由莉達は遊びました

「ただい〜__」



「ゆりちゃん、おかえり!!」



「おぶっ!?え〜り〜か〜ちゃ〜ん、急に飛びつかれるとびっくりするよ〜」



 恒例の如く、由莉が部屋に入った瞬間にはえりかが両手を思いっきり広げて飛びついてきた。



 ___なんだか、えりかちゃん最近重くなって……うん、身体もすっかり元気になった証拠だねっ



「えへへ、ごめんっ」



「…………やっぱり可愛いなぁ、えりかちゃん」



「も〜恥ずかしいからやめて、ゆりちゃん……」



 顔を赤くするえりかだったがそこも由莉にとっては可愛いと思ってしまう一つの要素だった。



 由莉はそっとえりかを下ろすと速攻で風呂場に直行した。最近は阿久津との手合わせでかなり汗が出てしまい、ベトベトでかなり気持ち悪いのだ。



 …………もちろん、えりかも一緒についてたから一緒にお風呂に入ったのだった。



 _________________



「今日は……これやろっか!」



 そう言って由莉が取り出したのはトランプだった。



「今日は何するの?」



「【セブンスペード】ってゲームだよ〜。えっとね……ルールは簡単、先にスペードを6枚裏向きに置いて最後の7枚目のスペードを表にして出した方の勝ち」



 そう言って由莉は箱からトランプを取り出すとよく混ぜた。だが、えりかにも腑に落ちない所があるようで___



「でも、それって運だけのゲームじゃないの……?」



「私も少しそう思ったんだけどね、違うみたいだよ」



 するとおもむろに由莉はシャッフルしたトランプの山の一番上をめくり、自分の前に裏向きで置いた。



「スペードじゃなかったら真ん中に表向きにして公開する。スペードだったらこうやって自分の手元に裏向きで置く。これを6枚同じようにやって最後の7枚目のスペードを公開すれば、それで勝ちだよ。さて、えりかちゃん。今伏せたカードが何か分かる?」



 えりかはキョトンとしながらも、当たり前のように「スペード……?」と答えたが、由莉がめくったそのカードの種類は____『クローバー』



「えっ……?スペードしか置いたらだめなんじゃ……?……ってことは」



「そうだよ、これが6枚目まで裏向きにする理由。【嘘をついて】これはスペードですって置いてもいいんだよ。その時、もしその手元に置かれたカードがスペードじゃないって確信があったら『ダウト』と言ってその相手のカードを見る。もし、スペードだったらその人の勝ち、違ったら負け。ルールは分かった?」



「うん、ちょっと自信ないけど……」



「じゃあ、やろっ!何事も慣れだしね」



 ________

 ルールのおさらい

 ・トランプ52枚でプレイ


 ・お互い交互に1枚ずつめくりあい、スペードのカードが出たら(6枚目までは違ってもいいが騙すこと)『これはスペードです』と裏向きに伏せる。違ったらトランプの山の側に表向きに公開する。



 ・【勝利条件1】スペードを6枚裏向きに伏せて最後の7枚目のカードでスペードを公開すること

 ※ただし、裏向きの6枚は嘘をついて出しても構わない


 ・【勝利条件2】相手の裏向きに伏せられたカードがスペードじゃないと思ったら『ダウト』と宣言し、それがスペード以外だった時

 ※ただし、そのカードが本物のスペードなら宣言した人の負けとなる


 ………要は心理戦だ。

 ______________



「先にどうぞ、えりかちゃん」



「うんっ」



 えりかは山から1枚そっとカードを取る。取ったのは___♥10



(うーん……最初から伏せるとばれるかなぁ……ここはやめておこうかな)



