第五章 序章
えりかはとんでもない事を口走りました
「ゆりちゃん、わたしもやってみたい」
それから程なくしてえりかが突拍子もない事をひっかけてきて由莉は目が白くなった。
「え、えりかちゃん何を言ってるの?」
「わ、わたしも……その、じゅう?撃ってみたい」
えりかから銃を撃ちたいだなんて口に出すと思ってなかった由莉はこの発言に心底驚いた。___いや、えりかちゃんきっとこの武器の怖さを分かってないんだよね……じゃなかったらこんな事言えないよ……
「銃はね、人を殺せるものなんだよ?この引き金を人差し指で引くだけで命を奪えるんだよ?」
出来るだけ分かりやすく、出来る限り残酷に説明を試みるもえりかも引き下がるものかと粘った。
「だけど……撃ってみたい」
「どうして……こんな危ないものを?」
___私はお母さんを殺したいと思ったのがきっかけで銃を取った。でも、えりかちゃんにそこまでさせる理由なんてある訳が…………
「わたし……ゆりちゃんとずっといたい。ゆりちゃんがやってる事……わたしもやりたいよ……」
由莉は少しの間押し黙った。自分と一緒にやりたいと言ってくれたえりかの気持ちは由莉も嬉しかった。だが、本当に危ないことをするのだと由莉は最後に覚悟を確かめることにした。
「私と同じ所に来たら……もう普通には戻れないんだよ?自分の手で人を撃ち殺さなくちゃいけないし、死んじゃうかもしれない。そんな世界でえりかちゃんは銃を握る覚悟はあるの?」
「……うんっ、ゆりちゃんがいるならわたしはどこまでもついてくよ!」
元気な話し方だったが、その中には限りのない由莉への信頼と覚悟が色濃く染められていた。由莉もそれを見て闇雲に否定出来なくなりがくりと項垂れた。
「……分かったよ。少し阿久津さんと話してくるから待っててね」
「うんっ」
その場にえりかを残して階段を一気に駆け上がり家の中にいる阿久津の元まで息を切らしながら走っていった。
「はぁ、はぁ……阿久津さん!」
「どうしましたか、由莉さん?……その様子だと上手く和解出来たみたいですね」
「はい……阿久津さんのおかげでえりかちゃんも覚悟を決められたみたいです。……何度もありがとうございます、阿久津さん」
ぺこりと頭を下げる由莉を見て阿久津も少しほっとしていた。余計なことしてしまったのでは……、と思っていたところだったのだ。
「いえいえ、気にしないでください。……それでそんなに急いでどうしたのですか?」
「えっと……えりかちゃんが____」
えりかの言っていたことを端的にまとめて話すと阿久津は額に手を当てた。
「困りましたね……その様子だと由莉さんから絶対に離れませんね…………」
「はい、えりかちゃんは私とずっといたいみたいなので…………」
お互いに案を頭の中で巡らせていると先に思いついたのは阿久津だった。
「それなら、テストしてみては?」
「テスト……ですか?」
「はい、えりかさんに拳銃を一発だけ撃たせて、それでいつも由莉さんが練習している20m先の的を当てられたら合格、当たらなかったら不合格で諦めてもらいましょう」
由莉はその案に言葉を失った。拳銃で20m離れた的を狙う難しさは由莉が分かっていた。__10mならまぐれでも当たるかもしれない。けど……初めてで20m先の的に当てるのは……さすがに……
「……分かりました。でも、私が言うより阿久津さんが言った方がえりかちゃんはきっと分かってくれます」
「そうですか、なら一緒に行きましょう」
二人は待たせるのも悪いと少し早足でえりかの待つ地下へと向かった
____________________
由莉は阿久津と共に地下へと行くと、えりかが笑顔で出迎えた。
「あっ、阿久津さん、今日はありがとうございましたっ」
「気にしないでください、少しでも力にと思ってしたことですので。……それでえりかさんは……本当に由莉さんとこの道を歩むつもりなんですか?」
「……はい、わたしはゆりちゃんに付いていきたいです」
「……生半可な気持ちだとすぐに殺されますよ」
「…………っ!」
阿久津から漏れでる若干の殺気に由莉はちょっとだけ息を飲んだ。何度体験してもこれだけは慣れない。きっとえりかちゃんも__と恐る恐る見てみたが……
えりかは平然と阿久津と向き合っていた
「えっ……?」
由莉は理解が出来なかった。___あの殺気の前で平然としていられるなんて……なんで……?私でも阿久津さんの殺気は耐えるの辛いのに……
