


「由莉さんもお願いします」


「よろしくお願いします!」


 やって来た阿久津にえりかと由莉は勢いよく頭を下げると阿久津はいつもと少し違う光景に硬直するとすぐにいつもの練習を___とその前に確かめなければならない事があった。


「えりかさん、由莉さんからナイフは見せてもらいましたか?」


「はい、黒いやつとゴムで出来ている2つですよね……?」


「そうです……由莉さん、えりかさんにいつも使っているナイフを」


「は、はい」


 阿久津の狙いが分からかったので由莉は言われた通りに渡すと、何となくえりかの目の色が変わったような気がした。


「えりかさん、貴女は予想通りであれば銃よりナイフ戦闘の方が得意なはずです。とりあえず、私にそのナイフを当ててみてください」


「阿久津さん、何を言って……っ!?」


「…………っ」


 阿久津の凶行とも呼べる行動の理由を尋ねようとした瞬間、胃の中のもの全部をぶちまけてしまいそうな殺気が地下全体に広がり、えりかも少し一歩後ろにたじろいでしまった。


 ____阿久津さんがここまで本気になるなんてほとんどないのに……っ、てことは……っ! えりかちゃんそこまで強いの……?


 由莉は息を飲んで二人の戦いの火蓋が切って落とされるのを今か今かと待っていた。


 そして、先に動いたのはえりかだった___が、由莉の目には少し変な様子に見えた。


(動きが鈍い……これじゃ、阿久津さんに触れることも出来ないけど、どうするの……? いや、阿久津さんがあんなに警戒してるんだから何かあるのかもしれない……)


 その思いも虚しく阿久津の振り上げられたナイフで遠くへえりかの物が弾き飛ばされるとそのまま振り下ろされえりかのお腹に突きつけられ……る直前で寸止めされた。その勢いにえりかも魂が抜けたように膝から崩れ落ちてしまった。


「えりかちゃん!大丈夫?」


「う、うん……なんかごめんね、期待させちゃって……。わたし、急にそんな事言われてもナイフの使い方なんて……」


「ううん、えりかちゃんは頑張ったよ…………っ!」


 期待を裏切ってしまったことに怯えた様子でナイフを握りしめるえりかを見て優しく抱きしめてあげながら由莉は阿久津を思いっきり睨んだ。


「阿久津さん、えりかちゃんだって何でも出来る訳じゃないんですよ!? 何を期待してたのか分かりませんけど、そんなに厳しくしてあげないでください!」


 阿久津さんの厳しさはその人の事を思ってやってる事は分かっている。だからこそ、今回の阿久津の対応には由莉は変な違和感を感じ止めようと強く言った。


「すみませんでした……えりかさんには何かもっとあるのではと引き出してみたかったのですが……そうですね、それについても今日の練習が終わった時、話しましょう」


「分かりました。……それと! ナイフの基本の使い方、私が教えても大丈夫ですか? えりかちゃんさっきのでかなり怯えちゃったので」


 えりかは由莉のそばでガクガクと震えていた。このまま阿久津に任せたらやばいと思った由莉はそう提案した。


「そう……ですね。では、1時間後にまた来ます。私も頭を冷やさないといけないみたいなので」


 そう言うと阿久津は二人に軽く礼をすると階段を上っていった。


「ゆりちゃん……わたし、阿久津さんに悪いことしちゃったかな?」


「ううん、えりかちゃんは気にしなくてもいいんだよ。初めは私もえりかちゃんみたいな感じだったから…………さっ、ナイフを上手く使いこなせるようになって阿久津さんを驚かそうね!」


 絶対に驚かせてやる!怒りとやる気に満ち溢れた由莉はその後、えりかにナイフの使い方を教えるが……その時思い知ることになった。


 えりかの__実力の一片を

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