「スペードじゃありません」



 そう言ってえりかは山札の側に表向きにして置いた。そして、次の由莉の番。由莉はカードを裏向きにして取ると____





 カードを見ることなく伏せた。





「…………えっ?」



「ん?どしたの、えりかちゃん?」



「ゆりちゃん、見ないの?だって……もしスペードじゃなかったら負けちゃうかもしれないんだよ?」



 えりかが不安そうに聞くも、由莉は不敵な笑みを漏らしながらえりかをじっと見た。



「そうだね、確かにそうかもしれない。けど……えりかちゃん『ダウト』って言えるの?」



「えっ……?」



「今、スペードが出る確率は1/4。……私が本当に不正してなければね」



 えりかは由莉の正気を疑った。___ゆりちゃんがずるなんてするわけない……それに、ゆりちゃんがしたのはトランプを混ぜただけ。ずるが出来るタイミングなんて……



「カードをシャッフルしたのは私だよ?2番目にスペードのカードを持ってくることだって出来る。どうする?ダウトで賭けてみる?」



「…………っ」



 由莉の気迫にえりかは口を開けなかった。開けても声が出ないのだ。えりかは何とか首を横に振ると由莉はそれまでの気配をサッと消した。



「じゃ、続きやろっか♪」



 _________________



 3分後



 お互い、行動を読み合いながらカードを伏せたり捨てたりしていた。そして____



(どうしよう……わたしは3枚、ゆりちゃんは5枚……次伏せられたら勝ち目なんてほとんどない……っ)



 えりかは、偶然かスペードのカードを3枚引き当てていたが、問題は由莉だ。何気ない顔でカードを伏せ続けているから本物を伏せているのか偽物なのか全くわからない。



 再び、由莉の番が来て少し薄くなり始めた山札から1枚めくる。すると___裏向きにふせた。



「…………ダウト」



 __ここで言わなきゃ絶対に負けちゃう。それなら……っ



 由莉はそっけない顔で伏せたカードを裏返す。そこには大きく一つ、黒色のハートを上下逆にしたような形のマークが描かれていた。



「……負けちゃったぁ…………」



「えへへ、かけひきは少し得意なんだ〜それにね」



 由莉はそう言うと、少しずつ重ねてある5枚のトランプの端っこに手を添え、魔法のようにそっと手を振るとまるで1枚1枚が意思を持ったかのように全てのカードが裏返った。



 そこに『スペード』のカードは無かった。



「____っ」



 えりかはその様子を驚きとショックで見ていた。由莉のやったさっきのトランプの裏返し方の綺麗さ、由莉に完膚なきまでに騙された悔しさ、それらがマーブル模様のように心の中でうずめいていた。



「多分、えりかちゃんは5枚目までは絶対にしてこないと思ったから自信を持って伏せてたんだ〜そして6枚目で必ずダウト宣言してくるって思ったよ」



「うーん……ゆりちゃんやっぱり強いなぁ〜わたし全然勝てないよ……」



「ポーカーでロイヤルストレートフラッシュしたえりかちゃんには言われたくないなぁ〜あはは……」



 頭脳戦、心理戦では由莉が勝つことが多いが、運の要素が絡み始めるとえりかは途端に強くなるのだった。


 ____________



 その後もスピードや神経衰弱など色んなゲームでわいわい遊んで二人とも笑いながらやっていたが、その間にも由莉はある決断を迫られていた。



 ___えりかちゃんはもうすっかり元気になった。……そろそろ私も打ちあける時が来たのかもしれない。えりかちゃんがここに来て1ヶ月、もう傷はほとんど消えてるし、体力も完全に回復した。いつまでも秘密を隠したまま過ごすなんて、えりかちゃんに申し訳ないよ……



「ゆりちゃん、ゆりちゃん?どうしたの?」



 えりかが不思議そうに顔を覗いてきたのにようやく由莉はハッと意識を戻した。



「っ!ご、ごめん……ちょっと考え事してただけ…………えりかちゃん、ちょっと聞いて」



「うん……」



 由莉の少し不安がかった声にえりかはどことなく緊張しながらも由莉の目をしっかりと見た。



「明日ね……私の秘密をえりかちゃんに教えるよ…………っ」



「うん……」



 握った手が震えうっすら涙を浮かべる由莉をえりかは黙って抱きしめた。



「大丈夫だよ。どんな事があってもゆりちゃんを嫌いになんてならないよ」



 えりかのその言葉が由莉には嬉しかった。その言葉だけで救われるような気分だった。



 ____けど……私が人殺しだと知ったら、えりかちゃんは私のそばからいなくなるんだろうなぁ



 そんな事をしてるのは分かっていた。もう私は…………っ。



 こんな風に過ごせるのも今日が最後だと、由莉はえりかにしっかり抱きついて堪えきれない涙を零した。

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