【リクエストep】if-由莉の物語-Ⅱ

「…………ぁれ?ここは……」


 由莉が目覚めると真っ白い天井だけが見えていた。


(ここは……天国なのかな?……そう、だよね。私、もう死んじゃって___あれ?でも、この管はなんだろ……?)


 腕を見ると細い管が繋がれていて上から透明な液体が身体の中に入っていくのが見えた。とりあえず安静にしようと由莉は立ち上がるのをやめた。


(それにしても……ここはどこなのかな……ってあれ?服も変えられてるし、それに……あったかい)


 混乱した頭が落ち着き由莉はようやく自分がどのような状況に置かれているのか理解した。


 まずは服装、元はかなりボロボロになっていたジャージを着ていたはずだったが、今は薄い桃色の患者衣を纏っていた。そして身体の状態、左手首に包帯が巻かれそこから2本の細い管が繋がっていてその中を液体が流れて自分の身体に入っている。そして……足だが、こっちは包帯でぐるぐるに巻かれて直接見ることは適わなかったが……重症なのは確実だった。


 このことから分かるたった一つの事実、それは__


「私……まだ生きてるんだ…………っ」


 死んだと思ってた。あの状態から生きていること自体ありえないと思っていた。だからこそ……命が繋ぎ止められたという事実に涙が溢れ出て止まらなかった。


(生きてるんだ……本当に私、生きてるんだ……っ。あれ?でも……誰がここまで運んだんだろう……)


 そんな事考えても分からないか……と思っているとガタンと音が聞こえると静かに扉が横に開き白い服を来た男の人が入ってきて由莉の意識がある事に気づくと慌てて部屋を出ていってしまった。


(……何しに来たんだろ。私を見て逃げ出すように走っていったけど……色々聞いてみたかった……)


 暫くするとドタバタと複数の音が外から聞こえドアが開かれさっきの男の人と、黒と白のボーダー柄の服に黒色の長めのスカートを着た清楚な感じの女性と水色と青のグラデーションのワンピースを着た服の上からでも分かるくらいの豊満な胸の

 女の子が入ってきた。


 あまりにも突然一気に人数が増えてあたふたする由莉に最初に声をかけたのは男の人からだった。


「こんにちは。私、この病院の医師をしている倉井と言います。どうですか?体調の方は」


「は、はい……身体は多分大丈夫です……あの、私どのくらいここにいるのですか?」


「そうですね……10日目になりますね」


「10日……!?そんなにも……」


 由莉が絶句しているとその医師は運ばれた時の由莉の状況を話してくれた。


「運ばれた時はかなり危ない状態でした。低体温症と足の凍傷が始まりかけていたので最善を尽くして外傷の修復を行いました。そして……腹部から胸部、背中にかけての傷……それによって内臓に深刻なダメージを負って危険な状況でした。2つとも一刻を争う状態でしたので凍傷が収まったあとすぐに手術をしました。相当衰弱していたので致命傷となる部分だけは何とかしましたが、まだ何箇所か残っているのでもう一度手術するつもりです」


