由莉vs阿久津

 ____それから1ヶ月後


 由莉は朝の6時に起きてトレーニングや狙撃の練習をした後に阿久津に近接格闘を教えてもらい、昼の2時になったら自分の部屋にいるえりかの元に帰って阿久津に教わった色々な遊びをする、そんな生活をしていた。



 そして、今日も____


 ___________________



「はぁっ!!」


「…………っ」



 由莉は阿久津と手合わせをしていた。

 勿論、お互いに握っているナイフ……のようなものは形も重さも本物そっくりだが、外がゴムで覆われている【殺傷性ゼロ】のものだ。だが、それでも突きつけられれば当然痛い。



 由莉はナイフを逆手に握って阿久津の懐に潜り阿久津のナイフを持つ手首を狙った。



 ___阿久津さんの急所を狙おうとしてもカウンターされるだけ、それなら武器を奪って無力化させてから……っ!?



 だが、そう簡単にやられるわけもなく阿久津は由莉の手首を掴み勢いよく由莉の腹にナイフを突き立てた。

 お腹がよじれそうな痛みが由莉を襲い思わず後ろに2、3歩たじろいた。



「かはっ……」



「甘いですよ由莉さん、本気で殺しに来てください」



「でも……阿久津さんに…………」



「そんな覚悟では殺されますよ」



「っ!」



 そうだ……もしこれが本物の戦闘だったら……今ので死んでいたんだ……っ。

 由莉はもう一度ナイフを握りなおすと阿久津の間合いの少し外に立った。



 ____目の前にいるのは阿久津さんじゃない……敵だ。殺さないと自分が殺される。技術も力も相手が上、リーチも相手の方が格段にある……絶望的だよ。けど……殺す。殺意は心に秘めろ、冷静になれ。相手の一挙一動を見逃すな、裏をかけ。殺すことを……躊躇うな。相手が殺るより先に……私が殺る。主導権を……渡すな!



「…………っ!」



 由莉はコンクリートの床を一気に蹴った。速度0から最速に慣性の法則を無視したように加速し阿久津の右手側に潜り込み再び最速から速度0へ。

 こればかりは分かっていても反応が遅れる__はずだったが、既にナイフを突き出しているのが視界の横に見える。



(反応してくるんだ……くっ)



 咄嗟に後ろへ体を逃がすと、すんでのところでナイフが身体を掠める。



(危ないっ……でも、まだっ!)



 主導権を渡すわけにはいかないと今度は正面から一気に突っ込む。阿久津のナイフが下から由莉を狙い突き出される。いつもはそのまま寸止めで負かされるが___



 今日は___見えるっ!



 由莉は阿久津の手首を掴むと右手のナイフで思いっきり相手のナイフの腹を弾く。すると、予想外の攻撃だったようで、阿久津の手からナイフがこぼれ落ちた。



 ___まだだっ、殺すまで気を抜くな……容赦するな……っ!



 とどめを刺そうと阿久津を睨んだその瞬間、その一瞬だけは足から目を逸らしてしまった。そのせいで阿久津の足払いに気づけなかった。



 ___殺す………絶対に殺す!後は大腿部を切りつけれ……ば…………えっ?



 踏み出そうとしたその刹那、足の激しい痛みと共に体がふわっと浮き上がった。理解が追いつく前に由莉はそのまま体勢を崩し、仰向けに倒された。起き上がろうとするもそんな余地与えられる理由もなく阿久津の拳が顔前まで迫る____がそこで寸止めされた。



「ふふっ、惜しかったですね。最後に油断してなければそのままやられる所でした」



「ううぅ…………またやられました……」



 悔しそうに倒れている由莉だったが、阿久津は由莉の確かな成長を感じていた。



(この1ヶ月でだいぶ成長してますね……身体の動きも少しずつ分かってきてます。)



「そろそろ、もう少し本気でやらないと私も負けてしまいそうですね」



「なっ、今まで本気じゃなかったんですか!?」



「そうですね、ざっと……6割ほど?」



 由莉は冷たいコンクリートを感じつつただ笑うしかなかった。これで6割……?本気でやったら瞬殺されちゃうよ……。



「…………ですが、あの本気の由莉さんとやった時は私もほぼ本気でしたよ?さっきの由莉さんと6割でやったら今度こそ負けますよ」



 由莉はちょっと遊ばれてたんじゃないかと思っていたが、最後は本気で相手をしてくれたみたいで嬉しかった。と、同時に倒したいとも思った。



「…………次は本気の阿久津さんを倒します、絶対に」



「そうですね、いつかは互角にはなるでしょうね……」



「むぅ……越えられる、とは言ってくれないんですね。阿久津さんのケチ……」



由莉は不服そうに口を尖らせた。



「これでも、マスターにみっちり鍛えられたんですよ?そう簡単に越えられたらたまったもんじゃないですよ」



 だけど……いつか本当に越える日が来るかもしれない、そう阿久津は感じていた。……由莉には話さないようだが。



 すると、2時を知らせるアラームが終わりを告げるように鳴り響いた。



「さて、今日はこれで終わりましょう」



「はいっ、ありがとうございました!」



 由莉は元気に挨拶するといつものように地下の階段を駆け上がり部屋で待っているえりかの元へと向かった。

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