「それでも……わたしはゆりちゃんと一緒にいたいです。阿久津さん、やらせてくれませんか?」
「…………いいでしょう、ただしその前にテストをします」
阿久津はそう言うと自分の持っていた拳銃をえりかに差し出した。
「これを使ってあそこにある的を狙って撃ってください。チャンスは1回だけ、成功したら今日から由莉さんと一緒に練習しましょう。もし失敗したら……その時は諦めてください」
「……分かりました」
そう言うとえりかは阿久津の手にある拳銃を手に持った。その瞬間___えりかの中にゾクッとする何かが一気に流れ込んできた。わけの分からない感情と……様々な情報が一気に押し寄せ少しくらっとしてよろめいた。
「えりかさん?大丈夫ですか?」
「えりかちゃん…………?」
二人は心配してえりかの側に駆け寄ると、間もなくしてえりかはゆっくり目を開いた。
「阿久津さん、ゆりちゃん、少し頭が痛くなっただけだから……でも、もう大丈夫だよ」
えりかはもう一度自分の手に持っている銃を見た。すると…………
「M1911……45ACP弾……装弾数は7___あれ?今、わたし何を……」
えりかが二人を見ると由莉も阿久津も呆気に取られて棒立ちになっていた。
「えりかちゃん……どうして知ってるの?全部……当たってるよ。銃の名前も、使用銃弾も、弾倉に装填出来る数も……」
「なんでだろう……わたしも分からないよ……」
由莉はありえない現象を見ているような気がして声を震わせながらえりかに聞いたが、当の本人も全く理解してないみたいで困惑するばかりだった。
「…………そこまで分かるのであれば……使い方も分かりますか?」
そう尋ねながら阿久津は45ACP弾を一つえりかに渡した。
「ええっと……あの的に当てればいいんですよね?やってみます」
えりかは弾を受け取るとまっすぐその的から20m離れた所にあるラインの前に立った。
___そこからは二人とも完全に予想を覆されることばかりだった。
無駄のない動きで弾倉を外し素早く弾を込めるとすぐ装填し直した。そして、拳銃の撃つ時の姿勢も、腕の構え方から重心の場所、足の場所まで惚れ惚れするくらい完璧だった。そこから、間もなく撃った弾もぶれることなく的に命中し金属の高い音が鳴り響いた。
「…………っ」
「…………」
「これで……いいですか?」
硝煙たなびくその銃を握ったまま振り返ってそう尋ねるえりかを阿久津は感心そうに、由莉は目を見開きその様子を見ていた。
「すごい……全部出来てた……」
「……分かりました。それではえりかさんも今日から由莉さんと練習しましょう」
その言葉を聞いたえりかはパァっと笑顔を浮かべると由莉の元へ飛びついていった。
「ゆりちゃ〜ん!」
「わっ!?だからえりかちゃん急に飛びつかないでよ〜……それにしてもえりかちゃん、どこで銃の使い方なんて覚えたの?」
「分からない……けど、何となくこうすればいいかなーって」
実際、どうして銃の撃ち方が分かったのか、えりか自身も分からずにいた。でもこれでゆりちゃんとずっと一緒にいられる、そう思ったらそんな気持ちもどこかへ吹き飛んでしまった。
「えりかちゃん、本当に……いいんだよね?」
「うんっ」
「じゃあ……最初はランニングからしよっか。えりかちゃんのペースで走るから、ゆっくりでいいよ」
「分かった!」
「えっ、えりかちゃん速くない!?バテるからゆっくり走らないと〜!」
ワイワイとしながら走っていく二人の様子を見ながら阿久津はえりかが由莉のいいライバルになる、そう見込みつつさっきのえりかの行動について考えた。
(えりかさんの存在が由莉さんの成長にいい拍車をかけるでしょうね……ライバル、競争相手がいればその分互いに力を伸ばせあえますし…………それにしても、先程のえりかさんの行動……私の殺気を見ても怯えず、銃の知識・あの撃つ技術……恐らく……いや、間違いなくえりかさんは……
記憶を失う前に殺し屋をやっていた
どう考えても、その結論にしか至らなかった。
___これも……練習が終わったあと二人に話した方が良さそうですね…………
阿久津はえりかの今後を心配しながらただ笑顔で走っている二人の姿をただただ見守っているのであった。
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