「は、はい……」


 一気に話されだいぶ混乱した由莉だったが、相当危なかった、という事だけは分かった。その間、黙って医師の言葉を聞く後ろの二人を見てふと思い出したように


「あっ、お二人はもしかして……」


「はい、あなたをここまで運んでくださった__」


 そこまで医師が言うと女性と女の子は揃ってスカートの裾をつまんでお辞儀をした。


「葛葉お嬢様の面倒係を勤めさせて頂いている渡辺と申します」


「わ、渡辺さんっその呼び方は外ではやめてって……えっと、初めまして栢野 葛葉(かやの くずは)です。あなたのお名前は?」


 顔を赤くしている女の子……葛葉に名前を聞かれた由莉は「大羽 由莉……です」と答えると不安そうな顔をしてた葛葉はにっこりと笑みを浮かべて由莉の手を掴んだ。


「由莉ちゃんっていうんだね!可愛い名前!ねぇ、私と友達になりましょ?」


「えっ……?」


 由莉は少し戸惑った。いきなり友達になりましょう、なんて友達のいない由莉にはなんて答えればいいのか分からなかった。


「お嬢様、そう急ぐものではありません。それにこの子の事もよく知っておかないと」


「大丈夫よ、渡辺さん。由莉ちゃんはすごくいい子だよ。だって……この子の目は澄んでいるんだよ?汚い欲がある人とは全く違うきれいな目」


「しかし……」


 葛葉は渡辺の言うことを聞かず、由莉の顔を見ると笑顔でもう一度尋ねた。


「由莉ちゃんはどうしたい?」


「私は……友達なんて……そんな人いなくてどうすれば友達になれるか分からないけど……こんな私でいいなら……っ」


「友達が……いない…………?それって……ってどうしたの由莉ちゃん?泣かないで?」


 ともだち、その響きが由莉の心を奥底から震え上がらせ、孤独に生きてきた由莉の心を少しだけ、ほんの少しだけこじ開けた。


「私は……ずっと一人で……お母さんからずっと殴られたり蹴られたりして___」


 そこから由莉に聞かされた事実はその場にいる全員を呆然とさせた。親からの虐待、逃げようとして気を失っていたこと。


「…………」

「…………」

「由莉ちゃん……」


 大人2人は黙って由莉の言葉を聞いていた。そして葛葉はうっすら涙を浮かべていた。


「だから……今、生きているのが不思議なくらいで……っ?」


 泣いている由莉の言葉を聞き終わる前に葛葉は渡辺の方へと振り返りある相談をした。


「…………私、決めました。渡辺さん、この子を私の家に住まわせましょう」


「しかし……社長が許してくださるとは……」


「お父様たちなら分かってくれます!それに……可哀想じゃないですか……私と同じくらいの子がこんなに苦しめられて逃げてきたのに居場所がないなんて。財閥の娘が一人の子供くらい助けられないで後なんて継げられませんよ」


 子供ならではのむちゃくちゃな暴論。だが、そこに込められていたのは助けたいという純粋な意志だけだった。


「由莉ちゃん、私と一緒に住まない?私のお友達として……家族として」


「か……ぞく…………っ」


 その言葉を聞いた瞬間、由莉の顔から血の気が一気に引いた。家族というワードは恐怖以外の何ものでもなかった。手がブルブルと震え呼吸が若干早まる。


「大丈夫、私のお父様もお母様もそんな事は絶対にしない」


 震える手を両手で包み込むように握り、自分の胸の前に置いた。その行動に何故か由莉もすごく安心し、腕の震えが僅かに止まった。


「本当に……いいの……?私なんかが……」


「由莉ちゃんだからだよ。私はどうしても由莉ちゃんを家に迎えたいの。わがままかもしれない。由莉ちゃんには迷惑かもしれない」


「っ、ううん、迷惑なんかじゃないっ。嬉しくて今も状況が掴めないくらいで……」


 由莉が慌てるように言葉を紡ぐと真剣な顔をしていた葛葉は喜びの色を顔に滲ませた。


「それじゃあ、決まりだね!渡辺さん、すぐに用意しましょう。養子の手続きは任せます。私はお父様とお母様を口説いてきます!って、ひゃあ!?」


 意気揚々と部屋を飛び出そうとした葛葉だったがドアの桟に足先が当たり盛大に頭からヘッドスライディングを決めた。


「ですから、焦らないようにと……はぁ、すみません由莉さん。お嬢様はかなりドジなので……それでは私どもはここで」


 渡辺も一言挨拶すると急いで外へと出ていった。

 台風が過ぎたあとのような静けさがその場を占め由莉とこっそり側にいた医師は呆然としていた。


「あのご令嬢……やはり栢野グループの社長の娘さんでしたか」


「えっ、有名なのですか?」


「はい。ここ数年で大成した、今、最も勢いのある企業ですよ」


「そ、そうなのですか……」


 よくは分からなかったがすごい人なんだと言うことは分かった。


「さて、手術の日程を決めましょう。そうですね……体力を考えて2週間後にしましょう。その手術が終わればもう退院できる日は近いですよ」


 ______________



 そこからは早かった。渡辺は由莉の母親を特定すると弁護士同伴の元、法に則って強制的に引き離すと、すぐさま養子の手続きを行った。葛葉の両親も承諾してくれたことで事が円滑に進み__


 1ヶ月後、無事に退院した由莉は栢野家に迎え入れられた。


「由莉ちゃん、ようこそ!来る日をずっと楽しみにしていたよ!」


「お待ちしておりました」


「はわわっ……、あ、ありがとうございますっ。それにしてもすごい大きい家ですね……」


 わずか6畳ほどの空間で生活していた由莉にはその家の大きさに驚きを隠せなかった。なんせ、2階建てでデタラメに広い庭、中世を思わせるような洋式の家づくり。どう考えても普通じゃなかった。


「私も少し迷ったりすることあるんだよ?あはは……さて、家の中を案内するよっ。さ、ついてきて!」


「う、うん!」


 強引ながらも由莉のことを考えてくれる葛葉に由莉はとても惹かれた。暗い場所から無理やり引っ張りだせるほどのエネルギーが溢れているその子とならいつまでも楽しく……と頭の中で想像してつい笑顔になった。しかし…………


「あれ?……何か忘れてる気が……」


「由莉ちゃん!はやくはやく〜!」


「う、うん!待ってよ、葛葉ちゃーん!」


 まぁ、いいやと割り振り由莉は葛葉の元へ急いで走っていったのだった______


 ___________________


 これが由莉のあったかもしれない一つの物語。



 由莉がスナイパーになる以外の幸せ(仮)の物語

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